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Virgin☆Virgin  作者: N.ブラック
第六章 真夏の果実は甘いか、苦いか
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第六章 第二話

 コンコンと遠慮がちなノックをしてから、静かに扉を開けて覗き込んだ研修生アンガス・エイドリアンは、窓辺に置かれたベッドの上でケットも足元に追いやって燦々と照り付ける夏の日差しの中でも豪快に爆睡しているジャスティンを見て「はぁ」と嘆息をついた。

 出勤の時間が迫ると、出掛ける前には必ずジャスティンの部屋へ寄って起きているか確認するのがアンガスの習慣になっているが、八割の確率でまだ寝ているジャスティンを叩き起すのもアンガスの日課となっていた。

「先輩。もう時間ですよ」

 熟睡しているジャスティンの耳元でそっとアンガスは囁いたが、起きる気配の全く無いジャスティンの顔には乱れた銀髪が掛かり、暑い所為か上半身は裸で、下半身はトランクスだけという裸に近い格好のジャスティンを見下ろして、アンガスの頬に紅が浮かんだ。




「失礼しまーす」

 一応声は掛けて寝ているジャスティンの隣に身体を滑り込ませて横たわったアンガスは、寝た途端にジャスティンに両腕を回されて抱え込まれ、分厚い胸板の中に抱き締められた。

 普段は術衣(スクラブ)の下に隠されているジャスティンの胸板は、流石に元軍人だけあって鍛え上げれた固い筋肉の固まりで、薄っすらと汗を掻いた胸元からは自分には無い男臭さが漂っていたが、その胸元にぴったりと頬を寄せたアンガスはそれを嫌っているわけではなさそうだった。


 筋肉の盛り上がった二の腕に抱え込まれ、身体をすっぽりと覆われているアンガスの額にも、暑さの所為なのかそれとも緊張の所為なのか薄っすらと汗が滲み始めたが、身動きも出来ずに抱き締められているアンガスは嬉しそうに笑っていた。

 蕩ける様な時間の中で、親鳥に守られた雛の様に心に満ち溢れる安心感と充足感で頬を染めたアンガスは、そのまま引き込まれる様に眠りへと落ちて行った。





「あの馬鹿二人をさっさと叩き起して来い!」

「でも、独身宿舎は入れるのは男性だけで……」

「気にするな! とっとと起こして来い!」

 時計を見上げながら小児科医局( ドクターズルーム)で怒鳴り散らしている小児科主任医師ヒックス・ストライドは、怯えた顔をしている新人看護師(ナース)にも怒りで険しくなった顔を向けて、「は、はい!」と逃げる様に立ち去った看護師を目で追って「フン」とボサボサの茶髪を不機嫌そうにボリボリと掻いた。


 外来の診察時間がもう直ぐ始まるのに一向に姿を見せない二人の研修生を起こすべく、病棟の新人看護師は男性用独身宿舎へ恐々と向かったが、アンガスの部屋はもう無人で、ジャスティンの部屋の扉を小さくノックした後「すみません、もう時間です。先――」と中を恐る恐る覗いて声を掛けようとした看護師は、窓辺のベッドの上で抱き合い気持ちよさそうにスヤスヤと寝入っている二人の男の姿を見つけて、顔を強張らせてその場に固まった。




「あー、しぇんぱい。この患者なんれすけど」

 腫れ上がった左頬には大きな湿布を貼り付けて、額にも薄く血の滲んだ絆創膏を張ったアンガスは、腫れの所為でしゃべり難そうにジャスティンに声を掛けた。

「……何だ」

 不機嫌にではあるが渋々返答したジャスティンは、目が据わって笑っておらず、そんな事を全く気にせず話し掛けてくるアンガスを薄目で見下ろしていた。


 看護師の絶叫で目が覚めたジャスティンは、自分の腕の中で幸せそうに寝ているアンガスの頬を本気の右拳でぶん殴り、軽々と吹き飛んだアンガスは床を盛大に転がって額も切って軽い怪我をしたが、愚痴るでも無く怒るでも無く、殊勝に頭を下げて「先輩、済みませんでした」とジャスティンに詫びた。


 素直に詫びられてはそれ以上アンガスを責める事も出来ず、遅刻は自分の所為でもあり、ヒックスにも盛大に怒られた二人は汚名を返上するべく日々の業務に励んでいたが、昨日まではジャスティンを少し憧れの篭った視線で見上げてくれていたあの看護師は、今は汚物でも見るかの様な軽蔑と憎悪と嘲りの篭った視線を投げるだけでジャスティンを正面から見ようとはせず、業務連絡中も強張った短い冷たい返事を返すだけで、ジャスティンが弁解しようにも拒絶の背中を向けて取り付く島も無かった。

「俺どうすりゃいいんだよ……」

 がっくりと肩を落としたジャスティンは、周りの看護師が誰一人寄り付こうとはしないナースステーションで、項垂れて椅子に座り込んだ。


 チンと音がして止まったエレベーターに、喧しい二人の看護師が乗ってきて、目をランランと輝かせた二人はまだ噂話を続けていた。

「でさ、なんと朝っぱらからヤってたんだって。男同士で」

「へえ、若い子は元気よね」

「でもヤるのはいいけど、遅刻はちょっとね」

「まぁ、そうね。でもさ、折角いい男で元軍人なのに、『ロリコンでショタコン』とはねぇ」

「そうよねぇ」

 ケタケタと笑っているこの看護師達が、どうか後ろに居る自分に気付かずに降りてくれますようにと、病棟用の紙オムツの山を高く積み上げて抱え、その影に隠れる様にして立っているジャスティンは泣きたい気持ちを堪えてじっと俯いたままであった。




「そりゃあさぞかし見物だったでしょうね」

 昼食の席でも遠巻きに自分を見ている職員達の冷たい視線が突き刺さり、食欲の無いジャスティンは直ぐにでも立ち上がってこの場を去りたい思いで一杯だったが、「食べなきゃ仕事も出来ないわよ」とカレンに諭されて、苦い思いでトマトソースとチーズがたっぷり掛かったポークソテーを腹に収めていた。

 この間の件で当分口を利いてくれないだろうと思っていたカレンは今日は昼出勤らしく先程顔を見せたが、どういう風の吹き回しか特段気にしている風も無く落ち込んでいるジャスティンを昼食へと誘ってくれて、今朝の件も同僚から話を聞いただろうに豪快に笑い飛ばしてくれているのはジャスティンにとっては有り難かったが、一度定着した渾名が院外に広まるのも時間の問題で、折角今は良好な関係にあるロドニーやエドナがジャスティンに再び牙を剥くのは間違いが無く、卒業間近で勉強が忙しいビアンカには結婚式以降は会えずにいたが、彼女がさめざめと泣く姿が思い起こされて、絶望という文字しか頭に浮かばないジャスティンは、食べてもいないのに減っていく自分の皿を前にして「はぁ」とため息をついた。

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