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Virgin☆Virgin  作者: N.ブラック
第十章 冬があるから春が来る
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第十章 第一話

 真新しい真白なケーシー型の白衣にはまだ染み一つ無く、胸元のポケットに提げたID証には今も研修医である事を示す『(*1)R』のシールが貼られたままではあったが、一端の医師になった気持ちでジャスティンは誇らしげに頬を染めて機嫌良さげに廊下を闊歩していた。

「ウォレス先生、ちょっと」

 通り過ぎようとしていたナースステーションから声を掛けられると、ジャスティンは「おう」と笑みを見せて気軽に立ち止まった。

「エドナ嬢の今日の診察結果が上がってきたけど」

 相変らずのタメ口口調の病棟看護師( ナース)カレン・ホッグスに呼び止められたジャスティンは、病棟に向い掛けた踵を返して電子カルテの前に腰を下ろして覗き込んだ。

「えーっと。うん、良好そうだな」

「悪阻も殆ど無し。それだと体重管理が難しいんだけど、エドナ嬢曰く、逆にご主人が何でもかんでも食べさせようとするから困る、だそうよ」

「それは多分大丈夫だ。エドナはしっかり者だからな」

 ケラケラと笑っているカレンを振り返って、ジャスティンも首を竦めて笑った。



 最近のウィリアムは小さな車型のバギーが大好きで、この日も父ランディに押して貰いながらも自分で運転しているつもりなのか、ハンドルをクルクルと回してキャアキャアと大声で笑っていた。

「よう、ウィル。レーサーみたいだな」

 その様子を一頻り眺めてから、ジャスティンは笑顔で声を掛けた。


 血中酸素濃度(    SAT)が九十六%まで改善したウィリアム・シェリダンは、先週から呼吸チューブを抜いての観察に入っていた。

 その後の経過も良好で、まだ自分で歩く事は出来ないが何にでも興味を示すウィリアムの行動範囲は、ベッド上から今は病室内へと広がっていて、故郷の両親から自分の幼い頃の玩具を大量に送って貰ったジャスティンが、自分が遊んだ車型のバギーでウィリアムが満面の笑顔で遊んでいるのを微笑んで見ていた。

「あー! あー!」

 ジャスティンを指差して一生懸命何かを叫んでいるウィリアムに「俺?」とジャスティンも自分を指差すとウィリアムはニコニコと笑顔で頷き、ジャスティンは苦笑を溢し此方も苦笑いのランディに代わってバギーを後ろから押し始めた。

「よし、ウィル。優勝目指して突っ走るぞ!」

 そう言いながらも、体勢を保つのが難しいウィリアムに配慮して慎重に病室をクルクル回るジャスティンは、楽しそうな顔で後ろを振り返るウィリアムに明るく笑い掛けた。


 一頻り遊ぶとまたスヤスヤお昼寝に入ってしまったウィリアムの寝顔を見下ろして、傍らで見守る父ランディと母フローラの二人にジャスティンはカルテを書きながらにこやかに笑った。

「ウィルは車を認識した上で遊んでいるようですね」

「ええ。ハンドルを切ると車が曲がるというのも理解しているようです」

 ランディは息子の知能が決して絶望的では無い事に安堵しているようで、穏やかに微笑みながらも少し頬を染めて嬉しそうだった。

「色々な物で遊んであげて下さい。それが彼の可能性を伸ばす事に繋がりますから」

 頷き合った二人に、ジャスティンはカルテをパタンと閉じて静かに頷いた。




 その足で八階まで軽々と駆け上がったジャスティンは、ひと気の無い廊下の長椅子に巨体を押し込める様に座り込んでいるハナの姿を見つけて「よう、ハナ」と手を挙げて笑い掛けたが、顔を上げてジロリとジャスティンを睨んだハナは口に手を当てて「シーッ」とまたジャスティンを威嚇した。

 ハナの隣に置かれた大きな籠の中には僅かな量の洗濯物が申し訳無さげに入っていて、曇天の空から微かに差す陽光の下で編み物をしていたらしく、編み掛けのマフラーを膝に置いてハナは訝しげなジャスティンを見上げてフンと鼻を鳴らした。

「大尉殿がお見えなんでね。アンタもまた後で来る事だね」

「そっか。副長……いや、アトキンズ大尉殿がおいでなのか」

 今はAAS大隊S班の班長となったネルソン・アトキンズ大尉は、任務で時折ロンドンの国連援助隊指令本部まで来る事があるらしく、その折には必ず病院に寄って妻ヘザーを見舞っていた。

「それなら挨拶を――」

 ウキウキとした笑顔で特別室に向いかけたジャスティンの襟首をむんずと掴んだハナは、グイッとジャスティンを後ろに引き寄せて体勢を崩しかけたジャスティンの耳元で低い声で唸った。

「だから、邪魔するなって言ってんのが分かんないのかい? 全くお前さんは何時まで経っても半人前だね」

 そのままポイッと片手で放り投げられたジャスティンは、睨みを利かせてシッシッと片手で追い払うハナを振り返り文句を言いたげに口を尖らせていたが、物音のしない特別室から二人が寄り添っているほの温かい気配が感じられて、フッと笑みを溢すとハナに手を振って、また機嫌良さげに音を立てない様に薄明かりの廊下を静かに歩いて行った。

*1……SR。Senior Resident(臨床研修医)の略。一般的には初期と後期で別れるようですが国立中央病院では初期後期の区別無く二年制のみで全てSR扱いです。

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