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Virgin☆Virgin  作者: N.ブラック
第二章 史上最強の仔犬
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第二章 第一話

 先程から何度も生欠伸を繰り返しているジャスティン・ウォレスの横顔をチラチラ見ていたヒックス・ストライド医師は、頭の中で数えて十回目に徐に立ち上がり、持っていたカルテのファイルの角で、遠慮なくジャスティンの頭を引っ叩いた。

「痛ぇぇ!」

 ゴツッという鈍い音と共に頭を抱え込んでテーブルに突っ伏したジャスティンを、「フン」と鼻で息をしてからヒックスは冷たい目で見下ろした。

「エロ本読んでたか何か知らんが、そんな寝惚け眼で診察が出来ると思ってんのか」

「そんなモン読んでないっすよ!」

 涙目で頭を擦りながら顔を上げたジャスティンは、口を尖らせて抗議した。

「ただ昨日は、やりすぎて」

「彼女とか」

 冷静なヒックスの突っ込みに、ジャスティンは顔を真っ赤にして立ち上がった。

「んなわけないでしょ! ランニングですよ! ランニング!」

 ボサボサの銀髪を擦りながら、ジャスティンは必死で訴えた。


 季節も十一月に入ると、此処ロンドンもめっきりと寒さが増し、冷たい北風に温もりが欲しい季節となったが、身も心も財布も寒いジャスティンには一層寒さが身に染みる季節となっていた。

 身が寒いのは、恋人(ステディ)ビアンカ・ワイズと離れ離れであり、しかもまだ十一歳の彼女を抱くわけにはいかないからだ。心が寒いのは、それが原因で病院内で付けられた渾名が『ロリコン』で、余り事情を知らない他病棟の看護師達に白い目で見られているせいであり、財布が寒いのは、まだ医学研修生という立場上、貰える給料の額が少ないからだ。

 元々スコットランドのアバディーン育ちのジャスティンは、冬の寒さは慣れたものだし、今年の一月までは軍人だった彼の鍛え上げられた肉体は、黙っていると医師には見えず、有り余る体力だけがジャスティンの強みでもあった。


「へぇ、どんぐらい走ってるんだ?」

「普段は十kmぐらいなんですけど、夕べは調子こいて二十kmも走っちゃって、帰ったらバタンキューで」

 まだ痛む頭を擦りながらブツブツと溢すジャスティンを横目に、またテーブルに座り直したヒックスは、聞いておきながら興味なさそうに「ふーん」と空返事をした。

「そんだけ余力があるなら、レポートを追加してもよさそうだな」

 素っ気無く言ったヒックスに抗議の眼差しを向けたジャスティンであったが、ヒックスは手元の本を一冊、無造作にジャスティンに放り投げて、手元のカルテに目を落としたまま言った。

「小児ERの本だ。その本の記載例と実際に自分が遭遇した症例とを比較して、実践した結果をレポートに纏めろ。今週中な」

「マジですか……」

 分厚い本を手に呆然としているジャスティンに、カルテをパタンと閉じたヒックスは立ち上がりながらニヤリと笑った。

「大方、持て余す性欲を紛らわせようとして走ってんだろうが、その時間を勉強に使え。頭に血が上れば、下半身も静かになるぞ」

「いや、ホント、持て余してなんか」

「何せ彼女は十一歳だもんな。ロリコンやるっても結構大変だな」

 ケラケラと高笑いしながら医局を去っていくヒックスの背中に、ジャスティンは顔を真っ赤にして叫んだ。

「だから! 俺はロリコンじゃねぇって!」

 ヒックスが丁度扉を開けた瞬間通り掛った看護師達が、クスクスと笑いながらジャスティンを振り返って、諦めたように座り込んだジャスティンは、分厚い本をテーブルに叩き付けて「クソッ!」と腹立ち紛れに呟いた。

 




 ロンドン西部三十kmにあるW校は、以前はパブリックスクールと呼ばれる寄宿舎制の私立の中等教育学校で、イングランド屈指の名門校であった。

 世界崩壊時に暴走したイングランド特殊部隊SASとの間に学内で戦闘が起こり、それを期に生徒を失って永らく閉ざされていたが、英領ヴァージン諸島(   BVI)から保護された子供達が就学年齢に達した事で再開し、公立の中等教育学校として子供達の教育に当たっていた。

