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アルフィアの踊り子の旅  作者: アントラナフタレン
1章  アルフィア山脈の麓の村
4/5

3 交流祭1日目、日没直後

 「おーい、ハルノイ!」

 陽が山に隠れ、オレンジ色が山の輪郭から少しはみ出る頃だった。露店はだんだんと片付け始め、人の行き交いが少なくなっていた。その冷たい薄暗さの中、リクノアの元で話を聞いて興奮しているハルノイに向かい、小さな少年を連れた大きな少年が駆けてきた。彼女は初めそれに気が付かなかったが、リクノアが少年たちに気付きそれを指摘して、ようやく彼女は少年たちに気が付いた。

 「……ソーイ、なんなの急に?」

 話を中断され少し気分を害した少女は、大きな少年にやや不機嫌そうに言葉を放った。それが気に入らなかったのか、少年が不満をぼやいた。

 「ったく、せっかく教えてやろうとしているのに、なんだよその態度。」

 その言葉が、少女の不満をさらに刺激した。

 「別にいいよあんたに教えてもらわなくたって。今リクノアおじさんに旅のお話聞かせてもらってるんだから、邪魔しないでほしいの。」

 先日、ハルノイはリクノアに旅の話を聞き出そうと試みたのだが、彼が持ってきたある一つの品に夢中になり、いろいろあって他の話を聞くことができなかった。だからハルノイは、祭りの間彼に付き添い、暇を見ては彼の話を聞こうとした。リクノアの方も、ハルノイが宣伝になってくれるので助かっているらしい。

 「ああそうかよ。じゃあ、やっぱ教えてやんねえ!」

 「何よ、せっかく言いに来たんでしょ?じゃあ、言ったらどうなの!?」

 「気が変わったんだよ!もう言わねえ、一生言わねえ!」

 イーっと白い息と歯を見せて、大きな少年は少女に意地悪そうに言い放った。それに少女はあからさまに苛立ちを見せ始めた。

 二人は、白い息を荒立たせ、口げんかを始めた。

そこに居合わせたリクノアは、それが発展しないように、二人を宥めた。

 「まあまあハルノイちゃん、そんなに怒らないで。ソーイ君も、そんな意地悪言わないで、ほら、言ってごらん?」

 優しく言う彼に、大きな少年はきまりが悪そうに口を尖らせ何かを言おうとしたが、ちらりと少女を見て、やがてそっぽを向いた。

 「嫌だね、そいつが謝るまでは絶対言わねえ。」

 「なによ!私何にも悪いことしてないでしょ!?」

 「なっ、お前よくそんなこと言えるな!」

 リクノアは再開した言い合いを止める気が起きなかった。呆れたのではない。この薄暗さの中でも表情を顕わにする子供たちに、微笑ましさを感じているのだ。

 「まったく……」

 ふっと息をつくと、彼は露店の片付けに取り掛かろうとした。

すると、不意に裾を引っ張られたので、そちらに振り向くと、小さな少年がこちらをじっと見つめていた。

 「ねえおじさん。あれなあに?」

 リクノアと目が合うと、寒そうに縮こまった少年はわきに置いてある瓶を指差した。

 「ああ、それはね……」

 「それは氷の花よ!」

 突然、戦線離脱したハルノイが、割って入ってきた。

 「氷の花?」

 不思議そうに小さな少年は首をかしげた。

 「おい、逃げんのかよ!」

 ソーイが後ろから声をかけたが、彼は楽しそうにしている弟を見て、怒りを収めた。

 「そう!私が名前を付けたの!!」

 ハルノイが自慢げに言う。

 「へえ、すごいや!」

 そしてきらきらした目を、瓶の中の透明な花に向けた。

 「なんだよこれ、花びらが透明じゃん。」

 ソーイがそれに顔を近づけた。すると、小さな少年は兄の顔の上に自分の顔を乗せた。

 「ねえ、にいちゃん。俺これ欲しい!」

 そんな弟のおねだりを、自分自身も欲しいのか、快諾したように大きな少年は頷いた。

 「なあおじさん。これ、いくらだい?」

 リクノアはハルノイに見せたような苦笑を浮かべた。

 「……残念だけど、これは売り物じゃないんだ。」

 「ふうん。なんだそうなのか。」

 青年が申し訳なさそうに断ると、大きな少年は素直に諦めて立ち上がった。

 しかし、小さな少年の方は、兄の背中からずれ落ちる拍子に、両手でその背中をしっかりと掴み、駄々をこね始めた。

 「えー、にいちゃんお願いだよ!買ってよ!」

 「だってこれ売り物じゃねえじゃん。買えねえよ。」

 「なんで!?ねえおじさん、売って!!」

 兄の服を掴んだまま、小さな少年はすがるような目を、露店を開く青年の方に向けた。

 「……悪いね、これだけはどうしても売ることができないんだ。」

 ふとソーイはハルノイのことが気になってそちらに視線を向けると、なぜか彼女は悲しそうな眼をして、こちらを見ていた。

 「ねえ、にいちゃんもお願いして!」

 勢いよく裾を引っ張られ、大きな少年は引き戻された。

 「ターイ、いい加減にしろ!」

 はずみで、ソーイはつい大声を出してしまった。すると見る見るうちに弟の顔がゆがみ始めた。

 「う、うう……」

 泣きそうな声を上げる弟に、大きな少年は当惑し、一生懸命慰めようとする。

 「んああ、ほら、買うのが無理だったら、俺がとってきてやるよ!」

 「ほんと!?」

 小さな少年の表情がくるりと一変した。同時に少女の顔も、期待しているようにこちらに向いた。

 しかし、慌てて大きなことを言ってしまったものだから、彼にはどうすればいいか分からない。そんな様子を見せた大きな少年は、青年の方を向き、そのことを尋ねた。

 「なあ、この花どこに咲いているんだ?」

 努めて柔らかく、青年は答えを告げた。

 「それはね、山の上の、大分遠くて高いところに咲いていたんだ。簡単に行けるような場所じゃないよ。」

 「なんだ……じゃあ、だめだな。ごめんな、ターイ。」

 ソーイは申し訳なさそうな目をターイに向けた。ターイも残念そうに俯いていた。

 「うん、残念……。」

 その瞬間、少女の期待も消えた。

 「そのかわり、おじさんがこの花について、いっぱいお話聞かせてあげるよ。」

 その青年の申し出に、小さな頭が横に揺れる。

 「今はだめなんだ。もう少しで農耕の民と遊牧の民の発表が始まっちゃうから……」

 「おいターイ!」

 「あ!」

 大きな少年と少女の声はほぼ同時に聞こえた。

 ターイは何の事だかよく分からないように兄の顔を見ていた。少女の方は、急に慌て始めた。

 「そうだった!ありがとう、ターイ!」

 そう言って、少女は駆けだした。

 「待って!俺も見る!!」

 ターイもその後についていった。

 「ちっ……。」

 意地悪が失敗したソーイは、面白くなさそうに舌打ちをし、二人の後に付いて行った。

 その様子を、リクノアは柔らかに微笑んで見届けた。

 「俺も早く片付けて、見に行かないと……。」

 そして彼は、子供たちの背中を見ながら、片付け始めた。


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