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Virgin☆Virgin  作者: N.ブラック
第八章 七日遅れのプレゼント
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第八章 第六話

「あ、親父の事?」

 散々暴れ回って腹が減ったらしいロドニーが、取り皿にご馳走を山盛りにしてパクついている隣に座ったジャスティンは、当時五歳だったロドニーが何か覚えてるんじゃないかと声を掛けてみたが、返ってきた返事にはあからさまに怒りの感情が籠められていた。

「知らねぇよ。あんな奴の事はもう覚えちゃいないし」

 それはロドニーの嘘だろうとは思ったが、捨てられて置き去りにされた彼等の境遇を思うとそれ以上はジャスティンも突っ込む事も出来ず、「そうか」と寂しげに返すだけだった。






 以前AASに在籍していた頃に、ジャスティンは一度だけ彼等の故郷である英領ヴァージン諸島を訪れた事があった。その時の事前調査で十人の子供達全てに聴き取りを行った時に、ロドニーとビアンカの兄妹の来歴を参考資料として確認をしていたジャスティンは、僅かに彼等の事情を知っていた。

 大皿に盛られた料理を次々と口に運んでいたケビックを拉致し、車椅子のソフィーに付き添っていたエドガー・リードも巻き込んで、ホールの片隅で顔を揃えた男達は明るい場にそぐわない難しい顔をしていた。

「つまり、ロドニー達の父親は現地妻だった彼等の母親を捨てて、今でも英国で生きてる可能性があるって事か」

 ジャスティンの説明を聞き終わったケビックはフムと口を結んだ。

「で、それを調べてどうするんだ? あの二人がそれを知りたいと願ってるとは思えんが」

 それはケビックの言う通りで、確かにロドニーは自分達を捨てていった父親を憎んでいる様子だし、ビアンカに至っては自分が産まれる前に父親は居なくなり記憶の欠片にも残ってはいなかった。

 それでもジャスティンには己に告げられている確信があった。


「ビアンカは、此処に居る皆が明るく笑ってくれている事が自分の幸せだと確かに言った。でも、俺にはそう言いながらもビアンカが寂しそうな気がしたんだ」

 小声で話すジャスティンの顔を、ケビックとエドガーが訝しげに見上げた。

「彼女は今でも【守護者(パトロネス)】だ。こうして世界に安寧が訪れて、その役割は以前ほど重要では無くなったかもしれないが、今でも歴然として彼女が【守護者】である以上、その役割の中でビアンカは己の自我と葛藤している筈なんだ」

 【守護者】としてあるべき姿は自分自身がビアンカに求めたものでもあったが、時世の変わった今、ビアンカには普通の子供らしい生き方も与えてやるべきなんじゃないかと思い始めていた。

「ビアンカはあの時、ロシアでの戦闘が終われば自分は普段は普通の女の子に戻るんだと言った。だったら守るべき俺達大人が、彼女が将来選択出来る道が幾つもあるんだって事を示してやるべきなんじゃないかと」

「なるほど。普通の子供、ね」

 今は兄ロドニーと笑い合いながらクルクル踊っているビアンカの姿を目で追って、黙り込んだ男達は互いのオーラが溶け合って一層輝いている兄と妹を静かに見守っていた。




 国連コミュニティ局局長であるエドガーと国際コミュニティ会議議長のケビックは英国政府とも深く関わっていて、彼等なら当時の資料を調べる術があるだろうと思っていたジャスティンは、暫くの猶予をくれと言ったエドガーの言葉に頷いて病院内を駆け回る日々に戻り、多忙なエドガーだけに答えが何時返ってくるんだろうと気を揉んでいたが、意外にもエドガーは三日後にジャスティンの元を訪れた。

「外務省内に当時総督府勤務だった者がまだ残っていたんだ。彼が当時の事を鮮明に覚えていた」

 そう語り出したエドガーの言葉にジャスティンは緊張を浮かべて頷いた。



 大晦日の夜、ジャスティンは勤務が終わってから疲れた体に鞭を打って聖システィーナへと向かっていた。子供達は冬休みで全員が聖システィーナに戻っていて、間も無く日付の変わる深夜の訪問を対応に出た修道尼(シスター)に詫びてロドニーとビアンカの兄妹を修道院内の礼拝堂に呼び出して貰った。

