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Virgin☆Virgin  作者: N.ブラック
第二章 史上最強の仔犬
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第二章 第八話

 アンガスの言った通り、その後ジャスティンを追い回す女性の数は段々と減っていき、静かな日々がようやく訪れたジャスティンは、まだ【ラスボス】と対峙していなかった。

 重い腰を上げてようやくその【ラスボス】と向き合う決心をしたジャスティンは、次の休みの日に聖システィーナ地区へ向かった。


 【ラスボス】ビアンカは、最初から怒りのオーラを全身で放っていて、ビアンカの背後にユラユラと揺らめいている不吉な影を見てジャスティンはゴクリと息を飲んだ。

「来てくれないから、私の事を忘れちゃったんだと思ってたわ」

「そうじゃなくて、追加の課題出されたりで忙しくて」

 目を逸らしながら言い訳するジャスティンの顔を、下からじっと睨み上げて、ビアンカは「ふーん」と鼻で笑った。

「大勢の女性とデートするので忙しかったんじゃなくて?」

「するか、んなもん。一度だってしてないわ」

 ムッとして言い返したジャスティンの顔を、じと目で睨んでいるビアンカに、ジャスティンは小さく咳払いして言った。

「俺は、ど派手なねえちゃんよりもスモークサーモンよりもお前が好きなんだ」

「なに、それ?」

 キョトンとしたビアンカに、ジャスティンはムッとした顔を少し赤らめた。

「とにかく。俺は全部の誘惑を振り切ってきたんだ。少しは褒めろ」

「はいはい、立派だったわね、ジャスティン」

 呆れて首を振りながら言ったビアンカの頭をグリグリと撫でて、ジャスティンはうんうんと嬉しそうに頷いた。

「だから、立派な俺にご褒美を」

「あげられるものなんか、何もないわよ」

「いや、自分で自分にあげることにした」

 目をパチクリとさせたビアンカの視線に合わせてしゃがみ込んだジャスティンは、瞳をキラキラとさせて言った。

「俺達、本当に婚約しようか」

 パチクリとさせた瞳を瞬かせているビアンカに、ジャスティンはゆっくりと頷いた。

 

 婚約と言っても、何もない今の時代では口約束だけであったが、少なくとも正式に公言することでビアンカが安心するなら、何でも口にするというジャスティンの決意であった。

「指輪なんか用意できないけど、その……」

「本当? 本当に?」

 瞳を潤ませ始めたビアンカの頭をグリグリと撫でて、「ああ」とジャスティンは笑った。

「マクニール院長代理(シスター・マクニール)がいいって言ったらな」

 涙ぐんでしがみ付いてきたビアンカをしっかりと受け止め、頬を撫でるビアンカの金色の髪の柔らかい感触を心地よく感じながら、ジャスティンは静かに微笑んだ。




 元々の二人の宿命を深く理解をしていたマクニール院長代理は、まだ小さなビアンカを不安げに見下ろしたが「まぁ、いいでしょう」とあっさりと同意した。

 「兄ロドニーの了承も得られるのなら」という条件付きだったが、ロドニーとしては反対する理由も無く、「十六歳になって結婚するまでは絶対に手を出さない」というジャスティンの誓いの言葉に、こちらもあっさりと同意した。

 エンゲージリングなど用意出来る筈もなく、ただ親権者の立場の人間の許可が取れればいいかと思っていたジャスティンであったが、思いもかけず聖システィーナからパーティを開くから参列するようにとのお達しが来て、嬉しくもあり恥ずかしくもありという複雑な心境で、呼び出された日に同僚のアンガスを伴って聖システィーナへ向かった。


 会場となった聖システィーナ地区コミュニティ管理センターでは、ガーデンパーティ方式らしく、建物前の広場に幾つものテーブルが設えられ、地域の花農家シド・ヘインズが温室で栽培した秋の花々がテーブル上に彩りを添えて飾られていた。

 その上に並ぶハレの日の料理の数々にジャスティンもアンガスも目をパチクリとさせ、既に集まっていた聖システィーナ地区の大勢の人々を前にして、あんぐりと口を開けていた。

「よお、主賓。遅かったな」

 過去何度か顔を合わせた事のあるシドは、気さくにジャスティンに手を差し出して握手を求めてきたが、握り返した手をギリギリと握り潰す勢いのシドは、大柄なジャスティンを下から睨み上げた。

「ビアンカを泣かせたら、ただじゃ済ませないからな」

 そんな事をしたら、此処にいる全員に散々嬲られたあげくに黒豹と虎に食い殺されると、ジャスティンは額に浮かぶ冷や汗を堪えて「勿論」とシドの手を強く握り返した。

 W校へ通っている子供達もビリーに連れられて戻って来ていて、テレサと愛娘も連れたビリーにニヤニヤ笑われながら肩を小突かれ、ジャスティンは赤らめた顔でそっぽを向いた。

「モテ期も終わったな。ご愁傷さまでした、ジャスティン」

「うるせー。お前だってもうとっくに終わってるだろうが」

「まぁな」

 男二人はケタケタと笑って、互いの肩を叩き合った。


 賑やかな宴が始まると、早速ご馳走にご満悦だったロドニーが、何か思いついたのかパアッと表情を明るくして徐に叫んだ。

「じゃあ、俺も婚約しよっと!」

 詰め物をした七面鳥(ターキー)に齧り付いていたロドニーを、仲良くご馳走に舌鼓を打っていたザックとアデラの兄妹が眉を顰めて振り返った。

「誰とさ?」

「あほか、決まってるだろ。エドナとだ」

 得意そうなロドニーはフフンと鼻を鳴らした。


 名指しされたエドナは、前回とは違って今度は断るつもりはないようで、顔を赤くして俯いているエドナに、マクニール院長代理が優しく「どうするの? エドナ」と問い掛けると、エドナは黙ったままコクンと頷いた。

