第十一章 第二話
四月ともなれば子供達の楽しみはイースター休暇で、一週間程の休みの間何をして過ごすかで話題はもちきりだった。
「アタシ、ロンドンのコリンの家に行くんだ」
頬を赤らめながら話すティアは初めて恋人の家を訪問するらしく、嬉しそうなコリンと額を突き合わせてクスクス笑っていた。
「俺とアデラは、ロンドンにあるっていうレストランに行くんだ。校長と一緒に」
「ええええええ」
得意げな顔のザックに向かって叫んだのはジェマで、他の子供達も一斉にブーブーと不満のブーイングを浴びせ掛けた。
土曜日の午後のひと時、この天文クラブに子供達が集結するのは最早定番で、今日は十一名全部の子供達が持ち寄ったお菓子を食べながら談笑していた。
「ずるいよ、ザック達だけなんて」
「そうだよ、僕達だって食べたいよ」
キッドのアキのコンビがギャーギャーと喚き立てて、膨れっ面のジェマを必死にサイが宥めている隣でザックは飄々と首を竦めた。
「だってアデラが料理の勉強をしたいって言うからさ。厨房を見せて貰いに行くだけなんだぞ?」
「なんだ、ご馳走を食べに行くんじゃないのか」
意気消沈したロドニーにザックはニヤリと笑った。
「まぁ、食うけどな」
「ずーるーいー!」
また一斉に非難の声が上がったが、ザックとアデラの兄妹はクスクスと笑っているだけだった。
「まぁ、僕ら全員で食べたら幾ら掛かるか分かんないしね」
冷静なコリンの突っ込みに子供達は渋々ながら叫ぶのを止めたが、「でもまぁ」とクスッと笑ったコリンにザックは顔を向けた。
「教育の機会の平等性という観点からすれば、均等性は損なわれてはいるよね。やっぱ平等でないと」
「そうだよ! アタシも料理勉強したいもん!」
途端に瞳を輝かせたジェマはザックの襟元を掴んでグイッと引き寄せて、キラキラした瞳を近づけた。
「ねぇ、校長先生に全員連れていってくれるように頼んでよ」
「マジかよ、そんな事したら俺らも行けなくなっちゃうじゃん」
普段に無く珍しく焦っているザックは余程レストランの豪華料理に未練があるのか渋い表情だったが、それまで黙っていたビアンカがウフッと小さく笑った。
「大丈夫よ、きっと校長先生は皆を招待してくれるわ」
「何で分かるんだよ、ビアンカ」
口をへの字にした兄ロドニーをビアンカは振り返った。
「だってお祝いですもの。校長先生に赤ちゃんが産まれるから」
「ええええええ」
其々食べ掛けのお菓子を噴いた子供達は、目をひん剥いて一斉にビアンカを振り返った。
昨日、廊下で気分悪そうにしているベル・オルムステッド校長を見つけたビアンカは医務室まで付き添って、その後見かけた校長が頬を薔薇色に染め幸せに溢れた顔で何処かへ電話しているのを見て、ビアンカは敏感に察したのだった。
「で、不在の間の校長の代理はどうしようかって話をしてたから、間違いないと思うわ」
「ビアンカ、お前盗み聞きしたのかよ」
兄らしく無作法を咎める視線を投げたロドニーを見上げて、ビアンカは不満そうに頬を膨らませた。
「違うわよ。少なくとも半径十m以上に聞こえるような大きな声で話してたんですもの」
「しかし、目出度い話だな」
「うんうん。校長先生も長い間赤ちゃん待ってたもの」
年齢的にももう出産は諦めていた校長は、代わりに多くの子供達を育てる事に情熱と心血を注いでいたが、気まぐれな神様の使いが唐突にやってきて困惑と喜びとが綯い交ぜになった表情の中でも、それでも眦に浮かんだ涙がベルの喜びの大きさを表していて、ビアンカはそっと心の中でおめでとうと呟いたのだった。
「それなら余計にお祝いしないとね」
「おうよ! ってか校長先生にもカルシウムだ!」
叫んだロドニーに子供達の顔にも笑顔が弾けて、午後の日差しの中でキラキラと輝いていた。
翌日の日曜日の朝、今日は学校は休みでのんびり朝寝を楽しんだジェマは大きな口を開けて欠伸をしながら起き上がったが、何時もならば先に起きていて自分を起こしてくれるビアンカがまだ布団に包まってるのを見て、反撃のチャンスとばかりに元気よくビアンカに抱き付いた。
「おはよー! ビアンカ、朝ごはん無くなっちゃうよ!」
ところがビアンカはもう起きていたようで、不安げな顔を隠して頭からすっぽりと布団に包まってしまい、キョトンと小首を傾げたジェマは思いっきりビアンカの布団を剥いだ。
「ねーねー! そろそろ起きないと――」
剥いだ布団を手にしたまま固まったジェマは、身体を丸く縮こまらせて震えているビアンカを見下ろして「えっと」とようやく口に出してから「先生! せんせーい! ビアンカが!」と慌てて部屋を飛び出して行った。
「大丈夫よ、ビアンカ。ちょっとびっくりしただろうけど」
舎監の老齢の妻メリーサは、今はベッドに座って泣きそうな顔で俯いているビアンカの頭を優しく撫でた。
「ごめんね、ビアンカ。私まだだからさ、知らなくって」
ケラケラと明るく笑っているジェマがバンバンとビアンカの肩を叩き、「ううん」と首を振ったビアンカはようやく少し微笑んだ。
「痛むようなら言ってね。オハラ先生に鎮痛剤を出して貰うから」
ニコニコと微笑むメリーサを見上げ、ビアンカは恥じらいの浮かんだ頬で小さく頷いた。
「なんだよ、ビアンカ朝飯どうしたんだよ」
子供達が勢揃いした談話室に妹の姿が見えないのが気になるのか、ロドニーはバターの蕩けるトーストを頬張りながら眉を顰めていた。
「あのね、ビアンカはね」
「ジェマ、ダメよ」
言い掛けたジェマをエドナが制した。
「そうそう、ジェマ。これは女の子だけの秘密だからね」
ティアもアデラと顔を見合わせてクスクスと笑っていて、ポカンと口を開けた後ロドニーは不満そうに「何でだよ」と剥れた。
「まぁまぁ、そういう事もあるって事さ」
「だよな、男には男の秘密があるもんな」
訳知り顔でニヤニヤと笑っているコリンとザックにもぶすったれた顔を向けて、ロドニーは一人不満そうだった。




