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Virgin☆Virgin  作者: N.ブラック
第五章 再出発は前途多難
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第五章 第二話

 結局は駄々を捏ねるアンガスを宥め賺して泌尿器科の医師に足を運んで貰った結果は、「随分と立派なボールになったな」と医師がカラカラと高笑いした様にやはり合併症を併発していたが、アンガスは特段意気消沈しているというわけでもなかった。

「先輩だけに診て貰いたかったのに~」

 ブツブツ不服を漏らすアンガスをジロリと睨んだジャスティンは、「下心のある患者なんかお断りだ」とフンと鼻を鳴らした。


「お前、不妊になったらどうするんだよ」

 幾ら専門外でも精巣炎が不妊の原因になり得る事だけは辛うじて知っていたジャスティンが、泌尿器科医が帰っていった後、点滴用のリンゲル液を継ぎ足しながら暢気なアンガスに何気無く呟くと、

「え、先輩。ムンプス精巣炎からの不妊は稀ですよ?」

 と、アンガスは処置して貰った下腹部がムズ痒いのか身体をモジモジさせながらジャスティンを見上げた。

「へー、そうなのか」

 流石は内科に詳しいアンガスだなと思いながら、腕時計を見つつ点滴の量を調整しているジャスティンはアンガスの顔を見てはいなかったが、その後アンガスはポツリと呟いた。

「尤も、無精子症になっても構わないんですけどね」

「え?」

 ジャスティンは思わず振り返ったが、アンガスは此方を見ていなかった。まだ熱の所為で少し赤い顔を窓の方角へ向けていて、寝乱れた金髪の向こう側でアンガスが一体どんな表情をしているのか、見る事の出来ないジャスティンは声も掛けられずに押し黙ったままだった。



 このアンガスと内科医カメリア・オハラ医師との関係はまだ続いているようで、それでも最近は「飽きてきちゃって」と素っ気無く切り捨てたアンガスが不承不承付き合ってやっているという、一層冷酷な間柄に変わりつつあるようだった。

 じゃあ別れればいいだろというジャスティンの進言に、アンガスはご機嫌の仔犬の笑顔で「僕、自分から別れた事無いんですよね」と屈託も無く笑っているだけだった。


「じゃあ、また仕事終わったら様子見に来るから寝てろよ」

 此方にまだ背を向けたままのアンガスの金髪をポンポンと撫でてジャスティンが立ち去ろうとすると、アンガスは急に振り返って、そのジャスティンの腕を掴んだ。

「先輩、あの」

「ん?」

 何かを必死に訴えかけている眼差しは、アンガスには珍しいものだった。

「いえ、何でも」

 何時ものように、自分を曝け出す前にシャッターが下ろされてしまったアンガスの感情の消えた表情は、何処と無く防弾ヘルメットのフェイスシールドを下げた時の顔の様に思えて、アンガスが一体何から自分を守っているのかジャスティンは気にはなったが、それ以上はもう何も言わず大人しく目を閉じて寝始めたアンガスの顔を暫く眺めて、小さく鼻を鳴らしている仔犬を宥めるようにまた頭をポンポンと撫でて、ジャスティンは部屋を出て行った。





 心の何処かに暗い影を引き摺っているアンガスの様子を思い悩みながらもジャスティンが小児科医局( ドクターズルーム)まで戻ってくると、不貞腐れた顔をしているヒックスがのんびりした雰囲気の漂うジャスティンを怒鳴りつけた。

「遅ぇよ、ひよっ子! さっさと救命救急(  ER)へ行け!」

「え、急患ですか?」

 事情を飲み込めてないジャスティンの惚けた返事に、ヒックスは立ち上がって長身のジャスティンに真顔を突き付けて睨んだ。

「患者は四歳児。左下碗骨折の疑いだ。さっさと処置しろ」

「へ、俺が一人でですか?」

「お前以外に此処に他に誰がいるんだ。さっさと行け!」

「イ、了解しました( イエスサー)!」

 唾を掛けられた顔を拭いつつ、ジャスティンは身を翻して一階にあるER室へと駆け出していった。



「まぁ、合格ね」

 素っ気無いER室担当の看護師の台詞に「はぁ」と苦笑を溢したジャスティンは、左腕骨折の子供の手当てを終えても次から次へと来る外傷の小児達の手当てに追われ、一時間後にようやくERから解放されて誰も居ない小児科医局へと戻ってきた。

 ぐったりした身体を大テーブルに投げ出しているジャスティンの目の前に湯気の立つ青いマグカップがコトリと置かれ、それを見て顔を上げたジャスティンは「サンキュ、カレン」と、まだ隈の残る顔で見下ろしている病棟看護師カレンを見上げた。

「ご苦労様」

 昼間の剣呑とした雰囲気は無く、疲れた顔はしているが今は怒鳴る気は無さそうなカレンの様子に安堵しながらも、ジャスティンは少し口を尖らせて不平を洩らした。

「ったく、ストライド先生ならもっと確実に対処出来るのに」

 だがそんなジャスティンの不平不満に少し眉を上げたカレンは、素っ気無く言った。

「知らないの? ストライド先生は手術中よ」

「へ?」

 何も聞いてなかったジャスティンは目を丸くした。

「……急性腹膜炎の疑いの子が搬送されてきたの。先生は、腎芽腫の疑いがあると」

 代表的な小児がんの病名を聞いて、ジャスティンの顔も青褪めた。



 そんな大事な手術なら立ち会わせて欲しかったとまだ不服そうなジャスティンの隣に立って、カレンの顔は凛々しくも険しかった。

「ジャスティン、今の小児科(PED)の状況を分かってるでしょ? 臨時で来て貰ってた医師(ドクター)達もご自分方の勤務先医院が多忙で来れないし、アンガスは居ないし、外来も病棟もERも手術も、貴方とライアン先生とストライド先生の三人で回さなきゃいけないのよ?」

 無論、駈けずり回っているジャスティンにはその状況は言われなくても重々承知であったが、それでもまだ不満げなジャスティンをカレンは冷静に見下ろした。

「貴方は医師なのよ。もう軍人じゃないし、もうお姫様を守る必要もない。貴方が今すべきなのは、目の前で傷病に泣いている子供達を助ける事だけなんじゃないの」

 感情を押し殺した静かなカレンの言葉が医局に響いていた。

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