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Virgin☆Virgin  作者: N.ブラック
第九章 真冬のヴァージン狂詩曲
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第九章 第二話

 普段なら学校入口にある来賓用駐車場に車を止めるジャスティンだったが、今日は東側の森の中にある寄宿舎( ハウス)の傍まで車をつけて、扉を開けて降り立ったエドナの手を取ってやった。

「足元が雪で滑るからな。気をつけろよ」

「ありがとう、ジャスティン」

 何時もの術衣(スクラブ)の上にボマージャケットを羽織り、寒空の下、態々ジャスティンがエドナを送って来たのには理由があった。週に一度の家族との面会があるシェリダン教授の手を煩わせたくない事と、ジャスティンには会わなければならない人物が居たからだ。

「何だよ、お前が来るとは暇なのか?」

 寄宿舎でエドナを出迎えたビリーの悪態にもジャスティンの緊張の窺える表情は変わらず、硬い声でビリーに告げた。

「ビリー、校長は居るか?」

 意味の分からないビリーは訝しげに目を瞬かせていた。



 週末は所用でロンドンに赴く事も多いベル・オルムステッド校長は今日は学内に居た。

 此処に入るのは彼是一年ぶりぐらいだなと、あの時と変わらない、恐らくは何百年と変わっていないであろう校長室は、冬寒の中暖房を落としてあったのか冷え切った空気で、ジャスティンは軽く身を竦ませた。

「寒くてごめんなさいね。先程一度部屋を出たから空調を落としてあったの」

 そう言いながらも自分は平然としているベルは、ジャスティンに窓際のソファを勧めてにこやかに笑っていた。

「それで、ご用件をお伺いします」

 穏やかな笑みを崩さないベルの顔を、ジャスティンは真っ直ぐに見返した。




 ベルも最初は驚きに眼を見開いたが、やがてソファに背を預けて長いため息をついた。

「そう、そうなの」

「ええ。診断に依ると彼女は妊娠十六週目に入っていました。元々生理不順があったそうで、これ迄はただ遅れているのだろうとしか思っていなかったようです」

「それは困ったわね」

 今の世では子が産まれるというのは朗報であったが、ベルが思い悩んでいるのはエドナにはまだ学業が一年残されている事だった。


 出産となれば暫くの間エドナは休学をさせるしかなく、来年の夏にはジャスティンも勤める国立中央病院の医学研修生になる予定であったエドナの進路が大きく狂う事になるからだ。

「それでも彼女は出産を希望しています」

 眉を寄せた顔に変わったベルを前にして、ジャスティンは背筋を伸ばし直して緊張の解れない顔で彼女に頷き掛けた。

「それは我が校としても学則に反するものでも無いし、許可を下すのには支障は無いわ、でも」

「そう、もう一人この事実を告げなければならない人物がいます」

 ジャスティンの言葉に、ベルもゆっくりと頷いた。








 硬いノックの音と共に「失礼します」と小声で扉の隙間から顔を覗かせた張本人ロドニー・ワイズは、自分がまた何かやったのか、いや最近は何もやってない筈だと両極端の葛藤が窺える複雑な顔をしていたが、ベルに無言で手招きされてスゴスゴとソファの傍までやってきた。

 ロドニーの姿を見て、立ち上がったジャスティンはベルの隣席に移動し、なんで此処にコイツが居るんだとあからさまに不機嫌顔で睨むロドニーと正対する形になった。

「Mr.ロドニー・ワイズ。貴方に、どうしても伝えなければならない事があるの」

 真顔で眉を寄せているベルの顔は怒っているように見えるのか、緊張した顔のロドニーはゴクリと息を飲んで小さく頷いた。



 最初の反応は誰も同じで、ロドニーも一体何の事かとキョトンと目を丸くしていて、やがて意味を悟ったのかボッと頬が赤くなった。

「エドナは妊娠十六週目、つまり受胎したのは九月の終わり頃だ。お前、覚えがあるんだろ?」

 ジャスティンに突っ込まれて一層顔を赤くしたロドニーは、目を逸らしながらも「あ、ああ」と頷いた。

「彼女は出産を望んでいる。だから――」

 言い掛けたジャスティンを遮って、思わず立ち上がったロドニーは満面の笑みで叫んだ。

「じゃあ、俺達結婚してもいいんだよな?」

 瞳をキラキラさせている新米父親の有頂天の顔を見上げて、ベルもジャスティンも困惑の顔を見合わせた。





「Mr.ロドニー・ワイズ。座りなさい」

 ベルの表情は緩む事無く険しくて、それに気圧されたロドニーは小さな声で「はい」と返して大人しく座り直した。

「確かに貴方達は結婚可能年齢に達しているし、互いに愛し合っているのだから学則に照らしても結婚は可能です」

 両手を組んで身を乗り出して懇々と話すベルの顔を覗き込んで、ロドニーは嬉しそうにうんうんと頷いた。

「でも、貴方にはその為の準備は整っていない、そうですよね?」

 ベルの戒めの篭った硬い声色にロドニーは目を逸らして口篭った。


「貴方の夢は何でしたか? Mr.ロドニー・ワイズ」

 ソファを立ち上がったベルは窓辺に歩み寄って、また粉雪の振り出した外に視線を向けた。

「……島に帰って島を再興する事です」

 上目遣いにベルの背中をチラチラ見上げながら答えるロドニーの声は小さくて、自信の無さが現れていた。

「其の為に、貴方は自分は全力を尽くしていると言い切れますか?」

 問われたロドニーは唇を噛んで俯いた。


 島へ戻る為には何でも学んで何でも覚えてやると意気込みだけは一等賞のロドニーは、身体を動かす事柄は得意だったが机上の勉強は苦手で、どの教科も大抵は赤点スレスレで他の子供達の手助けがあってギリギリで進級していたという事実があった。

「エドナは出産の為に自分の夢の実現を暫く延期せざるを得ないでしょう。貴方は今自分が、産まれてくる自分の子どもに島を見せてやるには何をしなければいけないのか、分かっていますか」

 静かに覚悟を問うベルの顔をジャスティンも呆然と見上げていた。



 ずっと俯いて黙り込んでいたロドニーが顔を上げた時には何時もののほほんとした暢気な顔付きでは無く、眉を寄せた顔には精悍さが窺え、蒼の瞳には真剣な眼差しがあった。

「俺、俺、もっと勉強もちゃんとします。だってエドナと約束したから。エドナを島に連れて帰るって約束したから。俺が、エドナを守るんだって、約束したから」

 その眼差しをジャスティンにも向けたロドニーに、ジャスティンも無言のまま頷いた。

「それならば、Mr.ロドニー・ワイズ」

 振り返ったベルの顔には穏やかな笑みが浮かんでいた。

「結婚式は来月がいいかしらね。Ms.エドナ・イゼットのお腹が大きくなってしまう前に」

 パアッと明るい表情になったロドニーの笑顔が眩しくて、自然と笑みが零れたジャスティンも安堵の吐息が漏れた。

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