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Virgin☆Virgin  作者: N.ブラック
第七章 迷い道に戻り道、道は数々あるけれど
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第七章 第五話

 期日の一週間が過ぎてもロドニーは相変らずで、あれ以来エドナの傍にも寄ろうとはせず、二人はずっと口を利いていなかった。


「流石にこのままじゃ不味いと思うんだ」

 コリンの呼び掛けで、ロドニーとエドナを除いた学内の全生徒、と言っても総勢九名しか居ないが、コリンの所属する天文クラブの部室に顔を揃えて秘密会議を行っていた。

「そうよね。前にエドナと喧嘩した時も、直ぐにロドニーが謝って仲直りしてたもんね」

 ザックの妹アデラは当時はまだ幼かったが、ロドニーが一方的に婚約宣言した時の事を覚えていた。

「でも私達が横からあれこれ言ったとしても二人が根本的に抱えている問題は解決しないわ。これはあくまでも、エドナお姉ちゃんとお兄ちゃんとの間の問題よ」

 大人びた口調のビアンカの発言に子供達は考え込む顔になったが、「じゃあ、どうすればいいの?」と問い掛けてきたサイの顔を振り返って、ビアンカは小さくクスッと笑った。

「二人が正面からお互いが抱えている想いについて話し合う機会を作ってあげればいいのよ」

「そんな事どうやってやるのよ?」

 栗色の瞳をまん丸にして隣のビアンカの顔を覗き込んだジェマの耳元でビアンカがボソボソと耳打ちし、「そっかぁ」と途端に笑顔になったジェマの顔を今度は子供達が全員で一斉に覗き込んだ。




 足元の小石を蹴飛ばしながら重い足取りで西の森へと歩いているロドニーは、時折立ち止まり嘆息をついて一旦元来た道を戻ろうとするが、また嘆息をついて振り返りトボトボと歩き続けていた。

 生徒は立ち入り禁止となっている西の森の奥にひっそり佇む古い石造りの寄宿舎( ハウス)は、今のロドニーにはその沈黙が重かった。

 玄関の鍵は開いていて、そっと中の様子を窺いながらギシギシと音を立てる階段を上がったロドニーは、木製の扉が開いている一番奥の部屋の前で一度立ち止まり、もう一度大きく肩で息をついてから覚悟を決めて歩き出した。

「遅くなったな」

 東向きの窓辺で外を眺めていたエドナがその声に振り返り、二人同時に「あの」と声を掛けた。

「話って何だよ」「話って何よ」

 二人同時に発した同じ台詞がシンクロして、顔を見合わせている二人は互いに目を丸くした。


 ロドニーはザックに「エドナが呼んでるぞ」と言われ、エドナはティアに「ロドニーが呼んでるわよ」と言われて、戸惑いながらも此処『ハウス・カルテット』へやってきたのだったが、それは子供達が仕組んだ策略であった。

「……あいつらめ……」

 自分が嵌められた事を知ってロドニーは悔しそうな顔になったが、エドナは逆に皆の気持ちが嬉しかった。互いに口に出せない想いを抱えていて、口に出せないが故に少しずつ距離が離れていっていた自分達の事を、皆が心配してくれているのがエドナにはひしひしと感じられて、その皆の想いに自分は応えたいと、ブツブツと溢しているロドニーの顔をエドナは真っ直ぐに見据えた。

「ロドニー。そうよ、話があるの」

 エドナの射抜く視線を見れずにロドニーは目を逸らした。




 ロドニーは、自分はお調子者で、周りの事も考えずに突っ走って迷惑を掛けているんだという事を生まれて初めて自覚して後悔していた。

 何よりも自分が一番に守らなきゃいけないエドナを、多量に出血しちゃいけないエドナを怪我させたのが自分だったという事が重く心に圧し掛かって、エドナを守るのは自分じゃあ駄目なんだという思いに苛まれていた。