 そのBVIの子供達六名と、元々イングランド在住の二名を加えた八名が今の全校生徒であった。


「何で、学校で検診するんですかねぇ」

 今日はそのW校の生徒達の健康診断で、助手として小児科医局長ハワード・ライアン医師に同行した研修生アンガス・エイドリアンは、会場となる小会議室でブツブツ文句を溢しながら器材の準備を行っていた。

「昔は私費だったけど、今はその検診を行うクリニックそのものがほとんど存在してないからな。結局みんな国立中央病院でやるなら、まとめてやったほうが早いって事だろ」

 検温用の体温計を滅菌アルコール綿で一つ一つ丁寧に拭きながらアルミトレーに並べていたジャスティンは、滅菌カット綿が入ったガラス瓶が大量に納められたトレーをしゃがみ込んで持ち上げようとしていたアンガスを見て、「おい。俺がやる」と引き留めた。

 顔を赤らめて必死で持ち上げようとしていたアンガスに比べて、涼しい顔でひょいと軽く持ち上げたジャスティンを見て、「ほえ~」とアンガスは口を開けた。

「流石は軍人さんだっただけのことはありますねぇ」

「いや、お前これぐらい看護師(ナース)でも軽々と持つぞ?」

 小柄で腕も細いアンガスは、ちょこんと前足を出して「待て」を食らっている仔犬の様なしょぼくれた顔でジャスティンを見上げた。


 ジャスティンが代わりを申し出たのは危なっかしいのは勿論だが、『ばら撒き魔』として有名になりつつあるこのアンガスに任せると、八十%ぐらいの確率で持ってる物を盛大にばら撒いてくれるからだ。 

 折角滅菌処理したカット綿を盛大にばら撒かれてはかなわないと、ジャスティンは苦笑をして大きなトレーをテーブルに静かに置いた。

 





 明るい笑い声と共に入口の扉が開き、柔和に笑っているライアン医師が、両手に花の風情で両脇に黒髪の美女を従えて姿を現して、「ご苦労、ご苦労」と笑って研修生二人を労った。


 左隣の美女は、ジャスティンも知っている国立中央病院の内科医カメリア・オハラ医師で、小児科は専門ではなかったが、三人居るという女子生徒の為に今回の検診に同行していた。

 コート型の白衣を纏ってはいたが、その下には鮮やかな赤色の、均整の取れた身体付きが窺える大胆な衣装を身に纏って、黒い瞳に映える真紅の唇の口角を上げる妖艶な笑みは、医師というよりは、まるでモデルか女優のようでもあった。

 右隣の美女は黒髪をきっちりと纏めてシンプルなパンツスーツを着こなしていたが、此方も引き締まったボディはスタイルの良さを感じさせ、それでいて品のある清廉な雰囲気は、きっとこの学校の校長ベル・オルムステッドだろうとジャスティンは目星をつけた。

 オルムステッド校長は、英国の教育相テリー・オルムステッドの妻であり、長年W校で教鞭を執ってきた教授でもあったが、W校の再建と同時に校長に就任して、失われた教育の再生に尽力している人物だとジャスティンは聞いていた。



「ライアン先生、準備整いました」

 うんうんと機嫌良さげに頷いている老医師に声を掛け頭を下げたジャスティンとアンガスに、「よろしくお願いします」と丁寧に頭を下げたオルムステッド校長は、二人の医師にも頭を下げ「では」と部屋を下がっていった。

「では、先生(ドクター)、始めましょうか」

 のんびりとカメリアに声を掛けたライアン医師は小会議室に用意された椅子に「よっこらしょ」と座り、生徒を呼びに行く為にアンガスは部屋を走り出ていった。

 ジャスティンはカメリアに向かって「女生徒はこちらです」と、隣室に繋がっている扉を開けて女医を(いざな)った。

「よろしくね。確か、Mr.ウォレス、だったわよね?」

「ええ、小児科研修生のジャスティン・ウォレスです。よろしくお願いします」

 丁寧に頭を下げたジャスティンを、頭の上から下までじっと眺め渡してから、カメリアは小さくフフンと笑った。

「……噂通りね」

 何の噂だよとジャスティンは思ったが、どうせ何時ものだろうと、ちょっと苦笑を溢してボリボリと頭を掻いた。

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