第八章 小西行長「信仰」
晴天。まさに日本晴れの蒼い空が広がる、大阪城下。
道には人々が満ち溢れ、運河を往来する船には、どれも荷で溢れていた。
現代と比較して、人口はかなり少ない。但し、街そのものも、小さかった。今の庶民の街である大阪市中央区の難波周辺は市営地下鉄をはじめ各電鉄会社のステーションができる近年まで、水田地帯であった。
この時代の大坂の経済は、運河の周辺が発展していた。つまり、人口が少なくても、街が小さいので、人口密度的にはあまり変わらなかったと解釈できるかもしれない。
「すごい人ね」
未来は、そういいながら頭を右へ左へと振る。
細川忠興一行は周囲から注目を集めていた。私と未来の姿がカジュアルシャツにGパンは確かに目立った。しかし、それほど目立ってないのかなと思ったのは、私達から周囲が見えにくかったこと気がついた。
忠興の護衛が多すぎた。現在でいうシークレット・サービスが忠興と私達の廻りに張り付いて移動しているのだ。ガードが近すぎて周囲が見えにくかった。
「城下を見物と言ったって、鳥かごみたいな状態じゃあ、雰囲気でないな」
未来が呟いた。
「申し訳ござらぬ・・・・・」
忠興が苦笑する。
「未来。我慢しなさいよ。だいたい、こんな服装じゃ目立つに決まってるでしょ」
「それじゃあ、明日から着物にしようかなぁ」
「それは、よろしいですな。屋敷に呉服屋を呼んで、仕立てていただきましょう」
忠興は微笑んだ。
「えっ、ホントですかぁ!」
未来は大喜び。
「す、すみません〜」
私としては、苦笑するしかなかった。
「もう間も無く船着き場。そこから、船でご案内致そう」
「船ですか?」
「ラッキー。船なら、取り巻き無しですよね!」
と、大はしゃぎの未来。すでに、ミーハーである。
「み、未来。護衛の方々に失礼でしょ!」
「はははっ。構いませんよ。それくらいで、気分を左右するようでは、護衛は勤まりません」
忠興のフォローに、私は言葉が出なかった。
間も無く、私達一行は屋形船が停泊している船着き場に着いた。
米、魚、野菜。大坂城下はまさに「天下の台所」と呼ぶにふさわしい食品流通の拠点であることを実感した。私達を乗せた船はゆっくりと賑わう街を眺めながら進んだ。
「ぜいたくだよね〜ぃ」
未来は屋形船の雰囲気にうっとりしていた。
するといきなり、
「おい、姉チャン。活きのええ鯛が入っとるでぇ。どうや、安うしとくさかい、持っていき!」
と、岸の店から捻り鉢巻の男が未来に声を掛けた。
優雅な雰囲気に浸っていた未来が船の手摺機掛けていた腕を滑らせ川に落ちそうになった。
「もう、雰囲気ぶちこわし!」
未来はぷいっと口を尖らせる。
私と忠興は顔を見合わせて笑った。
「忠興さん、すみません。こんな船まで用意してもらって」
「いいえ。お気にされるほどのことではございませぬ」
「珠緒。忠興さんのお心づかい。素直に感謝したら!」
未来は、何食わぬ顔で言う。
「未来はもう少し遠慮って言葉を勉強したら?」
私は、未来をたしなめる。
「またぁ、自分一人、忠興さんに気に入られようと、良い子しちゃって!」
「そういう問題じゃ・・・・・」
「まあまあ」
忠興が、堪り兼ねて私と未来の間に割って入った。
「すみません」
再び私は、忠興に頭を下げた。
「いいんですよ。この船を使うことは、こちらにとって好都合なのですよ」
「・・・・・?」
私は首を傾げた。
「ご覧のように、城下はまことに活気があって喜ばしい。この街を見ているだけで元気がでます」
「は、はい」
「されど一方で、賑やかすぎて不穏な者がいても解りづらい」
忠興は真顔になった。
「珠緒殿、未来殿、ご両名は目立たれる。服装を変えたとて同じ事でしょう。そして、私自身も天下の大事に備えて動く身でございますれば、命を狙われることもありますゆえ、船で移動することにしたのです。これなら、警護の者にも多少は心労を掛けずにすみますでしょうしな」
「なるほど。安全快適ってことですね」
私は右手を握って、左の掌をポンッと叩いた。
そして、忠興は再び微笑んだ。
「未来殿・・・・・」
