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はじまりの町 3

新しく住む私たちの家は、ダンジョン探索に欠かせない品々を扱う商店が立ち並ぶ、通称ミゼット通りの一角にあった。


本通りから一本外れただけの商工ギルドにも近い優良物件で場所的には一等地だ。


駆け出しの小娘が、いきなりこんな場所でお店をだしていいのだろうかと少しためらいはしたものの、時間がもったいないので頭をすぐに切り替えた。


たしかに優良物件だ。しかし問題も多かった。



「うーん。思っていたよりはマシね。埃さえなければだけど」


中に入って手荷物を置くのももどかしく私は家の様子を見て、脱力感に襲われた。


少しの埃は我慢しろ?埃だらけだ。はっきり言ってこれだけの埃を見たのは初めてだ。


思わず唸るほど、中は荒れ果てていた。さらに言うなら蜘蛛の巣も凄い。


支部長さん、これが多少ですか。これで管理していたと言われても到底納得がいきません。


しかし文句はひとまず置いて、家の中を見て回ることにした。


建物の外装が年月のせいで古ぼけているのは仕方ないが、先にギルドへ連絡をして頼んでおいたので、目に見えて傷んでいた箇所に関してはすでに補修済みだ。


外観から見て、中がこれだけ荒れているとは思えない程度には、綺麗になっている。そう。問題は中。


どうせなら掃除もしておいてくれたらよかったのに、扉やかまどなど本当に直した部分だけしか埃を払ってないのが腹立たしい。


壁も変色している。


まあ、壁の変色なんて住むぶんにはなんの問題もない。多少見栄えが悪いくらい我慢は出来る。


本音をいうなら塗り替えたいところだったが、これ以上借金を増やすのはごめんだ。


唯一ありがたいのは、中庭の井戸だろうか。外に汲みに行かなくて済むのは助かる。


元はつるべ式だったのを、体が小さく筋力のない私にはつるべでの水汲みがきついのでポンプ式に換えてもらったのだ。


結果借金は増えたが、毎日の労力が減ったのだから後悔はない。その分頑張ればいいことだ。


さっきから何度も借金借金と言っているが、私には借金がある。それも十四という歳にしてはけっこうな額だったりする。


開店準備を進める際、私は多額の借金を背負ってしまったのだ。



もともと私は十二から商売を始めたが、それは親の軒先を借りていたにすぎなかった。祖母や両親の店に自作の薬などを置かせてもらって、売上の一割を納めていたのだ。


当初こそ失敗もあったが、最近は評判もよかった。そこに家長である祖母が鶴の一声。


「魔女は十四で独り立ちするもの。お祝いに店をひとつあげるから、そろそろ出て行きなさい」


それが〈魔女の店ダンジョンの町支店〉の開店が決定した瞬間だった。


祖父亡き今、気性の激しい祖母には誰も逆らえません。父は婿養子なので以下同文。


一般的な成人の十五歳になる前に、私は送り出されることとなってしまいました。


ちなみに魔女を継ぐのは女だけ。男は魔女にならないので、兄はハタチを過ぎても家に住んでいます。


旅立つ前に見送りに来てくれた友人に聞いたところ、縁ある地とはいえ成人してない私を一人で送り出す家族は、陰でご近所に鬼のように言われているらしい。


魔女が十四で独り立ちするって風習、一般的には知られてないからな。



そういうわけで祖母のものだった店をぽーんと貰ったわけなのだけれど、実際そのあとが大変だった。


祖母が町を出る際に、現地の商工ギルドと契約して建物の維持管理を頼んではあったものの、家というものは住んでいないと荒れるもの。地元の商工ギルドから連絡して、こちらの家の様子を調べてもらったら、やはりあちこち傷んでいるとのことだった。


