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Virgin☆Virgin  作者: N.ブラック
第二章 史上最強の仔犬
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第二章 第三話

 午後になって病院へと戻ったジャスティンは、また院内の雑用を押し付けられて駆けずり回っていたが、夜勤の無い今日はもうすぐ帰れるという夕刻、突然内科病棟に呼び出されて、面食らった顔で四階のフロアを訪れていた。


「呼び出しがあったんですけど」

 たまに訪問する内科病棟のナースステーションで声を掛けると、ジャスティンも知っている内科の看護師長が眼鏡越しに上目遣いでジャスティンをチラッと見て、傍らにあるカンファレンス室を顎でしゃくった。

「オハラ先生がお呼びよ」

 検診で不手際があったのか、それとも子供達に素っ気無い自分の態度への叱責かと、暗い表情になったジャスティンは俯きながら、重いカンファレンス室の扉を開けた。




 長い睫を伏せ手元の資料に視線を落としていたカメリア・オハラ医師はジャスティンに気付いて顔を上げ「呼び出して悪かったわ」と自分の前に座るように促した。

「えっと、どのようなご用件で」

 まるで判決を受ける囚人の様な気持ちで、おずおずと切り出したジャスティンの顔を見ずに、もう一度手元の資料に目を落とした後、ようやくカメリアは顔を上げた。

「今日、検診を行ったティア・ミドルトン嬢の事なんだけど」

 真顔のカメリアの表情に、ジャスティンは小さく息を飲んだ。


 イングランド軍関係者全ての資料が、ここ国立中央病院に集められている事はジャスティンも知っていた。その資料と今日の結果を付き合わせるとどうしても納得いかない事があるのだとカメリアはジャスティンの顔を覗き込むようにして言った。

「ティア・ミドルトン嬢の血液型がご両親と合わないの」


 その理由をジャスティンは知っていたが、それは決して明かしてはならない真実であった。

「ご両親のどちらかが、よくよく調べたらシスABかAxなんじゃないですかね。そういう例を聞いた事ありますし」

 その両方ともRH‐D‐(バーディーバー)と同じく稀血と呼ばれるタイプで、そのため子供の血液型が本来生まれるべき型と一致しなくなる例が実際にあり、その可能性を考えれば彼女には否定出来ない筈であった。

 内心の動揺を隠してサラッと言ってのけたジャスティンは、まだ難しい表情を崩さないカメリアを平然と見返していたが、

「……そうね、そうかもしれないわね」

 と、あっさりと引いたカメリアは手元の資料を閉じて、それまでの事を忘れたかのよう妖艶に微笑んだ。

 



 それで解放されるのかと思って内心で息をついたジャスティンであったが、カメリアは「それで」と、椅子を引いて細い足を組んでユラユラと椅子を揺らした。

「Mr.ウォレス、今日の態度なんだけど」

 これが本題か、とジャスティンは目を泳がせて空を見た。

「貴方は内面で鬱屈した感情を抱えているのではないかしら」

 唐突な診断にジャスティンは「へ?」と思わず聞き返した。


 つまり、自分は子供に対して何らかの抑圧的な感情を持っているが故に素直に子供と接する事が出来ないのだと、カメリアは自説を滔滔と述べた。

「その感情に貴方は気付いていないのかもしれないけれど」

 カメリアは赤い唇の口角を引き上げて一見穏やかに見えるように笑ったが、内心呆れたジャスティンはカメリアに向かってボソッと言い返した。

「ドクターが心療科もご専門とは知りませんでした」

「専門という程の物でもないけど、医師なら一通り学ぶものよ?」

 ジャスティンの揶揄に気付いているのかいないのか、カメリアは幼子を諭すように笑みを浮かべた。

「で、自分はどうすれば」

 真っ直ぐな蒼の瞳を逸らさないジャスティンの顔をじっと見て、カメリアはゆっくりと立ち上がって「そうね」と言った。

 長テーブルを回り込むように、コツコツとハイヒールの音を響かせながらゆっくりと歩き、ジャスティンの背後に立ったカメリアは、眉を寄せ険しい顔になったジャスティンの肩に両手を置き、耳元に顔を寄せて囁いた。

「貴方には十一歳の彼女がいるそうね」

「ええ。それが何か」

 淡々としたジャスティンの返答にカメリアはフフと笑った。

「幾ら彼女でも十一歳では性交は望めないわね。手に入れたいのに手に入らない、それが貴方の葛藤なんじゃないかしら」

 それはごもっともだが、放っといてくれとジャスティンは思った。

「その感情を何かの手段で、昇華させた方がいいんじゃないかしら」

 カメリアは肩に置いた手をするりと前へ伸ばし、ジャスティンの張り詰めた大胸筋にゆっくりと白い指を這わせた。

「例えば、大人の女と寝てみる、とか?」

 それが目的か、とジャスティンは白けた気分でため息をついた。


 女に縁遠いジャスティンではあったが、一夜の遊び目当ての女に言い寄られる事がこれまで無かったわけでは無く、軍に入ってからS班に配属されるまでの間の、自由に遊べた時代には、そんな夜を過ごした事も一度や二度ではなかっただけに驚きはしなかったが、もう『絆』の相手がいる自分には、不必要なものでもあった。


「それで、対子供高圧症は治るんですかね」

 適当に付けた病名を言って、ジャスティンは鼻で笑った。

「大人の良さが分かれば、子供なんて目にも掛けなくなるわ」

 まぁ、確かにいい女なんだろうとジャスティンは思った。背中に押し付けられている豊満な胸の感触も、揉んで握り潰せばさぞいい感触なんだろうと思ったが、おもむろにカメリアの腕を振り解いたジャスティンは立ち上がり、その腕を取ってカメリアを背後の壁に押し当て、口元に笑みを浮かべながらゆっくりと顔を近づけた。

 落ちたと確信したのか、うっとりとした瞳を閉じかけたカメリアの耳元に口を寄せて、ジャスティンはクスクスと笑いながら言った。

「治療はお断りします。自分は小児科( PED)なんで、子供に目を掛けられなくなったら終わりですから」

 小さくビクッと体を震わせたカメリアは目を見開いたようだったが、構わずジャスティンは続けた。

「それに、俺のビアンカは最高にいい女なんで間に合ってます」


 これで、これまで以上に『ロリコン』って言われるんだろうなと思いながらも、少し口を開けて驚きの表情で目を見開いて見上げているカメリアをジャスティンは真っ直ぐに見返した。

「それでは先生(ドクター)、今日の検診の問診表、二週間以内に纏めをお願いします」

 握られていた手首を押さえ、ジャスティンを見ずに微かに震えているカメリアを残して、ジャスティンはさっさとカンファレンス室を後にした。

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