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Virgin☆Virgin  作者: N.ブラック
第七章 迷い道に戻り道、道は数々あるけれど
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第七章 第三話

 何でもしますとは言ったものの、自分の本職小児科が多忙な事には変わりは無く、医局長ハワード・ライアン医師が早期の胃がんを克服して正式に復帰はしたものの、職員用の鉄階段を物ともせずに駆け上がるジャスティンの姿は最早病院の風物詩となっていた。



 三階から最上階の八階までを一気に駆け上ったジャスティンは、一度だけフゥと息はついたが平然と歩き出して、特別室と書かれた扉をノックして中をそっと覗き見た。

「こんにちは、ジャスティン」

「やぁ、ジャスティン。久しぶり」

 ベッドの背を起こして楽しげに笑っているヘザーと、その傍らに立っている大男が眦の下がった蒼の瞳を綻ばせて笑っていて、二人同時にジャスティンを振り返った。

「久しぶりだな、スティーブ。回診か?」

「うん。状態を見にね」

 この男スティーブ・フェアフィールドはこの七月まで十年以上に亘って特別室に入院していたソフィーの弟で、国立中央病院所属の医師であり、この病院の再生医療チームの一員として、今回結成された医師団の一人でもあった。



 今回の手術に当たっては、心疾患の外科的治療の他にも機能低下している肺の機能を向上させる為にその再生医療が同時に行われる手筈となっていて、既にヘザーから採取された細胞の培養は順調に進んでいるとの事だった。

「早く元気になってお子さんの元へ帰りましょうね」

 医師としては先輩に当たるスティーブの落ち着きを横目で見て、今度自分もその言葉を患者に使ってみようと思ったジャスティンであったが、自分の担当患者は子供だったと思い出して自分で自分をブッと笑ったジャスティンを、スティーブもヘザーも、キョトンとした顔で振り返った。



 三階の小児科医局( ドクターズルーム)へと戻ってきたジャスティンの前では、飄々としたアンガス・エイドリアンが小気味良く自分のノートパソコンをカチャカチャと叩いていて、ジャスティンの顔を見上げてにっこりと「お帰りなさい、先輩」と笑った。


 ジャスティンに本気で殴られて怪我をして以降もアンガスの懐きっぷりは変わらず、今も看護師達や医師達には「坊や(ボーイ)」と呼ばれて病院内で愛玩犬の様に可愛がられているアンガスだったが、最近はバラ撒き率が六十%まで下がり、自分の担当である腎芽腫の子供とは友達感覚で仲良くしているようで、順調に回復しているその子と病室で遊んでいる姿はまるで年の近い兄弟みたいだと皆に笑われていたが、そんな風潮も何処吹く風とばかりに常にマイペースだった。


「先輩、アトキンズさんの状態はどうなんですかね」

 小児科医であるアンガスもジャスティン同様ヘザーの医師団には加わってはおらず同じ病院内とは言え部外者なのだが、流石にこれほどの大規模な手術には関心があるらしく、誰にも一言も言わずにこっそりと特別室へ行ったジャスティンに呆気らかんと訊ねてきた。

「あ、ああ。問題無しだ」

「そりゃ良かったですね。無事にいくといいんですけど」

 飄々としているアンガスの横顔を盗み見て、ジャスティンは困惑の浮かんだ瞳を宙に泳がせた。





 以前とは何一つ変わってはいないアンガスのようにも思えたが、ジャスティンには何処かしら違和感があった。

 今日もこうして就寝前のひと時、宿舎内の談話室でエールを片手に雑談に興じているアンガスは屈託無く笑っていたが、何かが足りないような気がしていたジャスティンははたと思い至った。

 あれからアンガスはカメリアの事を一言も話さなくなったのだ。



 それまでのアンガスは、雑談の時にジャスティンが赤面する様なベッドでの赤裸々な話も平気で聞かせていたのにそれがぱったりと止んだだけでは無くて、そう言えば色恋に関する事は何も言わなくなったよなと思ったジャスティンは、エールを呷ってブカブカの袖で旨そうに拭っているアンガスに「なぁ」と声を掛けた。

「お前さ、まだオハラ先生と続いてんの?」

 訊かれたアンガスの表情が途端に固まり、ジャスティンから目をゆっくりと逸らした仕草を見て、またシャッターが下りるのかなと思ったジャスティンだったが、暫く黙っていたアンガスは、今度は真っ直ぐにジャスティンを見返してきて口を開いた。

「別れたんです、もう」

 そう言って俯いたアンガスの横顔が少し寂しげで、迷子の仔犬が母を求めて鳴いている声がジャスティンには聞こえた気がした。








 カメリアとは別れたとだけしかアンガスは言わなかったが、それにジャスティンが全く気付かなかったのも無理は無く、当の本人であるカメリア・オハラ医師が何も変わっていなかったからだ。


 自分の患者ウィリアムを一緒にサポートをしてくれているオハラ医師は過去の文献を調べてくれたり、院内に残っていた同病の子のカルテを屋外のカルテ倉庫から見つけ出してくれたりと、其処までして貰えるとは思っていなかったジャスティンを驚かせていたが、アンガスと別れたからと言って前の派手な雰囲気に戻るでも無く、清楚な美しさはそのままだった。


 ――二人に何があったのかなぁ。


 事情を全く知らないジャスティンは気を揉んだが、元々恋人同士とも呼べない関係だった二人がそれを大人として解消しただけだと思えばこれで良かったのかとも思えて、安堵の様な不安の様な複雑な感情が渦巻いたが、部外者である自分が突っ込んで訊ねるわけにもいかず、ウィリアムのカルテを真剣な顔で見ているオハラ医師の毅然とした表情を前にして、ジャスティンは内心でため息をついた。

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