第九章 第六話
二月に入って直ぐの日曜日に慌しく行われたロドニーとエドナの結婚式だったが、協力を惜しむ大人は一人もおらず、凍て付く冬の空の下で厳かに、且つ賑やかに催された。
小柄なエドナに合わせてサイズ変更されたウエディングドレスは、今回も担当したリンダを「もう此処まで小さくなったら後サイズが合うのはビアンカだけね」と苦笑いさせて、パーティ会場の設営を仕切っている聖システィーナ地区の花農家シド・ヘインズは温室の花々を全部切り出す勢いで、今回は冬という事で地区コミュニティセンターの大会議室に設えた会場を花の香りで充満させた。
北の祈祷師の血を引くハナ・ウィロックは相変らずの千里眼で、急転直下の結婚式にも関わらず大量の食材をスコットランドから移送させていて、イングランドの婦人達の目を丸くさせながら次々と料理やデザートを繰り出し、花の香りと香ばしい料理の匂いの溢れる会場は、其処だけがまるで春のようだった。
「班長殿! いえ、少佐殿! お久しぶりであります!」
大勢の人が埋め尽くすパーティ会場で、懐かしい尊敬する班長殿、アレックス・ザイア少佐の姿を目聡く見つけたジャスティンは満面の笑顔で駆け寄った。
「ああ、久しぶりだな。ウォレス一等……いや失礼、ウォレス先生」
「いやいやいや、呼び捨てで構いませんので」
相変らずブンブンと振る尻尾が見えるような仔犬の笑顔で笑っているジャスティンを、ザイア少佐はにこやかに笑っていた。
傍らにはこの四月に出産予定の妻マリアが、大きくなったお腹を抱えて本物の聖母の笑みで微笑んでいて、周りに纏わり付くBVIの子供達に穏やかに微笑み掛けていた。
事前の定期健診で既に赤子は双子と判明しているマリアは立っているのが少し辛そうで、すかさず椅子を取りに走ったジャスティンは会場のど真ん中に椅子を置き困惑するマリアを諭して座らせた。
「多胎時には妊婦の身体的負荷が単胎時よりも遥かに大きいんです。無理をされてはいけません、奥方様」
「ありがとうございます、ウォレス先生」
はにかんで微笑むマリアの幸せに満ちた美しい笑顔を見るにつけ、ジャスティンにも幸せがこみ上げてうんうんと頷いた。
「院長先生、もう直ぐ赤ちゃんが産まれるの?」
マリアの傍らから離れずにしゃがみ込んで、嬉しそうに見上げるアデラにマリアは「ええ」と頷いた。
「産まれたらポーツマスに赤ちゃん見に行っていい?」
「ええ。でもきっとロンドンになると思います」
微笑んでいるマリアをジャスティンはキョトンと振り返った。
「双子だと出産も大変らしいので、来月に国立中央病院へ転院する事になっていて――」
「えええええええええ」
マリアの説明の途中で叫んだジャスティンは、呆れ顔のビアンカにも構わず弾ける笑顔でマリアとザイア少佐の顔をブンブンと顔を振って瞳を輝かせた。
「本当ですか? 班長殿……いえ、少佐殿」
「ああ。宜しく頼むぞ、ウォレス先生」
全身で喜びを発しているジャスティンは会場中に響く大声で敬礼を返して「了解しました!」と叫んでいた。
ロドニーがジャスティンの真似をして、マリアが座る椅子の前にどっかと置いた椅子にエドナを座らせて、その周りをBVIの子供達が取り囲んで笑顔がキラキラと弾けているのを遠目に見ながら、ジャスティンも零れる笑みが止まらなかった。
「良かったわね、ジャスティン」
やっぱり傍らには何時の間にかビアンカがちょこんと立っていて、今回は聖システィーナ地区のまだ小さな女の子達にベールガールを譲ったビアンカは、瞳の色と同じ蒼色のドレスを纏ってニコニコとジャスティンを見上げていた。
「ああ、でもこれからだからな」
島の子供達が幸せ一杯の笑顔で笑っているのを見ていると、それだけで自分にも幸せが満ちてくるジャスティンにとってこれからが正念場だった。
初産なのに双子を妊娠中のマリアと稀有な血液型のエドナとを、二人共に無事な出産に辿り着くまでは気を抜けないと決意を新たにしたジャスティンは、気合いを入れるべく酔いが回って赤くなった頬を両手で威勢良くパンと叩いた。
病院での忙しい日々に戻ったジャスティンには、科違いの二人の出産以外にも勿論自分の科の業務も山の様に待ち構えていて、先月医局長の交代で新医局長に就任したヒックス・ストライド医師の下、非常勤に回ったハワード・ライアン医師の他にも非常勤医師を増やして、まだ研修中の自分とアンガスと二人、既に一端の医師の顔で日々の業務に邁進していた。
ヒックスが医局長室へと移動して、常勤医師は二人だけとなった小児科医局は何だか広くなった様に感じられて少し寂しさも覚えたジャスティンだったが、一方のアンガスがその隙間を埋めるつもりなのか徐々に医局に大量の本を持ち込む様になった。
なんとなく広く感じたのはストライド先生が持っていた大量の本が消えたからかと気付いたジャスティンは、今度はその後継を担うアンガスが本の山の間に埋もれているのを呆れて見ていた。
「お前、そんなに大量の本、何処に隠してたんだよ」
割と几帳面なアンガスの私室は何時も小奇麗に片付けられていて、確かに書棚に本は詰まってはいたけどこんなに無かったよなと思い出したジャスティンの問いにアンガスは顔を上げてニコッと笑った。
「ベッドの下ですね」
小柄なアンガスには余る大きなベッドの下に全部詰め込んでいたと知って、ジャスティンはあんぐりと口を開けた。
「よくこんなに沢山持ってたな」
小児科や内科は勿論、外科や産婦人科、泌尿器科など、どの科の資料を求めても何でも気軽にホイホイ差し出してくれるアンガスの手持ちの資料の膨大さにジャスティンは常々感心と共に呆れ返っていたが、カップの温かいお茶を味わっていたアンガスは首を竦めて至極当然という顔で薄く笑っていた。
「元々家には医療の本が沢山あったし、僕割と最初から医者になるつもりでしたから」
「……確かお前ん家、医院じゃ無かったよな?」
前にそう聞いた覚えのあるジャスティンが、うろ覚えの頭の中を引っくり返して訊ねると、アンガスは途端に強張った顔になった。
「……ええ、まぁ」
最近は吹っ切れた感じのアンガスの久しぶりにシャッターを下ろした顔を見たジャスティンは、まだアンガスの心の中には消せない何かが潜んでいるのかと、また飄々とした顔付きに戻って本の山の中に顔を埋めたアンガスの、揺れる金髪を黙って見下ろしていた。




