はじまりの町 4
まずは身支度。鞄からスカーフと前掛けを取り出した。
スカーフは取って置きのお気に入りだから、使うのを迷ったが、埃を吸い込むよりはマシだ。
被っていたショールを被り直して、口元をスカーフでしっかりと覆う。
さらに前掛けを身につけて、腕まくりをして準備完了。あとは桶に水をくんで来よう。
ホウキをふるって届く範囲で天井の蜘蛛の巣を取り除き、床を掃いた。
掃くほどに舞い上がる大量の綿埃……掃除のやり甲斐がありすぎる。
さっきギルドで買った掃除道具(仕入れ価格)が大活躍だ。しかしぐるりと部屋を見回せば、ため息しか出ない。
この分では明日も一日掃除で潰れるだろう。
「旅をしてきて、着いたらすぐに掃除って…きついわ」
『ねえ。やっぱりなんかしようか?』
「うーん。ありがたいんだけどね」
ありがとうシャルペロ。猫の手も借りたいところだけど、君の手は本当に役に立たないからいりません。
ごめんね。かわいいけど、ホウキを口にくわえたって掃けないでしょ。悪いけど邪魔だわ。
「大丈夫よ。さっさと済ませるから」
掃除道具の他にも、さっき色々と買っておいたのだ。配達を頼んだそれらが届くまでに、なんとかこの場所を空けておかないとならないから忙しいのよ。
荷物の置き場所と寝室を最優先で綺麗にすることにして、とにかく時間がもったいないので手を動かす。はい。
どいてどいてー。
そうして掃除だ掃除と始めた私だったが、シャルペロの言う通りに埃の量が尋常じゃありませんでした。はい。
一体どれだけ積もってるんだろう。信じられない。
地層のように、埃がこれだけ降り積もるのに、どれだけの時間がかかるんだろうか。
ギルドはときどき風を入れたりはしてくれていたようだが、掃除は全くしてなかったようだった。
これでよく管理していたと言えるものだ。片腹痛いわ。金返せっ。
住みもしないのに、安くはない維持管理費用を毎年きちんと祖母が払っていたのだよ。
それなのに、なに? この有様は。しっかり金だけ取っておいて、これは酷すぎるでしょう。
怠慢ですよ、支部長さん。
中庭も草だらけで荒れ放題だったし、許すまじ商工ギルド。
「うひゃあー」
そろそろ年頃の娘らしからぬ奇声が出てしまったが、勘弁して欲しい。
埃と一緒に、ミイラ化した虫の死骸が、ゴロゴロと出て来るのだ。
「また出たー」
『サララー。涙目になってるよ』
当たり前でしょっ。いくら虫が平気でも、こんなの見たら泣くわっ。
それでも、泣きそうなのを我慢してハタキをかけたり、掃いたりして綺麗にしていく。
しかし本当に、酷いありさまだ。人に貸しておいたら、維持も出来るしお金も入って一石二鳥だったのに、そうしなかったことから、うちのばーちゃんのこの家への思い入れはよくわかる。
この有様を見たらば、きっと激昂するだろう。
あとで手紙に書こう。逆上したばーちゃんに、捻じ込まれるがいいわ。ふっ。
支部長さんもばーちゃんの知人なら、あの性格はわかっているだろうし。誠意を見せていただかなくてはね。うん。
手が届かない天井に張った蜘蛛の巣を取るのを早々にあきらめて、私は一人頷いた。あれはギルドの人間にやらせよう。
『ホントに片付くの?』
「片付けないと、どうしようもないでしょう」
見るとシャルペロが足元で顔をしかめている。
ねえ。その顔コワイからやめてよ。
それで、なんでそんな顔してるのかと思ったら……。
また悲鳴をあげそうになった。
『ちぇっ。生きてたら、おやつになったのに。干物じゃなあ』
いやあ! 虫どころか、干からびたネズミが出て来たっ。
絶対にあとで抗議してやるー。というか、それ食べる気?
あんた自分のこと猫じゃないって言うけど、すっかり猫よっ。
『食べないよ。こんなの歯が欠けちゃうよ』
「そんな問題じゃないわ」
歯がたつなら食べると? 君が遠いよ。シャルペロ。
「あとでなにか買ってくるから、食べないでよ」
『だから食べないって。こんな固いの』
やはり固くなければ、食べる気だったのか。いろいろ間違ってるわよ、あんた。
絶対にあとでギルドに抗議してやる。