第八章 第二話
次の休日でジャスティンが目論んでいたのはクリスマスへ向けて婚約者ビアンカ・ワイズへのプレゼントを入手する事であった。
研修生一年目の去年は時間も財布の中身にも余裕が無く、図らずも故郷アバーディンへの旅行がプレゼントになったが、今年は何としても彼女を喜ばせる物を入手するべく、ジャスティンは譲れない決意で休日に臨もうとしていた。
結局ヒックスの部屋の大掃除を言い付けられたのはジャスティンの研修生同期アンガス・エイドリアンで、アンガスが涙で潤んだ目で鼻をキュンキュンと鳴らして「僕一人でやるんですか」と訴えているのを聞きつけた院内の女性達が手隙の者を総動員して手伝う事になったらしく、手際も良く連携に長けた看護師達ならあの廃墟も一日で片付くだろうとジャスティンはひっそりと胸を撫で下ろした。
念願の休日を死守したジャスティンは、テムズ川の畔に立つ国立中央病院を出て、何処へという当ても無くブラブラと歩き始めた。
嘗て世界金融の中心シティと呼ばれたオフィス街は今でも割れた窓ガラスに簡素に板を貼り付けただけの無人のビルが並び、乾いた街路樹の落ち葉が時折吹く北風にカサカサと小さな音を立てているだけで、まだまだ復興にはほど遠い通りをジャスティンは物憂げな気持ちで西に向かって歩き続けた。
トラファルガー広場の先ヘイマーケットを北へ向かいロンドンの賑わいの中心地であったピカデリーサーカスの交差点に立って周囲を見回すジャスティンの表情は曇ったままであった。
破壊の目立つ商店街は殆どの店でシャッターが閉じられ、所々に凹みがあるシャッターは無秩序な落書きで薄汚れて錆が浮いていた。
通りを足早に行き交う人の姿も疎らで、黒ずんだ埃を纏ってもう何年も水を噴き上げてない噴水前の階段に座り込んだジャスティンは「はぁ」と頬杖を付いてため息をついた。
崩壊の早かったロンドンはいち早く人々に見捨てられた街だった。最近は少しずつ街に人が戻り始めてはいたが、今でも生活の中心はロンドン郊外かその周辺の農作地帯で、人々が生活に必要な食料や日用品を手に入れるのは政府が国営で運営している市場を利用して、流通しつつあるポンド貨幣か物々交換によるものであった。
「やっぱ、何も無いのかなぁ」
ロンドンの荒廃を見るに付け、比較的崩壊が少なく経済も従前と変わらずに機能していたスコットランドから来たジャスティンは、その格差を目の当たりにしてまたため息をついた。
崩壊前の何でも手に入っていた頃よりは多少不自由はあったが、それでも当たり前に飲み食いし、買い物が出来たエディンバラでの生活を思い出すと、此処での何も手に入らない生活はジャスティンの心を重くさせた。
普段は部屋で飲むエールぐらいしか買う物が無いジャスティンは、テムズ川の対岸にある小さな市場でそのエールを買うぐらいで特に強く意識はしていなかったが、目的の物があるとなると荒涼とした空虚な思いが拭えず、もどかしさを抱えてジャスティンは切なげに空を見上げて足を投げ出した。
唯一物資が手に入る市場でも売っているのは食料か日用品だけで、贈り物に出来る様な物と言えば生花ぐらいしか無く、花でも買って誤魔化すかとも思ったが、クリスマスの日に自分が花を買いに来られる保証も無く、諦めたジャスティンはトボトボと帰路に付いた。
休日の翌日、喜怒哀楽が分かり易いジャスティンは案の定、如何にも冴えない表情で肩を落としていて、その気だるげな背中を見てカレンは呆れながらも声を掛けた。
「昨日何かあったの?」
「ん? ああ」
ジャスティンからはやる気の無さげな気だるい返事が返ってきて、嘆息をついたカレンは振り返らないジャスティンの前に回ってそのしょぼくれた顔を覗き込んだ。
「何があったのよ」
真顔のカレンが自分を心配してくれているのはジャスティンにも分かったが、カレンに言ったところでどうにかなるものでもないしと思ったところでジャスティンははたと思い付いた。
「あのさ、何か余ってる物無い? アクセサリーとか」
途端に瞳をキラキラさせたジャスティンの変わり様に、カレンは「はぁ?」と呆れた目を丸くした。
この年代の女性ならば以前手に入れたアクセサリーなどは持っている筈だし、年齢に合わなくなった少女向けの物も持っているかもしれないと期待を籠めた瞳でワクワク見上げているジャスティンが何を考えているのか察したカレンは「あのねぇ」と両肩にため息を乗せて呆れて言った。
「他の女の余り物を欲しがる女なんて、この世には居ないのよ? ウォレス先生」
返す言葉に詰まったジャスティンが恨みがましい目で見上げても、カレンは動じずにフッと笑った。
「そうやって贈り物に悩むのも男の義務よ。頑張ってね」
素っ気無いカレンに、ジャスティンは頬を膨らませて剥れた顔で黙り込んだ。




