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Virgin☆Virgin  作者: N.ブラック
第七章 迷い道に戻り道、道は数々あるけれど
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第七章 第一話

 暦も九月に入ると穂を垂れ始めた小麦は次第に黄色味を帯びて、涼しさの増した風が実りの秋が近い事を告げていた。

 ロンドンから西へと向かって快適に走るその車は磨き上げられた濃紺色の『オールド・ローバーミニ』で、医学研修生ジャスティン・ウォレスが以前愛用していたボロ車とは違い整備されたエンジンも快調で、滑る様にハイウェイを疾走していた。



 以前のボロ車は、英国襲撃事件が起こった時にW校で銃撃されて、盛大にぶっ壊されて既に廃車となっていた。

 今でもまだ復興した自動車会社は無く、国が管理する旧メーカーの在庫の車を手に入れるには面倒な申請の手続きが必要で、それも何時自分の順番が回ってくるのか分からない程待たされるらしく、新しく車を入手するのをジャスティンはすっかりと諦めていたが、何処からその話を聞きつけたのか、英国軍のトップであり国防大臣であるエリック・サヴァイアー中将が直々にジャスティンへと車を無償で贈ってくれたのだった。


 サヴァイアー中将は無類の車好きとして軍内部では有名らしく、これまでに十台ほど所有したがその殆どを知人や友人などに譲ってきたのだと言う。

「今は俺の手元にはこれとメルセデスSLしか残ってないんでな。小さい車で済まないが」

 三月の初めのまだ肌寒い日に、この車を自ら聖システィーナまで転がしてきてくれた気さくな中将に、ジャスティンは平身低頭して頭を下げた。

「いえいえいえ。前の車のミニに似てるから大丈夫です。俺、車の中で縮こまるの得意なんで本当に助かります。中将殿、ありがとうございます」

 舞い上がって自分が何を言ってるのか分からないまま何度も頭を下げているジャスティンに苦笑して、サヴァイアー中将は黒い瞳を細めて笑っていたのだった。



 今日は休日のジャスティンが向かっているのは勿論愛しい婚約者ビアンカ・ワイズが居る国立中等教育学校であるW校で、一年間で二学年分の課題をクリアするという難題を見事に達成したビアンカは晴れて中学生となっていた。

 そのW校には、ジャスティンが初めて受け持った患者、三歳児のウィリアム・シェリダンも国文学教授を務める父の赴任に伴い家族用宿舎に住んでいて経過観察をするのに都合が良く、そして無二の親友ビリー・ローグも同校の外国語教授として勤めていた。

 恐らくこれから数年の間足繁く通う事になるであろう道を、機嫌よく鼻歌を歌いながらかっ飛ばすジャスティンの顔は、晴れ晴れとして明るかった。



 土曜日の今日は確か授業は午前中だけで、午後は部活や学内での自由行動、あるいは希望者は週末自宅に帰る事も出来たが、今週は聖システィーナには帰らないと言っていたビアンカは校内に居る筈だった。

 南向きの正門から入って直ぐにある来賓用の駐車場に車を止めたジャスティンは、色が僅かに変わり始めた落葉樹の木々がそよ吹く風に葉擦れの音を立てている学内を見渡して、僅か半年前には此処で戦闘があった事など嘘の様に静かな学内に満足気に頷いた。


「ジャスティン!」

 メインストリートを北へ真っ直ぐに歩いた突き当たりが大講堂で、正面大扉前の石段にちょこんと座っていた一人の少女が歩いてくる大柄な人影に気付いて立ち上がると、頬を薔薇色に染めて嬉しそうに駆け寄ってきた。


 以前のW校には規定の制服があったそうだが、現在は学生の服は自由とされていた。しかし、此処の女生徒達は皆同じ柄のキルトを着ていてそれがまるで制服の様であった。鮮やかなマリンブルーを基色としたそのタータンは英領ヴァージン諸島(   BVI)の子供達をイメージしてデザインされたオリジナルで、イングランド出身の唯一の女子生徒ティア・ミドルトンも同じキルトを着ていた。

 今日はそのキルトに真っ白なポロシャツを組み合わせ、ハイソックスに革のローファーといういでたちのビアンカは、小学校に居た頃よりも格段に大人っぽく見えて、少し赤くなった頬を隠す様に鼻を掻いたジャスティンは、照れ臭そうに手を挙げた。

「よぉ、元気だったか」

 そのまま真っ直ぐジャスティンの広げた両腕の中へと飛び込んできたビアンカは息を弾ませて嬉しそうに頷いた。

「勿論よ。みんなも元気よ」

 修道尼としての修業中のイブ・ペイトンを除いた島の子供全員と、英国出身の二人を加えた総勢十一名の子供達はどうやら毎日学業に遊びにと元気に過ごしているらしかった。

「でね、ジャスティンに会わせたい人がいるの」

 ビアンカと手を繋いでまるで親子の風情でブラブラを歩き始めたジャスティンを見上げて、ビアンカは金髪を翻して走り始めた。

「ちょ、おい」

 跳ねる様に駆けて行くビアンカに手を引かれて、ジャスティンは石畳の道を第一校舎へ向かって駆け出した。



 第一校舎の一階には総勢百名程は入る大食堂があり、天井の高い食堂の真上は校舎の最上階の四階で、其処は同じ広さを持つ図書室だと、階段を駆け上がりながらビアンカが言った。