「よっしゃあぁ!」

 雄叫びを上げたロドニーはそのままエドナに抱き付いて、戸惑うエドナを持ち上げてクルクルとその場で回って喜びを表した。

「っていうか、俺十六歳になったら結婚していいんだよね?」

 まだ誕生日が来ず十五歳のロドニーであったが来月には十六歳を迎え、確かに結婚可能年齢に達するが、「え? え?」と困惑するエドナは困り顔であった。

「学業優先ですよ、ロドニー」

 すっかり有頂天のロドニーを諭しながら嘆息をついたマクニール院長代理だったが、ロドニーを厳しく戒めるつもりは無く、二人の気持ちに任せようと考えているらしかった。

「二人が互いに共に生涯を歩む決心が出来て、その準備が整ったら私に告げなさい」

 主役の座をロドニー達に奪われたジャスティンにとって、過酷な運命を生き抜いて、前を見て先に進もうとする若い二人を祝福する気持ちのほうが大きくて、穏やかな表情で教え子達を見守っているビリーと顔を見合わせて笑顔で頷き合った。




 アンガスは持ち前の才能を発揮して初対面の村人達からも可愛がられ、子供達にも懐かれてすっかりと輪に溶け込んでいたが、ふと気になったジャスティンは人々の輪の中からアンガスを連れ出して、隅っこでこっそりと耳打ちした。

「……お前さ、両性愛( バイ)は分かったけどさ、許容範囲はどこからどこまでなのさ?」

 もしかしたら、自分は羊の群れの中に狼を放ってしまったかと、ジャスティンはポカンとしているアンガスの顔を繁々と覗き込んだ。

「え? 年齢ってことですか?」

 ブンブンと頷いたジャスティンに、アンガスはあどけない笑顔で笑った。

「そりゃ、ゼロ歳から無限大まで」

 当然と言わんばかりの解答にジャスティンは頭を抱えた。

「でもまぁ、勿論法律もありますから、十四歳以下は犯罪ですし、流石にそれはちょっと」

 今日は、純白のウェディングドレスにも見える様なドレスを身に纏って、一層輝いて見えるビアンカをチラリと振り返ってアンガスはクスッと笑った。

「でも、彼女なら法律を犯す価値はありますよね」

「って、てめぇ」

 真顔になったジャスティンはアンガスの胸元を締め上げた。

「冗談ですよ。僕、揉め事は嫌いなんで、先輩の彼女に手出すようなことはしません」

 キュンキュンと鼻を鳴らして、哀しそうな顔になったアンガスの胸元から手を離して、ジャスティンはまたボソボソと呟いた。

「他のBVIの子供達もそうだぞ。手ぇ出すなよ」

「……やっぱ駄目ですか? どの子も可愛いんだけどなぁ」

 名残惜しそうにエドナやアデラを振り返ってボヤくアンガスを、ジャスティンはフフンと鼻で笑った。

「死にたくなかったらな。あの子らに手出したら、お前食い殺されるぞ、黒豹と虎に」

 小さな身体を縮こまらせてヒャンヒャンと鳴いている仔犬の前に唸りを上げながら立ち塞がる巨大な黒豹と、黄と黒の紋様も鮮やかな虎の咆哮が聞こえる様で、ニヤリと不敵に笑ったジャスティンに、アンガスはクリクリとした瞳を見開いて「えええ」とか細い震える声を出した。

「あの二人にはお前のその可愛らしい仮面は通用しないぞ。それを覚えておけよ」

 ケタケタと豪快に笑ったジャスティンに、アンガスは瞳を潤ませてコクコクと頷いた。




 

 もう誰の為のパーティかは関係なく、ただ飲んで食べて騒ぐだけのパーティに変わった会場を眺め渡しながら、ジャスティンは傍らのビアンカを見下ろした。

 フリルやレースで彩られたドレスは、テレサの結婚式に着ていた物とはまた別なようで、やっぱりシドから貰ったんだとビアンカはチロリと可愛い舌を出した。

「ドレス、いっぱいあるんですって。でも、ことごとくアイリスは着てくれなかったんだって。だからシドの嬉しそうな顔を見てると私も嬉しくなるの」

 きっと再び娘を育てているような気持ちでいるんだろうと、またしても娘を他の男に奪われていくシドの悲哀が彼の背中に浮かんでいるようで、申し訳ない気持ちになったジャスティンであったが、その彼の期待に応えたいとも思った。

「いつか、貴方のご両親にも挨拶しないとね」

 大人びた顔でフフッと笑ったビアンカの言葉に、ジャスティンは重大な事を思い出して顔を引き攣らせた。


 ――俺、親にビアンカのこと言ってねぇ。


 軍を辞めて小児科医を目指すと帰ってきた息子を、何も言わずに受け入れてくれた両親であったが、その理由が『絆』の相手であるビアンカを守るためだとは、まだジャスティンは話していなかった。


 ――やべぇ。やべぇよ。


 十一歳の少女を婚約者として連れていった時の両親の蒼白な顔が目に浮かんで、不思議そうな顔で見上げているビアンカに力の無いカラ笑いを返して、折角【ラスボス】を倒したと思ったのに、その先に突如として現れた難攻不落の要塞を眼前にして呆然としている勇者の気分で、ジャスティンは切なげにため息をついた。

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