忠興は、舟遊び御満悦状態の未来に声を掛けた。
「はい」
振り向いた未来の顔は、ミーハーギャル状態と言っていいほどニンマリしていた。
一瞬、たじろく忠興。
「あっ、み、未来殿。お楽しみの所申し訳御座らんが、障子を閉めていただけますかな」「はい?」
「しばらく、人目を避けたいのです」
忠興は、優しく言った。
「どうかしたんですか?」
「ご心配なく・・・・・」
忠興は、静かに答えた。私と未来は、一瞬眼を合せた。そして未来はうなづいて障子を閉めた。
船は、ゆっくりと川を下って行った。
船がガクッと揺れて停まった。
私は、船の揺れにうたた寝をしていた。
船の先頭の障子が引かれて、警護の一人が顔を出す。
「忠興様。到着致しました」
「首尾は?」
「整っておりまする」
二人の会話は短く、要点を得ているようだった。
「さあ、行きましょう」
忠興は、私達に声を掛けた。
「あっ、はい」
私は返事をして、未来を見た。未来はうたた寝どころか熟睡している。私は、その未来の肩をさすって起こした。
「あん・・・・・?」
と、瞼半開きの未来。
エンジンの掛かりの悪い未来は置いといて、私は忠興の後に就いて先に外へ出た。
川岸に建物が見えた。
「教会?」
私は呟いて、忠興を見た。
忠興は、私と眼が合うと空を眺めてこう言った。
「今日は天気がよいですな。半時ほど、ここに船を停めて釣り糸をたらそう。この建物はキリシタンの建物だったな。当家の者は、この建物に入ってはならぬぞ。当家の家臣はな」
忠興は、船の縁に腰掛けた。
一拍於いて、わたしは忠興の気持ちを理解した。
秀吉の命令によりキリスト教は御法度となっていた。忠興は、目立つ行動を避け、川を使って一番入りやすい礼拝堂に案内してくれたのであった。
「あ、ありがとうございます」
私は、忠興に頭を下げて船を下り、礼拝堂に入った。
織田信長がキリスト教布教を許可かして、あちらこちらに教会が建てられていた。
信長自身がキリスト教を進行していたのではなく、寺社をけん制したり、外国の情報や武器を手に入れるためであった。
豊臣秀吉が天下を治めるようになって、しばらくはお構い無しであったが、キリシタン大名である高山右近と豊臣秀吉の間に確執が生まれて、キリスト教は弾圧の一途を辿った。 私は礼拝堂の中をゆっくりと見まわした。
「何かの道場を利用したようね・・・・・」
広い板の間、正面の床の間のような場所に、掛け軸程の大きさの十字架にかけられたキリストの姿があった。
私は微笑んでゆっくりと息を吐いた。
静かに前に進むと、床が小さくきしむ。
私は十字架の前に立ち、膝を突く。風に促されるように、胸の前で手を組んだ。瞳を閉じると、自然と頭が下がった。
「主よ。お導き下さい・・・・・」
時を越え、動乱の時を渡り続ける私達の進むべき道は何処にあるのか、その意味が何なのかを知りたい。そういう不安があった。
何故、時を超えてしまったのだろう。どうすれば、元の時時代・元の生活に戻れるのだろう。その問いかけを繰り返していた。
次第に落ち着いてくる、鼓動がゆっくりと、ゆっくりと鳴るのが解った。そして、大きく深呼吸をすると、静かに眼を開ける。
決して諦めない。諦めないことこそ、生き抜くことこそが、希望であり未来へ続く道だと心に刻んだ。
そして私は正面の十字架に背を向け靴を履くと、扉に手を掛けた。
忠興は釣り糸を垂れ、こちらに背を向けていた。素知らぬ態度で釣りを楽しんでいるかのように見えて、教会の建物の左右の角に、護衛を配置して私の安全に配慮を示してくれていた。
「忠興さん、ありが・・・・・」
「忠興殿ではござらぬか?」
私の声に重なって、対岸から男が忠興に声を掛けた。
忠興が顔を上げ、続いて私も対岸に視線を移した。
「こ、これは、石田様!」
忠興の声が上ずった。
忠興が、石田と呼んだその男の鋭い視線が私に向いた。目が合った瞬間背中に冷たいものが走る。私は、凍りかけた水飲み鳥のようにぎこちない動きで会釈をした。
男の名は、石田三成。昨夜、忠興の父、細川幽斎が大阪城で密会した相手であった。
