第九章 第三話
校長からの連絡を受けて寄宿舎内の談話室に居残っていた子供達、エドナを除く全員を集めたビリーは、険しい顔付きを崩さないまま両腕を組んで、ソファにてんでんバラバラに腰を下ろしている子供達を見下ろしていた。
「お前達に話しておく事がある」
これは叱る時のローグ教授の顔だと悟っていた子供達は、其々が何を言われるのかと少しビクビクした顔で見上げていたが、ビリーが小さくコホンと咳をしてから、
「実は、Ms.エドナ・イゼットは、今年の八月に赤ちゃんを産む事になった」
と告げると全員が一斉に目を丸くして言葉を失った後、耳を劈く大歓声を上げた。
「やったぁ!」
「赤ちゃんだって! エドナがママになるんだって!」
ソファの上に立ち上がって飛び跳ねながら歓声を上げる子供達の甲高い声が部屋中に響き渡って、思わず耳を塞いだビリーは、その中で一人だけ眉を寄せた難しい顔をして座り込んでいるビアンカに気付いて、スウッと息を吸い込むと大声で怒鳴った。
「全員、静粛に!」
その一声でピタリと静まり返った子供達は睨む教授を振り返って、気まずそうにまたソファに座り直した。
「Ms.ビアンカ・ワイズ、何か心配事でもあるのか?」
ビリーは口をへの字にしているビアンカに問い掛けた。
ビアンカの心配の種は、此処には常駐の医師が居ない事だった。
「エドナお姉ちゃんは沢山出血すると危険なのに、何が起こるのか分からない妊娠中に此処に誰もお医者様が居ないって、大丈夫なんですか、ローグ教授」
それはそうだとビリーも思った。
今もイングランドは医師不足で、以前はW校内にも常駐の医師が居たそうだが、現状では、医務室はあるものの簡単な怪我の治療は教職員が行って、少し重い怪我や病気の時にはロンドンの国立中央病院まで搬送するか、医師に往診を頼んでいた。
「出血が酷い時にはお姉ちゃんの血液が保存してある国立中央病院まで行かなきゃいけなくて、其処までは最低でも三十分位は掛かるでしょ?」
「まぁ、そうだな」
思案顔になったビリーも眉間も皺を深くした。
「エドナお姉ちゃんは、赤ちゃんが産まれるまで病院に居るの?」
「いや、無論臨月が近くなったら入院となるだろうが、それまでは運動は無理でも勉強は出来るから――」
「だったら、お医者さん必要だよな」
「そうだよね、キッド。心配だよね」
頷き合ったキッドとアキの隣で、心配そうな顔になったティアを宥めながらコリンが顔を上げた。
「誰か此処に常駐する医師を要請すればいいんじゃない? 例えばウォレス先生とか」
「ああ! ジャスティンが来てくれたら安心だね」
素っ頓狂な声を上げて賛成したジェマの弾ける笑顔を見返しながらも、ビリーは苦笑を浮かべて困惑した表情のままだった。
「あそこには小児科医が少ないんだ。ウォレス先生に来て貰うのは難しいだろう」
「ええええ」
不満顔を膨らませたジェマが、口を尖らせて振り返った双子の兄サイは銀縁の眼鏡の穏やかな顔で思案顔の教授を見上げて言った。
「別に小児科医で無くてもいいんでしょう? 特に此処は子供だけという事でも無くて大人の人も居るんだから総合的に診られる医師が来てくれた方がかえって都合がいいんじゃないかな」
「そうだな、内科医がベストじゃないか」
したり顔で頷き合っているサイとザックを見下ろして、ビリーも「ふむ」と考え込む顔になった。
「へ?」
告げられた言葉が聞き間違いかと目を瞬かせたジャスティンは、目の前の不機嫌顔の新医局長ヒックス・ストライドの顔をマジマジと見返した。
「だから。カメリア・オハラ医師がこの度W校常駐の校内医師として派遣される事になった、と言ったんだ」
あの後、ビリーから校内に常駐をする医師の必要性を熱弁されたジャスティンは、医師不足の現状では対応可能か難しいとしか答えられなかったが、W校側から正式に申し入れを受けた教育相からの要請を受けて検討した結果そう決定したと告げたヒックスが不機嫌そうなのも無理も無いと、ジャスティンは文句を言いたそうに口を尖らせている新医局長に同情した。
昨年の終わりに元妻であったカメリアと復縁して、今は薔薇色の二度目の新婚生活を満喫中のヒックスにとって、週末にはたまには会えるとは言っても愛妻と離れ離れになるのはさぞかし無念だろうと、ジャスティンは眉間に皺を寄せたしたり顔で腕を組みうんうんと頷いた。
「何だよ」
目の前の若造が同情の篭った視線で見下ろしているのが気に食わないらしくヒックスが不機嫌もあからさまに睨み返すと、普段こき使われているお返しとばかりに、ジャスティンは口元には微笑みを浮かべて目で笑った。
「でも週末や長い休みの時にはオハラ先生も戻って来ますし、ほら会えない時間があると一層燃え上がるって言うか――」
調子に乗り過ぎたジャスティンの頭にヒックスは手に持っていたカルテを思いっきり叩き付けた。




