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Virgin☆Virgin  作者: N.ブラック
第六章 真夏の果実は甘いか、苦いか
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第六章 第五話

 久しぶりに訪れた聖システィーナでは、丘の麓に広がる小麦畑に背の高くなった青い穂が風に揺れていて、微かに色が変わり始めた葉先が今年も実りの秋がやってくるのを告げていた。

 病院用の白いライトバンで丘の頂上にある修道院前に降り立ったジャスティンは、照り付ける真夏の強烈な日差しを手を翳して遮り、穏やかな風が吹き過ぎる丘の上で、生命の溢れる緑の大海原を暫く飽かずに眺めていた。


「よし! 文句なし! 大きくなったな、サイ」

 この九月にW校へと進むサイは十三歳になった今でも身長は標準よりも低く細身の身体をしていたが、栄養状態は良好ではにかんだ笑顔で嬉しそうに笑っていた。

「貧血も今年に入ってからは無しか。あの苦い薬ちゃんと飲んでるんだな、偉いぞ」

 聖システィーナの造血剤は口に残る苦い鉄錆味で、一度飲んだ事のあるジャスティンがグリグリと頭を撫でてサイを褒めると、眉間に皺を寄せてジャスティンの手元を覗き込んだサイは「あれ本当に不味いよね」と苦笑いを浮かべていた。

「で、次なんだが――」

 まだジャスティンの手元にある用紙を眉を寄せて覗き込んでいたサイは、声を掛けられて顔を上げたが怪訝そうに目を細めたままで、苦しげにも見えるその表情にジャスティンの顔も険しくなった。

「……サイ? どうかしたのか?」

「え? 何が?」

 聞かれたサイはキョトンとした顔になった。


「あー、サイ。お前は近視だな」

 検眼結果を見て口をへの字にして考え込んでいるジャスティンの前で、サイは「近視って?」と益々不思議そうな顔をした。

「あーつまり、眼のピント調節の機能がちょっとズレてて、遠くのものが良く見えてないんだ。少し目を細めないと黒板の文字が読めなかっただろ?」

「うん。そう言えばそうだった」

 島の子供達には他に近視の子は居らず、ロドニーに至っては逆に見えすぎて『(*1)十四/六』という恐るべき数値を叩き出していた。

「うーん、『二/六』か……眼鏡が必要な数値だなぁ」

「眼鏡って、マクニール先生が持ってるようなやつ?」

「ああ。あれは老眼鏡だけどな。と言ってもなぁ」

 口篭ったジャスティンはボリボリと頭を掻いた。


 まだ経済再興途中の此処イングランドでは眼鏡店で再開した店は無く、スコットランドまで出向かないと新しい眼鏡を作るのは難しかった。だが現状では恐らくサイには黒板の文字を読むのも困難で、学業に打ち込みたいと願っているサイにとって大きな障害となる事も分かっていただけにジャスティンは何とかしてやりたかった。


「それなら、ポーツマスの海軍病院内でなら作成可能だ」

 そんなジャスティンに吉報を齎してくれたのは国連のエドガー・リード国際コミュニティ局局長で、眼鏡を必要とする軍人用として僅かにだが機能が残されているという。

「じゃあ、早速班長殿に連絡して――」

「いやいや、必要な手筈は此方でつける。後程、日程等についてはテリー・オルムステッド教育相より連絡が行くように手配する」

 淡々と指示するエドガーには逆らえず、折角班長殿に電話出来る機会(チャンス)だったのにと、剥れるジャスティンをサイがクスクスと笑っていた。






「えー、サイって近視だったのぉ?」

 突拍子も無い大声を上げたジェマは両腕を真っ直ぐに上へ上げてTシャツを着込んだ背をジャスティンに見せていて、背骨の歪みをチェックしたジャスティンが「はい、OK」と言うと椅子を回してクルリと振り返った。

「で、近視って何?」


 双子の兄サイよりは僅かに身長は高いが、それでも標準には達しないジェマも身体は小さかったが健康状態は良好も良好、元気そのものだった。

 スポーツ全般が得意で一日中駆け回っているジェマは、W校ではロドニーやザック、キッドやアキら島の仲間とサッカーをするのを楽しみにしていて、ジャスティンがTシャツの上から胸に聴診器を当てている間も体を左右に揺らして大人しくしておらず、困惑したジャスティンは苦笑を溢した。

「おいおい、ジェマ。じっとしてくれてないとちゃんと心音が聴けないだろうが」

「ねージャスティン、それってどんな音がするの?」

 話を聞いてないジェマは身を乗り出してジャスティンの顔を覗き込んだ。

「あー、うん。ジェマも物凄く沢山走ったら、心臓がドキドキするだろ?」

「うん」

「それと同じ音がわざわざ沢山走らなくても聴こえるんだ」

「へー」

 興味深げに聴診器を手に取ったジェマは、集音する為の先端部分、チェストピースを自分の耳元に持ってきて音を聞こうとしていたが、「おいおい」と呆れたジャスティンはキョトンとしているジェマの顔を逆に覗き込んだ。

「看護師になろうと思ってんなら、聴診器ぐらい知ってないと無理だぞ」

「そうだった! ねぇ教えてよ、ジャスティン」

 この分だと大人になる迄の間になりたい職業が幾つ変わる事やらと内心で笑ったジャスティンは、瞳を輝かせているジェマの耳元にイヤピースを付けてやって、目をまん丸にしてジャスティンの胸にチェストピースを当てているジェマに微笑み掛けていた。




「ねぇねぇ! サイ、サーイー!」

 内診の終わったジェマは素っ頓狂な声を上げて先に保健室を出て行ってしまい、まだ内診の終わってないビアンカと二人だけで残されたジャスティンは一瞬背筋を走った緊張感に襲われそうになったが、大きく息をついて何度も頷いてから「あー、次の方どうぞ」ともう一人だけしか残って無い生徒を呼んだ。

「宜しくお願いしますね、ウォレス先生」

 口元だけ笑っていて目が笑ってない時のビアンカは絶対に何かを企んでいて、ギクッと強張りの走った背中を悟られないようにと、ジャスティンは小さくコホンとわざとらしく咳をした。

*1……『二十四/六』、米英で使われている分数視力と呼ばれる視力の表記方法。視力1.0の人が六m離れて見えるものを二十四m離れても見えるというもので、大体視力4.0相当。因みに『二/六』だと視力0.3相当。

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