「幽斎殿より、忠興殿はご不在と聞き及んでおりましたが・・・・・」
と、三成は言い、同時に右の眉をピクッと動かした。
忠興は、竿を置いてその場に立ち上がる。船がゆらりと動いた。
「昨日、夜半に戻りました。父より、概ね伺いまして御座います」
そう言って忠興は会釈をした。
「ほうっ。それで、何故、このような所で釣りを?」
「そ、それは・・・・・」
忠興は、一瞬詰まった。
「ここは礼拝堂。そちらのご婦人方と何やら関係が御座るのか?」
三成は眼を細めて言った。既に視線は私に向いている。
秀吉の政を重んじ、忠実に実行していた三成である。私がキリスト教徒であると知れば忠興に迷惑が掛かる。しかし、私はこの場を切り抜け三成を欺く為に、嘘を就く気はない。私の中に葛藤があった。
「忠興殿」
三成の視線が、忠興に戻る。
「石田様っ。詳細は、船の中で!」
忠興が、その場を取り繕う。
「う、うむ」
三成は頷いた。私は、三成の眉がピクッと反応したのを見止めた。「猜疑心の強い男」そう思って三成を見た。
忠興の屋形船は、私を乗せると、三成の待つ対岸に移った。船は三成と数人の警護の者を加え、元来た船着き場へ向けてゆっくりと川を上っていった。船に乗れなかった者は、町中を抜け、船着き場に先回りして待つ指示を受け別れた。
忠興は、三成に対して、夜盗の隠れ家が使われなくなった礼拝堂にあるという情報をもとに大阪城下を見回りしていると説明した。出入り禁止の建物は絶好の隠れ家であるのだと言い、私と未来は「軽業師」に扮装して内定していたと報告をした。
「して、お名前は?」
「私は、五十嵐珠緒、こっちは仁科未来です」
「こんにちわ!」
「こ、こん・・・・・?」
三成の表情が険しくなった。
忠興が慌てて間に入る。
「石田様。二人とも田舎者ですので、作法というものをご存知ござりません」
「な、な、な・・・・・」
未来は気を悪くして「なにを!」とでも言いそうだったが、私はそれを制した。忠興の視線が一瞬私達の方に向いたので、小さくウィンクを返した。忠興はそれが解ったらしく、
小さく微笑んだ。
「田舎者なら仕方が無い。多少の事は大目に見よう」
「ありがとうございます」
そう言って、忠興は頭を下げた。
「田舎者と申したが、どこ出じゃ?」
「私達ね、時を超えてきたから、どこって言ってもハッキリ答えられないけど!」
未来の口調は角が立つ。
三成の厳しい視線。私と未来の頭の天辺から爪先まで見回す。
「そう言えば、本能寺の一件にて奇怪な様相の女を見かけた者がいたという報告を受けておったが・・・・・。」
三成は冷ややかな視線で私と未来の眼を見て言った。
私は目線を外したが、負けず嫌いの未来は、しっかりと三成の眼を見据えていた。
沈黙が辺りを包んだ。
「石田様。それは、全く別の者と思われまする。そのような場に、この者らが居合わせるはずがございません!」
忠興は、慌てて否定をする。
私と未来は、三成の冷たい視線を絶えながら沈黙を護った。
「ふっ」
三成は沈黙を破り、予想外に微笑みを見せた。
「いやいや、疑っている訳ではない。ただ、あの一件については、合点が行かぬことがあってな、この三成が知らぬことがあるのではないかと疑問を持っておるのじゃ。それに、既に秀吉様から、明智の残党についてはお構い無しというお許しも出ておる」
「何か、気になることでも?」
「いや・・・・・」
三成は、そう言って再び視線を私と未来に向けた。
慎重・冷静・疑心・・・・・。
秀吉に見出され、出世街道を成り上がってきた石田三成は、現在の地位を築く為に大いなる努力を重ねてきたのだろう。
ゴトッ。
船が船着き場に着岸した。
私と未来は船の揺れが治まるのを待って、船を下りた。階段をトントンと駆け上がったが、忠興は着いてこない。
「忠興さ〜ん!」
未来が声を掛けると、船から人影が現れた。
妙な不安が晴れて、私はホッとした。しかし、船から出てきたのは忠興では無かった。姿を見せたのは、先程の礼拝堂の対岸から石田三成と一緒に乗ってきた武士だった。
「あっ、あの・・・・・」
私は、遠慮気味に声を掛けようとして途中で止めた。
