第八章 第四話
クリスマス当日に勤務の予定だったジャスティンは、アンガスを拝み倒して休日をなんとか代わって貰い、ばっちりと正装に着替え一路聖システィーナへと向かった。
厚い曇からは祝福の雪が舞い散り、薄っすらと雪を被った大講堂を見上げたジャスティンは降り掛かる雪を物ともせず、第三校舎の一階にある大ホールへと悠々と大股で歩いて行った。
「ジャスティン!」
外で待っていたビアンカは、降りしきる雪の中では寒かろうに、朝焼けの色に似た鮮やかなオレンジ色のドレスを身に纏って、姿の見えたジャスティンに嬉しそうに手を振っていた。
肩紐の無いドレスの胸はまた少し膨らんでいて、外気に晒された肌は少し粟立っていたが、ビアンカの頬は紅を帯びて艶々と輝いていて、濡れた様に煌く口元に今日は紅を塗っているらしく、彼女がまた大人への階段を一歩登ったのだと知ってジャスティンは照れた頬を赤らめた。
「ビアンカ、寒かっただろ。遅れてごめんな」
「ううん。早く中に入りましょ」
髪をアップにして淡い黄色の花飾りで彩られた金髪に振り掛かる雪を払いながら、ジャスティンはビアンカに左腕を差し出し、優雅な仕草でその腕を取って笑ったビアンカと、もう音楽が鳴り始めている大ホールへ足を踏み入れた。
ダンスについて余り多くを語りたくないジャスティンは、暫しの休憩で腰を下ろした窓際の椅子でちょこんと隣に座ったビアンカを見下ろして素直に謝った。
「ごめん……」
「いいのよ、ジャスティン」
踊っている最中に恐らく十回ぐらい足を踏まれるか蹴飛ばされたビアンカはそれでも涼しい顔だった。
ホールの中央ではロドニーが到底ダンスとは呼べない無茶苦茶なダンスでエドナを振り回して相変らずエドナに怒られていて、社交ダンス選手権にでも出ているのかという勢いで見事なダンスを披露しているのはコリンとティアのカップルで、キッドとアキ、そしてジェマの元気三人組はホールの端っこで其々タキシードとドレス姿のままブレイクダンスをして大笑いしていた。
ザックとアデラの兄妹はダンスよりもご馳走の方が優先らしく、テーブル席に山と盛られたクリスマス料理の前から動こうとはしなかったし、余り身体が丈夫では無いサイは、教授陣とかかっている音楽についての評論を戦わせているらしく、ジャスティンが見ても分からなかったレコード盤のジャケットを手にして嬉しそうな顔で大人達の輪の中に紛れ込んでいた。
「ほんとにアイツら自由気儘だよな」
用意されていたアイスティーをズズッと吸い込み、呆れた口調でホールを見渡しているジャスティンを見上げてビアンカはクスッと笑った。
「自由でいいのよ。其々が楽しければ」
言われてみれば、それはそうだなとジャスティンも思った。
オルムステッド校長も夫であるテリー・オルムステッド教育相と嘗ての賑わいを思い出しているのか感無量の表情で二人寄り添って踊っていたし、ビリーも妻テレサと自分には見せた事も無い優しい笑みを浮かべて踊っていて、二人の愛娘メアリー=アンも、舎監の妻の腕の中でお菓子を貰ってご機嫌の笑顔を見せていた。
本当なら此処でクリスマスプレゼントを取り出して渡すには最適の場面だったが、結局花も買えず渡す物が何も無いジャスティンは小さくコホンと咳をしてから目を逸らしてポツリと言った。
「あー、実はプレゼントなんだけど」
言い難そうにしているジャスティンを見上げてそれだけで察したビアンカは、立ち上がりジャスティンの前に回り込んで、益々気まずそうに顔を逸らすジャスティンを覗き込んだ。
「いいのよ、プレゼントなんて無くても」
確かにどっちが年上なのか分かんねぇなと思いつつも不甲斐無い自分にジャスティンがボリボリ頭を掻いて黙っていると、ビアンカはクルリと振り返ってホールを見渡して言った。
「私ね、生まれついてからずっと余り物の無い生活をしてきたから、そんなに物は欲しくはないの。こうして皆が生き延びて、あんなに嬉しそうな顔で笑っていて、その思い出が積み重なっていく事の方が私にとっては嬉しいの」
そう言ってまた振り返ったビアンカの笑顔もジャスティンの心の中にかけがえの無い思い出として降り積もり、海よりも青い蒼の瞳をじっと見つめ返して、感慨に言葉が出ないジャスティンであった。