それでギルド経由で連絡を取り合いながら、修繕してもらうように頼んだら…届いた見積もり書を見て目を剥きました。はい。


祖母が用意してくれたのは店舗兼住宅一軒。はっきり言って小娘には過分なもの。


しかしそれを維持するための費用、運転資金や地代や税金は当然私の自腹。


年間かかるだろう費用を弾き出したときには、はっきりめまいを覚えました。


さらにその費用に、店の修繕代が肩代わりしてくれたギルドへの月々の返済として上乗せされると……。


到底払えるはずもない金額となりました。


いっそ小さい店舗を借りた方が、家の税や地代を払わなくて済むぶん楽だったと、こっそり泣いたのは内緒です。


とにかく当初の私の希望通りに家を直そうものなら、月々の出費はさらに膨れ上がり、家計を圧迫するのは必至。


運転資金である貯えは商売を始めて二年程度で貯めたささやかな額に過ぎず、あっという間に底をつくだろうことは予想がつきました。


家を出る前夜、こっそりと父が手渡してくれた虎の子にはなるべく手を付けたくないし、我が家の家訓《身の丈にあった生活を営むべし》は身に染み付いています。


いつか余裕が出来たら、きっと改装してやろうと涙を飲んであきらめ、最小限の補修に留めておきました。


そうして不安と希望半々の気持ちでやって来たらば、待ち受けていたのがこの状況…。


本気で泣きそうだ。泣きませんがね。


まあ、ギルドに文句を言いに行くにしても、様子を把握しないことにはどうしようもない。とっとと家を見て回ることにしました。




家の作りは中庭付きの二階建てだった。ちょうど長四角の形で真ん中に広めの庭があり、荒れた花壇と小さいが井戸がある。薬草を干したりするのに重宝しそうだ。


一階は店舗部分が大半を占めており、通路を通って蜘蛛の巣だらけの台所。


さらに土間があり、裏口近くにトイレと物入れがあった。


二階部分の住居には、古びた寝台と飾り棚のある主寝室とがらんどうの小部屋が二つ。


小部屋にはそれぞれ屋根裏があるようだったが、今日のところは確かめるのを止めて、手荷物を置いた店舗部分に戻った。




「この広さはもったいないなぁ。薬を調合するにしたって広すぎるわよ」


私は店舗を客に解放するつもりはない。ダンジョンに出入りするような人間を相手に商売するのは、正直なところ不安だ。



なかにはゴロツキの類いもいるだろうし、小娘相手と見て増長する客だっているだろう。


下手をすると居座られたり、暴れたりされないとも限らない。


だからかつて祖母がしていたように、入口横にある窓から客に応対することに決めた。


うちが扱うのは薬がほとんどなので、客が手に取って見れなくとも問題はないと思う。


まあ不備なところは、やっていくうちに変えていけばいい。だから店舗部分が無駄に広いのが気になったのだ。


一階のほとんどをとっている店舗スペースには、石の作業台や古い器具がいくつか置かれたままに埃をかぶっている。


祖母はここを薬の調合場所に使っていたようだ。しかし窓を解放すると作業場所がまる見えなのだ。


間仕切りになる幕か衝立ついたてを買ってこないとならないだろう。


テーブルはあるが椅子がないし、燭台も見当たらない。


台所には古い鍋釜の類こそあったが、食器がほとんどない。


わかっていたが足りないものだらけだ。とりあえずざっと掃除を済ましたら、やはり買い物に行かなくてはならない。




『サララー。すごく埃っぽくて、鼻がムズムズするよっ』


あれこれと考えているとシャルペロが足元で騒ぎだした。


「今から掃除するわ。とにかくここを片付けないとどうしようもないわね」


『サララ一人で片付くの? これ』


猫の姿のシャルペロは、当然この場合は役に立たない。そもそもシャルペロが役に立ったことなど一度もないのだけど。


「片付けるのよ! さっき支部長さんに頼んでおいた荷物が届くまでに、ある程度なんとかしないと置き場所すらないわ」


当座の敵はこの大量の埃と蜘蛛の巣だ。


「ほらほら。あんたは中庭でひなたぼっこでもしてなさい」


『あんな草だらけじゃ、寝る場所ないよ』


「なら屋根に上がってなさいよ。きっと風が気持ちいいわよ」


邪魔なのでぼやくシャルペロを追い立てて、私はざっと掃除をしてしまうことにした。





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