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Virgin☆Virgin  作者: N.ブラック
第一章 俺の彼女は十一歳
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第一章 第五話

 翌日、山ほど出された宿題を抱えてトボトボと院内の学校の廊下を歩いているビアンカに気付いて、クリス・エバンスは「やぁ」と声を掛けた。ハッと気付いて顔を上げ、大きな瞳を見開いてじっと見ているビアンカが自分に何を話したいのか、クリスには分かっていた。



 校庭では男の子のグループがサッカーに興じていて、その中に、男の子達よりも僅かに背が高いだけの、金髪を靡かせて浅黒い肌で笑っているジェマの姿があり、そのジェマに、コートサイドに座り込んで懸命に声援を送っているジェマの兄サイも明るい笑顔だった。

「サイは最近、授業中に保健室へ行く事が少なくなったみたいだね。食事を残す量も減ったらしいし、少しずつ丈夫になってるんだね」

 校庭を見晴らす林に置かれたベンチに二人並んで座り、子供達をニコニコと見ながら話すクリスの言葉を、ビアンカも校庭に視線を向けたままじっと聞いていた。



 校庭の子供達の数は去年よりも増えていた。去年の百名に続いて、今年は二百名に近い子供達が入学してきて、一気に大所帯となった聖システィーナ修道院付属小学校ではこれ以上の児童の増加は対処出来ず、域内の北外れにある旧小学校が来年から再開し、エリアを分けて子供達が通うことが決まっていた。

 屈託の無い子供達のキャーキャーという歓声がここまで届いて、一昨年までは誰も居なかった校庭に溢れる笑顔に、ビアンカは眩しそうに少し目を細めた。

「ジェマはドリブルが上手いなぁ。おっと、カットしたのはウチのロジャーか。うん、ウチの子も中々」

 親馬鹿の顔を見せてニコニコと笑ったクリスの横顔を見上げて、ビアンカは物言いたげに蒼の瞳をじっと向けていた。

「ビアンカ。僕は、神様はとっても気まぐれで、それが大切なことでも面倒くさそうに籤引きで決めてるんじゃないかって思うことがあるんだよ」

 ビアンカの視線を感じながらも、クリスは前を向いたままポツリと言った。

「籤を引き当てた僕らにとっては、いい迷惑だよね」

 クスッと笑って穏やかな黒い瞳を向けたクリスから、ビアンカは戸惑うように視線を逸らした。

 




 【守護者(パトロネス)】の力がどれほど重要なのか、ビアンカは誰に教わらずとも、自身の中にある力から教わっていた。それだけに、その力を歪めずに、正当に発揮するようにと諭すジャスティンの言葉も理解出来たし、ビアンカ自身でもそうあらねばならないのだと分かってはいたが、でも好きで【守護者】になったんじゃないのに、という微かな思いにクリスは気付いていた。

「辞めることはできないの?」

「できない」

 逸らした視線を俯かせてビアンカはため息を溢しながら言ったが、クリスは言下に否定した。

「この十年で世界は大きく変動した。気まぐれかもしれないけど、それぞれに重要な役割が振り当てられて、誰もがそれを叶えようと必死だった。必死にならないと世界を救えないからだ。そのために命を落とした者も居た」

 クリスの黒い瞳がキュッと細くなった。親友だったという【鍵】のハドリー・フェアフィールドの事を思い出しているんだろうと、ビアンカはクリスの横顔をチラリと見ながら思った。

「でもね、ビアンカ」

 思い出を振り払うようにクリスは空を見上げた。

「大変な役割だけど、僕はそんなに悪くないと思うんだ」

 顔を上げて此方に向き直ったビアンカの気配を感じて、クリスは穏やかな笑顔をビアンカに向けた。

「誰もが、大事な人を守りたいと思ってる。愛する人を、家族を、子供を。でも人には、出来る事に限りがある。持てる力には限りがあり、自分の力が及ばない事もある。でも僕らには、人よりも少し大きな力がある。その分余計に、誰かを助けることが出来る」

 それが万能ではない事もクリスは分かっていた。ただその余分を積み重ねていくしかないと、クリスは言葉を続けた。

「それはね、義務じゃないんだ。為さねばならない使命でもない。僕らには特典が与えられたんだよ」

「特典?」

 訝しげに目を細めたビアンカにクリスはにっこりと笑って言った。

「人より沢山の人を愛する特典だ。僕は妻も息子も愛してるけど、あの校庭で遊んでいる多くの子供達も愛してる。此処の尼僧(シスター)達も、院の外の村人達も。英国中の皆を、いや、世界中の人を愛してる。それって素敵なことだと思わないかい」

 クリスの黒い瞳も、エドナと同じく優しく温かかった。

 







 ジャスティンには変わりなく忙しい日々が戻ってきたが、急降下する評価に渋い顔をするばかりであった。

 医師達からは「児童心理学的には不適切な対応だった」と小言を言われ、看護師達からは「冷たい男」のレッテルを更に上から貼られて、『ロリコンだけど冷たい男』という呼び名に変わったことに、ジャスティンは剥れ顔が消せなかった。



「じゃあ、どうすりゃ良かったんだよ」

 職員用食堂でランチプレートのソーセージを激しく突付きながら、文句仕切りのジャスティンを前にして、同期のアンガスはキョトンとした顔をしていた。

「えっと、『そんなに俺に逢いたかったのか。可愛い奴だ』と抱き締めるとか?」

「出来るか、んな事。益々『ロリコン』言われるわ」

「でも、『ロリコンなんて気色悪いけど、あの子だったら惚れても仕方ない。まるで天使みたいだ』ってナース達が褒めてましたよ」

「いや、それ俺を褒めてないだろが! ったく」

 無邪気なアンガスの言葉にジャスティンは益々苛々を募らせて、ソーセージにフォークを突き立てた。

「じゃあやっぱり、彼女を刺激しないよう慰めつつ、仮病のリスクを丁寧に説明して諭す、っていう医局長の言葉が正解なんじゃないでしょうか」

 それは、ジャスティンにも良く分かっていた。相手が普通の子供ならそうしてただろうと、ジャスティンは分厚い『小児医療体系』の中の言葉を頭の中で諳んじながら思った。


 ――だけど、アイツは【守護者】だ。

 ライアン医師も、他の医師も看護師達も、その意味を正しく理解していないと、ジャスティンは思った。

 ――聖人君子だから【守護者】になるわけじゃない。【守護者】だからこそ、広い目と広い心を要求されて、それに応えなきゃならないんだ。


 【守護者】が穿った見方を持ってしまうことへの危機感は、一般市民には伝わっていなかった。それを分かっている自分だからこそ、ビアンカには厳しく接してしまうことの意味が理解されず、自分が非難されているのが面白くなかったジャスティンであったが、ふと気付いた。

 ――そうか、俺が非難されてる分には何の問題もないのか。


 自分が傷を負ってもビアンカがそれで道を見失わずに真っ直ぐと育ってくれればそれでいいんだと気付いたジャスティンは、それも【鍵】の役割かと、ソーセージに突き立ったまま煌きを返しているフォークをじっと見下ろした。


「食べないんですか? 時間なくなっちゃいますよ」

 そういえば、この男は自分がビアンカに冷たかろうが何だろうが態度が変わらないな、と小さな体に似合わずモリモリと食べているアンガスを斜に構えて眺めて、ジャスティンはフッと鼻で笑った。

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