「ロドニー、ごめんね」

 それなのにエドナはロドニーに謝った。謝らなきゃいけないのは自分の方なのにとロドニーは蒼の瞳を丸くして顔を振った。

「いや、俺が悪いんだ。エドナは何も悪くない。なんで――」

「だって、私は貴方の重荷だから」

 寂しげな顔のエドナを、ロドニーは口を開けて見ていた。


「何でさ! 何でエドナが重荷なんだよ! エドナは細くて軽いし、ちっとも重くなんかないよ!」

 必死に訴えるロドニーのズレた答えに少しだけ微笑みを浮かべたエドナは、ベッドの上に腰を下ろして俯き加減に呟いた。

「私ね、思ったの。これから先もずっと、私は自分が大怪我しないように気をつけなきゃいけなくて、そんな私を守ろうとして何時かはロドニーが大怪我しちゃうんじゃないかって」

「そんな事ないよ! 俺怪我なんかしないよ!」

「前に此処で、ガラスで頭を切ったじゃない」

 エドナに冷静に突っ込まれたロドニーは「ウッ」と口篭った。

「私はそんな自分が自分で嫌になったの。私の傍に居れば何時かは貴方が怪我をしてしまう。いえ、もっと酷い事になったらと思うと私は貴方の傍に居ない方が――」

 其処まで言ったエドナは、ロドニーに抱き竦められていた。



「嫌だ。何処にも行くな。俺はエドナが居ないと駄目なんだ。俺は何時もあんなでエドナに怒られてばっかで、逆にエドナを傷つけて、でも俺にはエドナしか居なくて、島の頃からずっと俺にはエドナしか居なくて、エドナが俺を守ってくれてるから、俺はエドナを守りたくて、でも俺は駄目な奴で、ごめん、本当にごめん、エドナ」

 自分を抱き締めているロドニーの腕が微かに震えていて、掠れた声にロドニーの泣いている気配が伝わってエドナは苦しそうに目を閉じた。


 ――ロドニーには泣いて欲しくない。


 島の子供達の最年長として常に年少の子供達を守ってきた自分の胸の中にある責任感がそう思わせているのかともエドナは思ったが、それは違うとエドナは己を己で否定した。


 ――私はロドニーの笑っている顔が好き。あの明るい笑顔が好き。


 ロドニーへの想いを思い起こしながら、何故に自分がこんなにも辛く悲しい思いで一杯だったのかエドナはようやく気付いた。

 笑っているロドニーの顔が見たい、そう思ったエドナは自分からロドニーの腕を解いて、泣き濡れたロドニーの頬の涙を拭いそっと唇を寄せた。

 交わす口付けは次第に熱を帯びて、ロドニーがエドナをベッドに押し倒しても、エドナは抗う事無く静かにそれを受け入れた。







「おい、ザック。お前が今日のプリント当番だろ。さっさとしろよ」

 国文学教室へ向かいながら口を尖らせているロドニーは、暢気に歩いているザックをジロリと振り返ってブツブツと文句を溢して、「はいはい」と素っ気無く返したザックは思わせぶりなウィンクをコリンに返して一人さっさと走り始めた。


「でさ、コリン。後で宿題をちょっと――」

「宿題は自分でやる物でしょ。シェリダン教授は温厚だからきっと怒らないよ。でも宿題が倍になって返ってくるけどね」

 周りを気にしながらボソボソと耳打ちしてきたロドニーを明るく笑い飛ばして、コリンは「じゃあお先に」と、クスクス笑っているティアの手を引いてさっさと行ってしまった。


「……クソッ。コリンの奴」

 悪態をついて剥れているロドニーの背後から呆れ顔で眺めていたエドナは、やっぱりロドニーはロドニーよねと内心で苦笑しながら歩み寄って、不機嫌そうなロドニーの腕に自分の腕を絡めて、少し照れた頬を赤らめたロドニーの顔を見上げて笑った。

「少しだったら見せてあげるわ。でもちゃんと自分で勉強しなきゃ駄目よ」

「おっ、サンキュ。エドナ」

 嬉しそうな顔で笑っているロドニーの笑顔はやっぱり眩しくて、ニコッと笑い返したエドナと二人で楽しげに歩くその姿は、二人の周りを螺旋を描いて踊るように跳ねる白い光に満ち溢れていたが、その光が何を意味しているのか、まだ二人は気付いていなかった。

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