「忠興殿は内々の話の為、もうしばらく石田様とこの船で話をされる。話が終るまで、この船茶屋の二階で団子でもお出ししましょう」
「・・・・・」
私と未来は、顔を見合わせた。
「ご心配は御無用。ここの団子は格別ですし、何より二階からなら外の様子がゆるりと見えまするぞ」
男は微笑んだ。
男の名は、小西行長と言った。堺の商家の出身であるとも語った。
行長は団子を三皿運ばせ、団子が運ばれると人払いをした。他の者は警護は構わないので、一階団子でも食べて一息つくように労いの言葉を掛けた。
女中が団子とお茶を運んで部屋から出ると、行長は女中を追いかけるように障子を開けて、廊下に人がいないか確認をして再び席に戻った。
「さあ、どうぞ召し上がれ」
行長は、素直な笑顔で団子を薦めた。
「はい。有り難う御座います」
私は、何の迷いも無く素直に答えた。団子の串に手を掛けようとして、隣から視線を感じる。
未来が、ジーッと私を見ている。僅かだが、未来の視線が私と団子を往復した。
「あっ・・・・・」
私の口から声が洩れた。
テーブルの反対側で、行長が団子にかぶりつこうとして動きを止め、上目遣いで私と未来を見る。そして行長は、団子を食べずに串を皿に置いた。
「何かご心配ごとでも・・・・・?」
行長が微笑む。
「あ、いいえ、別に・・・・・」
私は右手を左右に振って、否定する。
未来は忠興さんと離されたことに、不安と不満を持っていた。
行長は、再び微笑んで串を取った。
「毒は入っておりませぬぞ」
そう言って笑うと、団子を二つ同時に食べた。それから、一度私と未来を交互に見てお茶をすすった。湯飲みを置いて、そのまま階下の町並みに視線を移した。
「大坂の街は、活気が御座りましょう」
「・・・・・」
無言の私と未来。
「ふぅ。やれやれ、警戒されてしまっては話もできませぬな・・・・・」
行長は呟いた。
「いいえ。そんなことは・・・・・」
私は、再び否定しようとしたが、行長には続きがあった。
「無理も御座らん。この世に生まれ、何を求め何を信ずればよいのか。親か子か、否それ以上に主となるのか。親は子に疑念を抱き、子は親の失脚を望み、兄弟で家督を争い、女子供は人質として他国に送られる理不尽な世。人は、それぞれの性格や生き方があり、その時々の立場によって、行動が変わる場合がある。人を信用することは誠に大切なことであるが、仕える価値があるかどうかは別問題だ。完璧な人があろうはずがない。完璧ではないからこそ人なのであるからな。しかし、万民は幸せに生きる権利は、平等でなければならないと思う」
「・・・・・」
無言の未来。
私は、行長の言葉の奥にある深みを探った。行長は外の人の流れを優しく見つめていた。
「間も無く、天下分け目の大戦になります」
行長は神妙な面持ちで言った。
行長は、徳川・豊臣の確執が決定的なものに成ったことを私達に説明をした。
「な、なぜ、そんな大切なことを、私達に?」
未来は疑いの眼差しで、行長を見る。私は未来の眼から視線を辿るように行長を見た。
「この街の人々は、何を信じて生きておるのでしょうな。そして、武士は何におびえて、刀を捨てることが出来ないのでしょう・・・・・」
「行長さん、あ、あなたは・・・・・」
私が口を開くと、行長はゆっくりと視線を戻した。良く見ると、行長の瞳は澄んでいた。行長はゆっくりと懐に手を入れ何かを取り出した。
「あっ」
未来が声を漏らす。
(やはり・・・・・)
私が思った通りであった。行長は、キリシタンだった。懐から取り出したのは、まさにロザリオであった。
「殺伐とした時代にも、やすらぎは必要・・・・・」
「そうですね」
私はやわらかく答えた。
「あなたも、キリスト教なんですか?」
未来の無駄な質問にも、行長はやさしく微笑み、そして頷いた。
小西行長は、高山右近と同じキリシタン大名であった。
秀吉に全てを没収されても、心はキリストあると唱えた高山右近。キリスト教を信仰しながら、なおも大名であり続ける小西行長。
行長は言った。
