第三章 第四話
結局三日間に亘って身柄を拘束されたジャスティンは急患の波が落ち着くと逆に「もうさっさと帰れ」と父親に冷たく追い払われ、ようやくアバディーンを後にする事になったが、帰り際に玄関先でオリヴィアは、手にした小さな箱をビアンカの小さな手にしっかりと握らせた。
「大きくなったら使ってね」
一見して指輪入れと分かる青いビロードのその小箱は、確か母親が父親から貰って大切にしていた物の筈であった。
「お袋、それ」
言い掛けたジャスティンを制して、オリヴィアは静かに微笑んだ。
「後五年でロンドンの宝石店が再開するとは思えないわ。それに、開業するには資金も必要なのよ。私達がしてあげられるのは、これぐらいよ」
小さい箱の蓋を開けて中を覗き込んだビアンカの頬は赤く染まり、蒼の瞳が花を模ったダイアモンドの指輪を映してキラキラと輝いていた。
「後は自分の力で何とかしなさい、ジャスティン」
厳しさの中に顔を覗かせる両親の優しさに、ジャスティンは少し照れた頬を染めて宙に視線を泳がせていたが、最後にはノーマンとオリヴィアの顔をしっかりと見据えて力強く頷いた。
「任せとけ。俺は、ノーマン・ウォレスとオリヴィア・ウォレスの子供だからな」
不器用な息子からの精一杯な愛情表現に苦笑を溢してノーマンとオリヴィアは顔を見合わせ、久しぶりに顔中に笑顔を綻ばせて笑い合った。
エディンバラに戻ってからは、ランスとルドルフに冷やかされて小突き回されながら年内まで過ごし、AAS大隊長のグレン少将の粋な計らいで、ホリルード宮殿でご静養中の皇太子夫妻への謁見も叶ったジャスティンとビアンカは、ジャスティンはランスから借りたタキシードを着込み、ビアンカはルドルフの妻エリーが仕立てたという淡いピンクのドレスで宮殿の中を歩き、初めて見る絢爛豪華な宮殿の調度に、ビアンカは終始目を丸くしっぱなしであった。
ついでに、来年進学するW校で着るんだと、ビアンカにBVIの子供達用の特別なキルトをねだられて、羽が生えて軽くなった財布にジャスティンはため息をついた。
「もうこれで来月も再来月も聖システィーナには行けないからな」
フンと鼻息も荒く不機嫌なジャスティンにも目も暮れず、目的の物が手に入ったビアンカは上機嫌であった。
「良かったわ。前に貰ったキルトは小さくなってたんですもの」
話を聞いてないだろと剥れたジャスティンであったが、その言葉に、少しずつではあるが確実にビアンカが大きくなっているんだと実感して、マジマジとビアンカを見下ろした。
「なぁに?」
キョトンとした顔で見上げたビアンカの、障害物も無くストンと下まで見下ろせるその胸を見て、ジャスティンはやっぱりまだだよなぁと「ハァ」と深いため息をついた。
「……何よ」
そのため息の意味を悟って剥れたビアンカの瞳にまたユラユラと怒りのオーラが立ち昇り始めたのに気付いて、ジャスティンは慌ててブンブンと頭を振った。
「いや、何でもない。何でもないから。だから、怒るなって!」
沸き立つピンクのオーラを燃え立たせジリジリとジャスティンに険しい顔で迫ってくるビアンカに、ジャスティンは焦りの浮かんだ顔を引き攣らせて叫んだ。
「ああ、もう! 愛してる! 例え胸が無くったって、お前だけを愛してる!」
行き交う人の多いエディンバラの繁華街のど真ん中で立ち止まり、通行人にクスクス笑われながらも、泣き出しそうなそれでいて胸が無いと言われた事にまだ腹を立てているのか剥れている様にも見える表情に変わったビアンカをジャスティンは片手で軽々と持ち上げて、真っ赤になった頬を膨らませ冷たい風の吹くエディンバラの街を悠然と歩いて後にした。
「お前、婚前旅行に行ってたんだって?」
ロンドンにある国立中央病院の小児科医局で、ニヤニヤと笑ったヒックスに突っ込まれてジャスティンは不満そうに口を尖らせた。
「旅行じゃないですよ。ただちょっと罠にハメられただけで」
「ご両親の許可が出たんですってね。良かったですね、先輩。でも十一歳相手じゃ犯罪ですよ?」
相変らず仔犬のような笑顔の同期アンガス・エイドリアンの頭を持っていたカルテでパーンと叩き、「ああ悪い、蚊が居たんでな」とジャスティンはシレッとそっぽを向いた。
「あと五年、いや四年半我慢か。大変だな、ロリコンも」
ケタケタと笑ったヒックスに、ジャスティンは剥れた顔を向けた。
「だーかーら! 俺はロリコンじゃ」
言い掛けたジャスティンは、もう諦めて口を噤んだ。
「結婚する時にまだ医学研修生じゃあ格好付かないからな。俺からプレゼント代わりにコレをやるよ」
ジャスティンにもアンガスにも無造作に本を投げて、ヒックスはニヤリと笑った。
「其々、その病態に関するレポートを提出しろ。期限は二週間だ。後、来週は手術が三件入ってるからな。前準備も怠るなよ」
「ええええ」
ジャスティンとアンガス、二人共が同時に叫んだが、カラカラと高笑いするヒックスはペタペタとサンダル音を響かせて、さっさと行ってしまった。
「……あーあ」
結局何処にいてもこき使われるのかよ、と剥れた顔で座り込んだジャスティンの顔を覗き込んで、アンガスは悪戯そうに笑った。
「ご不満なら何なら僕がお相手しましょうか? 男なら浮気にならないでしょうし」
さっきよりも腕に力を込めてもう一度アンガスの頭を引っ叩いたジャスティンは、涙目を潤ませて金髪を掻き毟っているアンガスを「ばーか」と冷たい視線で見下ろした。
「俺の身体はビアンカだけの物だ。誰にも触らせねぇよ」
そう言ってケラケラと高笑いしたジャスティンも、忙しい任務が待っている病棟へ、顔を引き締め直しパーンと両頬を平手で叩いて真っ直ぐに歩いて行った。




