第八章 第三話
「おい、ジャスティン。クリスマスダンスパーティするぞ」
その唐突な電話は親友ビリー・ローグからで、朝っぱらから電話で叩き起されたジャスティンはまだ半分夢の中だった。
「は? ダンパ? って何?」
「阿呆か。お前もう直ぐ勤務時間だろが。さっさと目を覚ませ」
まだぬくぬくとした布団に包まっていたいジャスティンは、二倍に膨らんだ銀髪をボリボリと掻いた。
W校教授であるビリーが言うには、今年はW校伝統のクリスマスダンスパーティを復活させたいと願っているらしかった。
普段は厳しい校則に縛られて勉学に励む学生達が、唯一男子女子関係無く交わって過ごす事の出来るこの機会は皆煌びやかな衣装に身を包んでそれは盛観だったと校長ベル・オルムステッドが語っていたのを聞いて、それならば折角世界に平穏が訪れたのだからその催しを再開しようと呼び掛けたのはビリーだったと言う。
「で、お前手伝え」
「なんれ俺が手伝うんらよ。俺が忙しいの知ってんらろが」
ガシガシ歯を磨きながら呂律の回らない声で返したジャスティンの答えを聞いた筈のビリーは、その答えを無視して話し続けた。
「女子の衣装は結構直ぐ手に入ったんだが、男子の衣装は手直しが必要でな。後、会場になる大ホールだが音響に不具合があるらしくて音が鳴らないんだ。お前直してくれ」
「お前、俺の返事聞いてないだろ」
その間にガラガラと嗽をしてベッと水を吐いたジャスティンは、ムッとした顔をタオルで乱暴に拭った。
「俺も一応見てはみたんだがどうも駄目らしくてな。機関学だけが一番だったお前が頼りなんだよ」
「だけって強調すんなよ!」
言い返したジャスティンもサラリとかわして、ビリーは「じゃあ、頼んだぞ」と素っ気無く電話を切った。
「クソッ! もうアイツとは縁を切ってやる!」
二倍に膨らんだ銀髪を逆立て憤怒の表情で怒りの雄叫びを上げたジャスティンには、結局自分はすごすごと手伝いに行くんであろう事も分かっていた。
「おい、絆創膏くれ」
既に四枚絆創膏が貼られた両手を翳しジャスティンが眉を顰めてビリーに声を掛けると、呆れたビリーは救急箱ごとジャスティンに突き出して「お前なぁ」とため息をついた。
「よくそれで子供の手術なんかやってられるな。傷口縫う時も針を手に刺してんだろ」
「うるせー。治療の時はそんな事はしないわ」
剥れたジャスティンは五枚目の絆創膏を指先に貼り終わったが、この作業を終える迄にきっと全部の指先に絆創膏が貼られるだろう事は確実だった。
今年の六月に行われた結婚式で子供達が着たという衣装は、もう既に彼等には小さくなってきていて、ボタン付けぐらいの軽作業ならともかく、サイズ合わせとなるともうジャスティンにはお手上げ状態であった。
「やっぱりお前には無理だったな」
「お前にも無理だったろうが」
嘆息をついたビリーの横顔を睨んでジャスティンは噛み付いた。
手先が器用なビリーでも流石にサイズの調整となると難問だったようで、バラし終わった衣装を前にして腕を組んで考え込んでいた。
「よし、分かった」
「何がだよ」
「俺らには到底無理だという事が分かった。これは達人に依頼するとして、お前音響直して来い」
ポカーンと口を開けているジャスティンを振り返って、ビリーはニイッと笑った。
「相変らず人をこき使いやがって」
ブツブツと文句を言いながらも手伝う俺って何てお人よしなんだろうと思いながらも、大ホールの天井近くに設置されている大きなスピーカーまで梯子を伸ばし背後を覗き込んでいるジャスティンは、埃塗れの土色の顔に冬だというのに額に汗を浮かべて切れた配線を繋いでいた。
学校内のホールらしく華美な装飾はなかったが、シャンデリアが一応は下げられ、顔が映るまでに磨かれた濃茶色の床はカーテンが開け放たれた窓から差し込む冬の陽を映して白く輝いていた。
一応の修理を終えて音響ブースへと戻ってきたジャスティンは、残されていた古いレコード盤を手にして、レコード針を静かに落とした。
古いジャケットの表紙を見ても鳴り始めた華麗な音楽を聴いてもジャスティンには題名を思い付かない円舞曲が誰も居ないホールに響き渡って、自分がその曲で踊らなきゃならない事にまだ気づいていないジャスティンは、満足そうにうんうんと頷いた。
ビリーが頼んだ衣装合わせのプロ、リンダ・フェアフィールドは、態々中部湖水地区の『アルカディア』からロンドンまで来てくれて、子供達の現在の体格を採寸し直し僅か半日で全ての衣装の手直しを済ませた上、着る物が無いジャスティンの分までビリーのスーツの一着を奪い取ってさっさと直し終えた。
「これで丁度いいと思うけど、着てみて」
まだ不満顔のビリーを無視して、にこやかな笑みと共にリンダは出来上がったスーツをジャスティンに手渡した。
以前は肩の場所で引っ掛かって上がらず、手を上げる事も出来なかったスーツに自分の身体にぴったりと納まり、感激に震える顔で「おおお」と鏡に映る自分の勇姿に見とれているジャスティンを、ビリーが背後から睨んでいた。
「まぁ、今回のバイト代だと思って受け取ってくれ」
「凄ぇな。お前がバイト代を出してくれるとは思わなかったよ」
ケタケタ笑って一矢報いたジャスティンに、一層ビリーはムッとした顔をして不機嫌そうにブツブツと溢していたが、予定の期日に間に合った事には安堵しているらしく、駆け付けてくれたリンダににこやかな笑みを返していた。