「己が信仰を貫くことは、何よりも大切なことではある。それゆえ、高山殿のご判断に対して意見を述べる立場ではない。しかし、一方で既に多くの家臣を抱えておる一指導者としての責任も忘れてはならない。皆が平等に幸せを得ることこそ、主のお導きであると私は思う」
私は、行長のこの言葉に人を敬う優しさを感じた。
行長は、私達が忠興の側にいることを快く思っていた。しかし、御家第一の考え方を持つ幽斎には気をつけるようにと助言をした。あの優しい笑顔の幽斎を疑うことなど思いもしなかったが、行長の言葉に素直に頷いた。
私は、私達を気遣ってくれる小西行長に何かしたかった。一方で、小西行長という人物を知らなかった自身を恥ずかしく思った。
私が、黙って俯いていると、未来がトントンと私の肩を叩いた。
私は振り向こうとしたが、未来は私の耳の側まで来ていた。
未来は私の耳元でこう言った。
「この、小西って言う人、関ヶ原の闘いで西側に付くんだよね。それも、石田三成のかなり近い人ってことは・・・・・」
「あっ!」
私は、驚きで声も出せず口と眼が開いた。
「如何なさいました?」
行長は、私の声に直ぐに反応した。
「あっ、いいえ・・・・・」
「何か、ご心配事がお有りですか?」
行長はとても静かに微笑んだ。
私は、その微笑みを無視することは出来なかった。
「行長さん」
「何でしょう?」
「この度の東西分かれての戦は、油断をしないでください」
「勿論」
「行長さんは、形勢不利を念頭に置いて慎重に参戦してくださいね。万が一のときは戦線離脱もお考えの内に入れておいて下さいね・・・・・」
私は、関ヶ原の結果を言いたかったが言葉を飲んだ。
行長は、私のその気持ちを察したようだった。
「肝に銘じておきます」
一言であったが、重い返事であった。
間も無くして、障子が開いた。
忠興と三成が部屋に入ってきたのだ。三成の表情は幾分柔らかかったが冷たく感じる。
「これは、お待たせを致しました」
その言葉は、事務的で単調であった。
三成の後ろに、忠興が立っていた。ゆっくりと頭を下げる。
「珠緒殿、未来殿。お待たせ致しました。行長殿、ご案内忝けのうございます」
と、忠興。その忠興に微笑む行長が、
「楽しい一時でしたな」
と、答える。
三成と忠興が着座した。上座に三成。窓際に私と未来。向かいに行長と忠興。
私の目に、些か緊張気味の忠興が見える。
三成の視線が私達に向く。
「さて、珠緒・・・殿でしたかの・・・・・」
「は、はい」
「そちらが、未来殿」
「はい」
私と未来が返事をする度、三成の視線が忠興を刺したような気がしたが、俯き加減で返事をしていたので、確認することは出来なかった。
「面白いものを、諸々とお持ちのようでござるな」
三成の言葉に、未来が忠興を見る。私が未来の袖を引く。
無言の忠興。
三成は扇子を取り出し、右手に持つと左手を軽く叩く。
「これは、失礼致しましたな。数日前、細川家一行に紛れて、面妖なものが大坂に入ると、国境の見張りの者より知らせが参りましてな。少々、お調べさせていただきました」
ここで、微笑む三成。
「忠興殿のお連れであれば、気に病む事も無かろうが、取り巻きがやかましゅうてな。ご理解戴けますかな」
「は、はい。お察しいたします」
私は、答えた。未来は少々不満そうにしていたが、忠興の立場も考えてか、大人しくしていた。
「ところで、先程の話じゃが・・・・・。差し支えなければ、私にも、いろいろと見せていただけぬか」
しつこい三成に、私と未来は顔を見合わせた。
「そうですねえ・・・・・」
未来は、溜め息交じりの言葉答えると、セカンドバックから百円ライターを取り出した。そして、勿論だか火をつけた。
「おお〜っ」
身を引きながら驚く、光秀と行長。
「フッ!」(まだまだね)
未来は鼻で笑うと、何度も火を点けた。
次に未来は、携帯電話を出した。
「未来、携帯は中継局が無いから使えないよ」
私は、未来の腕を軽く叩いた。
未来は、私にウィンクして、
「大丈夫!」
と、自信満々に言った。
そして、折りたたんだ携帯電話を広げて、三成と行長の方に電話の背を向けた。二人は、
怪訝な顔で携帯電話を見る。
カシャッ!
