綺麗
「お姉様、失礼致します」
智行様と会ったパーティから数日後。お姉様に呼ばれて、私はお姉様の部屋に行った。
「沙祐里ね、入って」
いつになく切羽詰ったような声色に、私は思わずもう一度身なりをチェックする前に入室する。
「お姉様、如何なされたのですか」
目を見れば、僅かに潤んでいて、でも微笑みを浮かべていた。こんな表情をするお姉様は、大体辛いことが合った時だ。腹違いのご兄弟との関係が、悪化したときとか。
「……落ち着いて聞いてくれるかしら。
私、この王国を出たいの。エデール王国を……出たい」
その言葉と共に涙を零すお姉様。その涙を見て自分も悲しいと思った瞬間に、驚きが訪れる。しかし、それを表に出して騒ぐわけにはいかない。お姉様の邪魔はしてはいけないのだから。
「……お姉様、どうしてそのようなことを?」
ゆっくりと落ち着いて、お姉様に負担がかからぬよう細心の注意を払って尋ねた。
お姉様は酷く泣きこんでいた様で、いつもは綺麗に整っている髪もぐしゃぐしゃに、目が赤くはれていた。ドレスも少し皺が出来ていて、涙であろうシミもついていた。
そんなお姉様の近くに座って、ゆっくり背中を撫でていると、落ち着いてきたのか喋り出した。
私が智行様と会ったパーティで、お姉様もとある貴族様と出会い、そして互いに一目惚れをしたらしい。
しかし、下級貴族の相手では、お姉様はまともに結婚しようとすれば他の立候補者たちに彼を――殺されてしまうかもしれないと、お考えになった。
私たちには親が居ない。私は元々孤児だったし、お姉様の親は私を引き取る前には病でなくなっていたと聞いている。そして、お姉様には、ご兄弟もご姉妹も、居ない。
王位を継げる者は、王位を持つ者の子どものみ。――一度も使われたことのない、“あの方法”を使わなければ。
自分が居なくなることが、この国にどれだけの影響を及ぼすのかも、理解した上で此処から出て行きたいと。
彼と一緒に、静かに暮らしたいと。
そして、彼は両親が田舎の方へ行く事が決まっており、それについていく事になっている。そこには貴族は一人もおらず、農民などがのんびりと生活しているとのことだ。そのご両親は、ともに病を患っており、静かに休養するためらしい。
ついて行かなければ、きっとお姉様は後悔するだろう。
ついて行けば、きっとお姉様はその人と幸せに暮らすだろう。
私は、もう決まった。
「お姉様、本当に、その人と一緒に居たいのですか」
まっすぐ見据える。柔らかなパープルの瞳を見る。その目は潤んでいて、赤く充血していた。
暫く呆気にとられているような表情だったが、すぐにいつものお姉様の様な凛とした表情に変わって、
「もちろん」
短い返事だった。けれど、それにはお姉様の覚悟が詰まっていて、……私は、綺麗だと思った。
恋をして、全てを捨てる覚悟をして、その相手のそばに居たいという気持ちが。
おそらく、私はまだ味わえないであろう想いの詰まったその心が。
そして、私を射抜くように見る、そのパープルの瞳が。
いつか見た、あの透き通った空の様に、綺麗だった。