毒キノコ注意報
店を開けるようになってから、開店前の早い時間に市場で買い物をするのが習慣になった。
市場のある区画までの道のりは、散歩にもちょうどいい。パンとスープの朝食を済ませてしまい、いつものように家を出た。
でも今朝は、朝の時鐘が鳴ってすぐに出てきてしまったから、いつもより早い時間に市場へ着いてしまった。いつも野菜を買うオバチャンは、品出しの真っ最中でした。
「あら、今日は早いんだねぇ。見ての通り、まだ仕度中なんだよ」
「いいですよー。待ってますから」
早く来すぎたせいで、開いている店がほとんどありません。
町の入り口の門は、朝の時鐘が鳴ると開けられ、夕方の時鐘と共に閉じられるから、オバチャンはさっき着いたばかりなのだ。
雑貨など傷む心配のない品を扱う露店と違い、野菜などの生鮮食品を扱う人々は、たいてい町の外から毎朝通って来ている。そのため市場に着いたばかりらしい彼らは、ようやく店を出す仕度にかかったばかりなのだ。
仕方がないので、開いている店を先に見て回ることにした。
そうして目当ての露店を待ちながら、のんびり市場を歩くのも悪くなかった。
「あ、干しイチヂク」
つい余計なものを買ってしまうけど、それも楽しい。
私みたいなせっかちな客は、他にも何人もいて、みんな馴染みの露店商に話し掛けたり、ぶらぶらと見て回ったりしてのんびり過ごすしているようだった。
「あ」
ふと足を止めた露店で、おじさんが並べていたキノコを選別していて、気がついた。
「おじさん、ちょっと待って」
先に買おうとした女の子に、お店のおじさんがキノコを渡そうとしていたのを制する。
「え?」
「なんだい。お嬢さん」
幾つものカゴに盛られたキノコのうち、怪しいと思った方のものを次々裏返したり裂いたりして、確認してからおじさんに告げた。
「ヒラタケと間違えたのね。毒キノコよ。これ」
「え?」
呆気にとられている二人にもう一度はっきり言った。
「たぶん死にはしないだろうけど、嘔吐とひどい下痢に苦しむわよ」
秋から春が時期のヒラタケだが、なにか違和感を感じてよくよく見たら、よく似た食べられないキノコだった。
この毒キノコは本来は秋のものだが、天候の具合で生える時期が狂うことは、別に珍しくもない。味がいいというけれど、それが本当なのか試す気は、私にはない。
基本的に毒キノコには、解毒が効かない。少なくとも私が調合する薬は、気休め程度にしかならない。
さっきは、たぶん死なないとは言ったが、実際には摂取した量によっては、どうなるかなんて分からないのが本当だ。
つまり、もし運悪く毒キノコを口にしてしまったら、本人の体力にまかせるしかないわけだ。怖いよー。
「おじさん、もう誰かに売っちゃった?」
「いや、あんた達が初めてのお客さんだよ」
「それはよかったわ。そのキノコは、後で穴にでも埋めちゃえばいいわよ」
まだ訝しそうにしているおじさんに、毒キノコを差し出した。
「生でも美味しいらしいから、実際に食べてみたらいいわ。小半時もたたずに症状が出るから」
乙女が口に出すのも躊躇われる症状が、それはもう劇的に現れるらしい。ああ、さっき言っちゃったか。
「いやいや。止めとくよ」
「そう? 」
実際にこれを食べた場合の症状が、知っているものと合っているのか、後学のためにも確かめたかったんだけどな。まあ、いいや。
「ねえ、これなら大丈夫よ」
「…もう、いらないわ」
女の子が買うつもりだった毒キノコではなく、別の食べられる種類を示したが、彼女は買う気を無くしたようだった。まあ、当たり前だわね。
「そう。私はもらうわ。おじさん、こっちのちょうだい」
「あ、ああ」
結局私だけがキノコを買った。そして他の露店を回ろうとしたら、女の子に声をかけられた。
「あ、ねえ。待って」
あらためて見ると、彼女は綺麗な女の子だった。髪と眼の色こそ茶色で平凡だが、上品な顔立ちで背がすらりと高く、とても見映えがいい。
「ありがとう。まさか毒キノコが市場で売られてるなんて、思わなかったわ」
「あれはよく似ているから。でも、いかにも食べられそうに見える毒キノコって、案外多いのよ」
そう。普通に店先で売られていたから安心して食べたら、実は毒キノコだったというのは、別に珍しい話じゃない。
そしてキノコに関しては、食用に見えるものほど、危ない場合が多い気がする。本当に怖いから、うかつに食べちゃダメなのよ。
さすがに目の前で毒キノコが売買されるのは見過ごせないからね。
「でもほんと、助かったわ。ありがとう。私はアリスよ。花売りをしているわ」
「私はサララ。魔女よ」
私が名乗ると、彼女は目を瞬かせた。