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Virgin☆Virgin  作者: N.ブラック
第七章 迷い道に戻り道、道は数々あるけれど
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第七章 第二話

 のんびりとした休日気分を味わうだけではなく、ちゃんと医師としての仕事にも邁進しているジャスティンは、家族用宿舎を訪ねて自分の患者ウィリアムの様子も確認していた。

 七月にも風邪を引いて国立中央病院に入院したウィリアムだったが退院後は落ち着いているらしく、先月の検診時にも機嫌よさそうにニコニコ笑っていて、今日も招き入れられたジャスティンの顔を見るなり嬉しそうなキャアキャアという声を上げて笑っていた。

「ウィル、元気そうだな」

 穏やかな声を掛けながらベッド上で寝ているウィリアムの顔色や脈拍、そして心拍音を確認して顔を上げたジャスティンは、背後に心配げに立っている彼の両親、ランディ・シェリダン教授とその妻フローラを振り返った。

「心音は、雑はありますが先月とは変わっていないようです。血中酸素濃度は、次の来院時に確認しましょう」

「ありがとうございます、先生(ドクター)

 フローラと顔を見合わせて微笑んでいるランディは、学者らしい静かな物言いでジャスティンに金髪の頭を下げた。


 このランディはイングランド出身で、ロンドン郊外にある大学で国文学の講師をしていたのだが、其処で知り合ったフローラと結婚して暫くロンドンで暮らしていたそうだった。

 しかし世界崩壊時にロンドンで起こった大暴動を受けて、比較的治安の良かった妻の出身地ディーサイドへと移住したのだと言う。

「『発動』が起こって子供が再び生まれるようになり、自分達にも子を授かって、本当に嬉しかったのです」

 物静かな教授は、青の瞳を細めて静かに微笑んだ。


 しかし彼等の元へやってきた天使は、羽を捥がれ代わりに重い荷を背負っていた。

「あの子は幾つもの疾病を抱えてはいますがとても無邪気で、あの子の笑顔を見ていると、僕はとても優しい気持ちになれるのです」

 夫の優しい言葉を聞きながら口元に微かに笑みを浮かべてはいるが、フローラの緑の瞳には消せない哀しみの影が見え隠れしていて、ジャスティンはメモを書き留めながら、そんな夫妻の様子をじっと見ていた。

「僕が望むのは、あの子が良好な状態を維持してくれる事だけです」

 それは普通なら簡単な事の様にも思えるが、幾つもの重荷を背負ったウィリアムにとっては難しい問題が山積していた。


 十八トリソミーを患う子供達の中で比較的症状が軽い部類に入るウィリアムだったが、動脈管閉存症(   PDA)を起因とするアイゼンメンゲル症候群を既に発症しているウィリアムには酸素供給の為のチューブが欠かせず、身体の大きさも一歳児程度で歩く事も出来ず、そして彼は言葉を話す事も出来なかった。

 常に酸素吸入が必要な彼は外へ出る事も叶わなかったが、しかしジャスティンはまだ希望を失ってはいなかった。

「それでお二人にご相談があるのですが」

 穏やかな声で二人に話し掛けたジャスティンの顔は、先程までの明るく屈託の無い若者の顔では無く、信念を以って臨む一人の医師の顔だった。


 ジャスティンはウィリアムが患っているアイゼンメンゲル症候群という病気について既に知識を持っていた。前職AAS時代に上官だったネルソン・アトキンズ大尉の妻ヘザーが全く同じ病気だったのだ。そして、現在のベルギー国の女王マリア・テレジア陛下も、同じ病を患っていた。

「その彼女が常飲していたのが聖システィーナ修道院により作られている滋養強壮剤なんです」

 真剣な顔でジャスティンの話を聞いている夫妻は、その先を聞きたそうにジャスティンに頷いた。

「特にベルギー国の女王陛下は、混乱の最中に危篤状態であられましたがその薬を投薬して症状が改善し、今は安定して執務を行っておられるそうです」

「そんな薬があるのですか」

 修道院の薬は薬効が証明されて今は広く英国国内で使用されてはいるが、大量の薬草を必要とするこの薬は量産化は難しく、現在も院内で作られている他は生産数は僅かで、国立中央病院内でも危機的状況下にある患者優先で使用されていた。

「アイゼンメンゲルの患者は優先順位の上位です。ウィリアムにも定期的な投薬が可能だと思います」

「それは是非お願いします、先生」

「あ、頭を下げられなくていいですから」

 立ち上がってジャスティンに深々と頭を下げたランディを見上げて、困惑したジャスティンはフルフルと首と手を振った。


 そしてジャスティンは、その先の未来をも見据えていた。

「もしもウィリアムの血中酸素濃度が回復し、チューブを外す事が出来るようになったら、もっと先が見えてくるかもしれません」

 夫妻は、少し俯き加減で小さく笑っているジャスティンの顔を、二人して覗き込んだ。

「先程お話した自分の上官の奥方様ですが、来月にPDAの手術を受ける事になっているんです」

 顔を上げたジャスティンの笑みには、内心の嬉しさが零れ出していた。






 ジャスティンは、そのヘザーと久しぶりに再会する事となった。来月に行われる手術に備えて、体調管理も含めてヘザーが先行して国立中央病院に入院してきたからだ。

「宜しく頼むぞ、ウォレス一等准尉、いや、ウォレス先生」

 妻に付き添い病院までやってきたネルソンは、真顔で言ってから自分の言い間違いに気付きながらも顔色も変えず訂正して、綻んだ笑顔になったジャスティンは厳しく厳格な上官の、家族思いの素顔を垣間見て「勿論ですよ」と頷いた。


「また会えて嬉しいわ、ジャスティン」

 そのヘザーは、光が煌く金髪をゆるやかに纏めて、抜けるような白い肌に輝くコバルトブルーの瞳を細め、ベッドの上に腰を下ろしてジャスティンを見上げて微笑んでいた。

「いえ、奥方様も体調が良さそうで何よりです」

 手術に備えて少し頑張って沢山食べたから太ったのよと少女の様に笑ったヘザーはそれでも腕は折れそうに細く、しかし血色の良さを示す頬には紅が浮かび、口唇(こうしん)の発色も良く、白い指先の爪も淡いピンク色のマニキュアを塗っているかの様に輝いていて、ヘザーの状態が良さそうな事にジャスティンは安堵していた。

「自分は小児科なんで心臓外科とは科が違うんですけど、でも自分に出来る事は何でもしますんで」

 胸を張って敬礼を返している元部下に苦笑しているネルソンも、内心には不安はあるのだろうが、優しく妻を見下ろす瞳には深い愛が籠められていた。

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