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Virgin☆Virgin  作者: N.ブラック
第一章 俺の彼女は十一歳
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第一章 第四話

 聖システィーナ修道院に戻ったビアンカは、マクニール院長代理(シスター・マクニール)にも叱られて、当分院外に出る事を禁じられて部屋に一人で篭って泣いていた。

 ほんの軽い気持ちで考えていた。嘘を付いている後ろめたさよりも、これでジャスティンに会えるんだという喜びのほうが大きくて、ワクワクする胸を抱えていたビアンカに冷たい言葉を浴びせ掛けたジャスティンの険しい顔がまだ信じられなかった。

 ――ジャスティンは、きっともう他の女性( ひと)と。

 ビアンカの脳裏に病室を訪れた綺麗な看護師さんの顔が浮かんだ。スラリとした背と、ピンク色の制服の上からも分かる豊かな胸が、ビアンカの脳裏を過ぎってまた一層涙が零れた。

 ――だからもう私には会いたくないんだわ。

 ビアンカは自分の小さな胸に手を当てた。十一歳の頃のエドナはもう少し背も高く、お姉さんらしく少し胸も膨らんでいた事を思い出して、まるでまだ子供の凹凸の無い自分の体を思ってグッと唇を噛んだ。

「ジャスティン……」

 名前を呼んだだけでも胸が張り裂けそうな気持ちに、ビアンカはベッドにうつ伏せて、小さな肩を震わせて泣き崩れた。


 初めてジャスティンに会った時には、軽い口調の只の大きいお兄さんぐらいにしか思っていなかったビアンカであったが、両親との間に軋轢を抱えて思い悩む姿に、母性本能を擽られたのか親しみを感じ始め、その後アバディーンで暴漢から救ってくれた時にしがみ付いたジャスティンの逞しさに、何時も自分を抱き上げてくれていたクリスやレオとは何か違う物を感じて、ドキドキ鳴る鼓動に顔を赤らめた日の事を思い出して、ビアンカは泣き疲れて腫れぼったくなった顔を上げた。

 それが好意では無く愛だと気づいた時、自分とジャスティンとの間に繋がる『絆』を見付けた時の喜びを思い起こして、ビアンカはズキズキと痛む胸を押さえた。

「私は『絆』の相手じゃなかったんだわ」

 口に出して言うと枯れたと思った涙がまた零れて、ビアンカは枕に顔を埋めた。

 その時、コンコンという小さなノックの音が聞こえたが、敢えてビアンカは返事をしなかった。ところが、開けられた扉の向こうから「ビアンカ、入るわよ」と聞こえた声に、ビアンカはベッドから跳ね起きてその声の主に向かって泣きながら駈け寄った。

「エドナお姉ちゃん!」

 ビアンカを心配して学校から戻ったエドナは、ビアンカの小さな身体をしっかりと抱き止めた。

 


 ベッドに横たわらせたビアンカの、金に少しだけ茶色の交じったグラデーションの美しい髪の緩やかなウェーブに沿ってゆっくりと撫でながら、エドナはベッドサイドに腰掛け穏やかに微笑んでいた。

「どこも痛いところはない?」

 子供達の最年長で、いつも皆を姉、いや、母親の立場で見守ってきたエドナは、変わらずに優しかった。涙が溢れそうな瞳で小さくコクンと頷いたビアンカに、エドナは「良かった」と微笑んだ。

「エドナお姉ちゃんは怒らないの?」

 ビアンカの大きな蒼の瞳の眦から零れ出した涙をエドナは静かに拭って、「ん?」とビアンカの顔を覗き込んだ。

「みんなに怒られたわ。マクニール先生にも……ジャスティンにも」

「みんなビアンカの事が心配だから怒るのよ。心配じゃなかったら怒らないし、そもそも病気になっても何もしてくれないわ」

 お腹が痛いと言った時の尼僧(シスター)達の慌てぶりと、仲間達の不安げな顔を思い出してビアンカはキュッと眉を寄せた。

 制限速度を遥かに超える速度で、病院へ真っ青な顔をして連れていってくれた花農家シド・ヘインズの顔や、帰り道にしょげているビアンカに優しかったエドガーをも思って、ビアンカはまた小さくコクンと頷いた。

「ロドニーもね、帰って来ているのよ。最初に学校で貴女が病院に運ばれたって聞いた時、学校から病院まで走っていこうとしたのよ。何十kmもあるのにね」

 クスッと笑ったエドナは、今は閉じられている扉を振り返った。多分、兄ロドニーは落ち着かなさげに廊下を行ったり来たりしているんだろうとビアンカは思った。

「エドナお姉ちゃん、私……私じゃダメなのかな」

 ジャスティンの冷たい顔を思い出して、ビアンカはまた込み上げる嗚咽にしゃくり上げながらポツリと言った。

「そんなことないわ」

 だがエドナは表情を変える事なく穏やかだった。

「ジャスティンは貴女を愛してるわ。貴女を理解してるからこそ、ジャスティンは怒ったのよ」

 柔らかい光を浮かべたエドナの黒の瞳に、吸い寄せられるようにビアンカは蒼の瞳を向けた。

 



 ようやく入室を許されたロドニーは、最初から怒り心頭だった。「俺がアイツをぶん殴ってやる」と口にして憚らず、ジャスティンに敵意を剥き出しにしていたが、呆れたエドナに諭され、それでも心配そうに妹ビアンカを見下ろしていた。

「何か食べたいものあるか? 取ってきてやるぞ」

 まるで島に居る時と変わらず、妹を守る事だけしか考えていない兄の、飾るところなど無いストレートな愛情に、ビアンカは小さく微笑んで首を振った。

「ごめんね、お兄ちゃん。学校だったのに」

「学校なんか、どうでもいい。だから俺はW校に行くのは嫌だったんだ」

「それは勉強が嫌だからでしょ。今日の宿題はやらなくていいって言われて喜んでたわよね?」

 クスクスと笑って突っ込んだエドナに、ロドニーは顔を真っ赤にして口を尖らせた。

「そんなんじゃないぞ! 俺はビアンカが」

「分かってるわ。貴方にとって大事な妹ですものね」


 十六歳が間近の兄ロドニーは、同年代からすれば小柄なほうではあるが、筋肉のついた逞しい身体も大人びてきた顔も、もう少年のものでは無く青年になろうとしていた。

 エドナも、次の春には十八歳で、やはり小柄ながらも迫り出した胸も括れた腰ももうすっかり大人の顔を見せていて、まだ七~八歳ぐらいにしか見えない自分と違って、ビアンカには眩しく見えた。


「とにかくゆっくり寝ろ。アイツは俺が後でぶん殴っておいてやる。で、お前に会いに来るように言っておくから心配するな」

 優しく髪を撫でる兄の手は、島に居た頃に比べると大きくなってゴツゴツとした感触に変わってはいたが、その温かさは変わらず、ビアンカは兄の手に縋る様に頬を寄せて「うん」と小さく頷いた。

 尼僧がそっと置いていったボウルに張った冷たい水に、タオルを浸してそっと額に宛がってくれたエドナの指先の冷たさに触れて、ビアンカはタオルの下で込み上げる涙を堪え、泣き顔を見られないように、毛布を手繰り寄せて口元まで覆った。

 やがてビアンカの眠った気配にロドニーとエドナは安堵の嘆息を溢して頷き合い、口を噤んだまま部屋を出て静かに扉を閉めた。

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