「何だよ、こんな夜中に」

 起こされたらしいロドニーは不機嫌そうに口を尖らせていたが、少し緊張が窺えるビアンカは何が告げられるのか不安そうに両手を握り締めていた。


「分かったんだ。お前たちの親父の事が」

 そう切り出したジャスティンの言葉にロドニーは一層不愉快そうに眉を顰め、ビアンカは握り締めた両手に力を籠めた。

「分かったんだ。お前達の親父はお前達の事を愛していたって事が」

 真顔で話すジャスティンの顔をロドニーもビアンカも黙ったまま見つめ返していた。




 彼等の父親であるライアン・ワイズ氏は、当時外務省に勤務する参事官で、現地でレニエ・イングと出会って恋に落ちて彼女を妻に迎えたのだった。

「現地妻なんかじゃなかった。お前達の両親は、正式に結婚をしたれっきとした夫婦だったんだ」

 礼拝堂の椅子に腰を下ろし、並んで座っている兄と妹を真っ直ぐに見返しながらジャスティンは話し続けた。

「ところが、不運な事にワイズ氏が所用で英国に出張している時に島で暴動が発生して、そのまま総督府が閉鎖されてワイズ氏は島に戻る事が出来なくなってしまったんだ」

 その時の彼の憔悴し切った顔を元同僚ははっきりと覚えていた。

「自分は独りでも島へ帰るんだと譲らないワイズ氏を皆が引き留めたそうだ。危険極まりないし、もうBVIに渡る船は出港しない。だが、ワイズ氏は」

 其処で少し俯いて口篭ったジャスティンは、また顔を上げ驚愕の眼を見開いている二人を哀しげに見た。

「皆の制止を振り切って、独りで大型クルーザーに乗り海へと出ていったそうだ。それっきり、彼の行方は分からなくなった。直後にハリケーンがBVIに近づいていたそうだから、恐らくは」

 それ以上は言えず、ジャスティンは口を結んだ。



「つまり、それって」

 長い沈黙の後ようやくロドニーが口を開いたが、微かに首を振りながらロドニーはまた黙り込んでしまい、蒼の瞳に涙が浮かんできたビアンカは握り締めた両手を震わせていた。

「彼は『妻と子供達が島で待っているんだ。俺を愛する家族の元へ帰してくれ』そう言っていたそうだ」

 そう告げて顔を上げたジャスティンの前でロドニーは俯いたまま肩を震わせていて、やがて顔を覆いそれでも懸命に涙を堪えていた。

「彼の瞳はそれは綺麗な蒼色だったそうだ。ロドニーが自分に良く似た瞳だったのをとても喜んでいて、生まれてくる子、ビアンカ、お前の事もとても楽しみにしていたそうだ」

 もう堪え切れない大粒の涙がボロボロ零れ出していたビアンカは、椅子を蹴立てて立ち上がってジャスティンに縋り付いた。

「忘れないで欲しいんだ。お前達を見捨てた大人の中にもお前達を守ろうとした大人達が居た事を。お前達の母親や父親はお前達の事をとても愛していた事を」

 静かな礼拝堂の中で二人がすすり泣く声だけが響いて、その声を掻き消す様に日付が新しい年を迎えた事を知らせる鐘の音が院内に、そして聖システィーナの夜空に響き渡った。



「ジャスティン」

 泣き濡れた瞳のビアンカはもう微笑んでいた。

「ハッピーニューイヤー、ジャスティン。そして最高のプレゼントをありがとう」

 微笑み合いながら額を突き合わせた二人を見ない様に顔を逸らして、涙目を見られないように顔を乱暴に拭ったロドニーの頬は少し赤く染まっていて、優しい鐘の音がほのかな明かりが灯る礼拝堂に穏やかに響いていた。

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