「すっごく広いし、すっごく本が一杯あるの」

 頬を染めて話すビアンカに手を引かれ、うんうんと頷きながらも階段を駆け上がっても息も切らさないジャスティンは、木製の飾り付き大扉の前で一度立ち止まって「シーッ」と口に指を当てて振り返ったビアンカに首を竦めて頷き、少し軋んだ音を立ててその扉を開けた。

 入って直ぐの左側が貸し出し用のカウンターらしいが誰もおらず、小さな丸テーブルが幾つか置かれたテラス席の向こうには勉強用の長テーブルが二列並べられていて、その奥側の長テーブル中央付近で子供達が集まって顔を付き合せて楽しげに笑っていた。

 その子供達の輪の中心に座り込んで、手元の本を指し示しながら子供達以上に明るい笑い顔の男を見て、ジャスティンは「あれ」と首を傾げた。

「何でクリスが?」

 ポカンと立っているジャスティンに気付いた聖システィーナ地区の元【守護者(パトロネス)】クリス・エバンスが嬉しそうに手を振っていた。



「僕、此処の教授になったんだ」

 クリスの向かい側に腰を下ろしたジャスティンに向かって、照れ臭そうに首を竦めてクリスは笑った。

 【守護者】としての役目を終えたクリスは、それまで地域や英国全土の治安や復興に関する事に携わってきたが、この先どうしようかと悩んでいた処に此処で子供達に電気工学を教えてくれないかという依頼が校長のベル・オルムステッドから舞い込んで来たんだとクリスは言った。

「ケビックはこのまま英国政府内に残ればいいと言ってくれたし、首相も勧めてくれたんだけど、僕には此方の道の方が合ってるかなって思って」

「クリスの授業って分かり易い……んだってさ。だよな?」

 クリスの隣席に腰を下ろして威張っているロドニー・ワイズは、最後には口篭って更に隣のザック・ノックスを振り返った。

「まぁな。ってお前電気工学の授業受けてないじゃん。難しい事は嫌いだって言ってたじゃん」

 冷静なザックに突っ込まれたロドニーは口を尖らせて「うるせぇ」と剥れた顔になったが、それを見てクスクスと笑っているコリン・エバンスはクリスの甥で、恋人ティア・ミドルトンと顔を見合わせて頷いているところを見ると、やっぱり穏和で心優しいクリスには学校の先生は向いてるんだろうなと、ジャスティンはほっこりした気持ちで微笑んだ。

「じゃあ、今は家族で此処に?」

「うん。ロジャーはもう友達が出来たって言ってた」

 クリスに似て面倒見がいい性格の息子ロジャーは今はまだ五歳で、来年から学校の東側に隣接する小学校に通うらしく、職員宿舎内の子供達と元気に遊んでいるとクリスは微笑んだ。

「特にウィリアムって子が大好きで、外には出られないらしいその子の家に皆で遊びに行って絵本を読んでるんだって」

 ニコニコと笑っているクリスの何気ない言葉を、ジャスティンは眼を見開いて少し口を開けて聞いていた。


 ジャスティンが受け持っている患者ウィリアムは、重い遺伝病を抱えて病苦と闘っている子で、北ウェールズのディーサイドという街でこれまでは両親に守られてひっそりと暮らしてきたが、新しい街で新しい道を歩き始めたウィリアムに新しい風が吹き始めた事を知って、ジャスティンの胸にも新風が吹き込み始めていた。



「そして、皆に重大なニュースがあります!」

 ジャスティンの隣にちょこんと座って皆の顔を嬉しそうに眺めていたビアンカが、唐突に立ち上がって挙手をした。

「何だよ、ビアンカ」

 正面に座るロドニーが身を乗り出してビアンカの顔を覗き込むと、ビアンカは「エヘン」と小さく咳をした後、一体何事かと怪訝な顔を向けている一同を見渡してからウフッと笑った。

「来年の四月に、院長先生に赤ちゃんが産まれまぁす!」

「えええええ。院長先生に……子供……」

「ええ、もう産まれるの? 早くない? 結婚したの六月だよ」

「ちょ、マジ? マジで? マジで班長殿とバーグマン伍長の間に子供が産まれんの?」

 騒然となった場で最後にビアンカに突っ込んだのはジャスティンで、目を丸くして立ち上がった大男は、隣で悪戯っぽく笑っている小さな少女の顔を覗き込んだ。

「間違いないわよ。テリーが軍病院で院長先生に会って直接聞いたんだって」

「ああ、そう言えばさっきテリーが僕の予備用の眼鏡を態々持って来てくれてたっけ」

 教育大臣を平気で呼び捨てにする傍若無人な子供達は昔っからの知己らしく、銀縁の眼鏡が似合うサイが穏やかに笑うと女の子達は一斉に立ち上がってハイタッチをして喜び合い、まだ呆然と座り込んで小さな声でブツブツと「院長先生が」と呟いているロドニーは放心状態で、はしゃぎ回る子供達を叱るでも無くニコニコと笑っているクリスも、得意げな顔のビアンカの金髪をグリグリ撫でているジャスティンも、この世界に本当の意味での安寧が訪れた事を改めて噛み締めて、昼下がりの秋の日差しが差し込む明るい図書室には満面の笑みが溢れていた。

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