未来が、スイッチを押すとシャッターの操作音がして、携帯電話に二人の顔がひょっとこのような表情で映っていた。
それを見て、二人の視線は互いの顔と画面を何往復もした。
「こ、これは・・・・・」
三成の反応は、予想以上に高かった。得意満面の未来だったが、私はこの時、忠興の険しい顔を見逃さなかった。
携帯電話を手にとって、あれこれ見ている三成を他所に、未来は再び自分のバッグを探っている。私は未来の袖を引っ張って、首を横に振った。
「えっ、なによ」
と、未来。私は視線で忠興の方を見るように誘う。忠興は深く首を振った。
「他には、何が御座る」
三成は、玩具屋に入った子供のように目を輝かせている。
「えーと、今日はここまでです。ここは二階と言っても人の目に付きます続きは、別の機会にしましょう」
未来は、微笑んで言った。
三成は、間髪入れず、
「では、続きは城内にて!」
と、大坂城に来るよう半ば当然のように言った。
「そ、それは・・・・・」
未来は言葉に詰まった。
「断ると申すのか?」
三成の表情が曇る。
「そういう訳じゃないですけど・・・・・」
返事に困る未来。
私も言葉が見付からなかった。豊臣の実権は三成が握っている。例え殺されても文句は言えない時代である事は、未来も十分承知している。
そこで、忠興が重たい口を開く。
「この者らは、城中の作法一切を知らぬ者で御座います。城中に招くなどと、お戯れは困りまする」
「戯れではない。物によっては想いも寄らぬ使い方もあるやも知れん!」
「み、三成様、気をお静め下さい」
行長が割って入る。
「なんじゃ行長。そちも三成に説教する気か?!」
「滅相もございません。ただ、物事には順序がございますればっ」
そう言って、行長は三成に近づきく。
「お耳をお貸し下さい」
行長は、ここで無理強いして、全てを台無しにするより、忠興を通して登城を促すよう進言した。三成はやや不満は残ったものの、行長の意見を飲むことにした。
三成は体向き変えた。
「まあよい。お双方、万一細川の屋敷が手薄なようなれば、城中に参られよ。いつでも、迎えのを行かせますゆえ」
「は、はぁ。あ、ありがとうございます」
私と未来は、社交事例の様な礼を言った。
三成は目を細くして、冷めた視線で私達を見たような気がした。そしてそのまま、首をユラリと傾け、行長に視線を向けた。
「三成様、そろそろ・・・・・」
「うむ」
と、頷いて席を立った。
三成が部屋を出ると、行長も後を追うように部屋を出た。行長は出掛けに、
「珠緒殿、未来殿。お会いできてよかった。御身を大切に」
そう言って微笑んだ。
部屋に残された、三人。外は相変わらず賑やかだった。
「申し訳御座らんが・・・・・」
忠興が口を開いた。
「は、はい」
「先に屋敷に戻ってくだされ」
「どういうことですか?」
未来が問う。
「私は、このまま登城せねばなりませぬ」
「何故ですか?」
詰め寄る、未来。
「未来、忠興さんを困らせないで」
私が未来を制した。
「でもっ!」
「緊急の事でしょう」
「申し訳ない・・・・・」
そして、忠興は部屋を出た。
間も無くして、二階の窓から、御茶屋から大阪城へ向う石田三成の一行が見えた。そこには、勿論忠興もいた。
私は、不安を抱きながら忠興の後ろ姿を見送った。その間に、未来は団子を5本食べて、
機嫌を直そうとしていた。




