面倒くさがりの料理
昼の時鐘が鳴るまでの間、草むしりや床磨きをして過ごした。手も腕も痛くて、腰も伸ばすと筋が痛んだけれど、家が綺麗になったので満足です。しかしけっこう動いたのに、お昼ご飯を食べたくない。
私はお腹が空きすぎると逆に空腹感を感じなくなるので、そのまま食べないで済ますことがよくある。
お腹が空きすぎると腹痛をおこす人や、食べないと力が入らないという人よりは効率的な体だと思うのだけれど、もちろん体によくないので、なにか食べないといけない。
台所の隅に置いてあるカゴから、今朝市場で買ってきたアカザと芋を取り、井戸端に洗いに行く。
ばーちゃんが好きだから、我が家ではアカザをよく食べるが、ウチの村では畑に生えていると雑草として抜いてしまったり、家畜のエサにすることがほとんどだ。
ホウレン草と似た味で、美味しいんだけどなぁ。なんで食べないんだろう。もったいない。
でもこの辺りでは普通に食べられてるようで、市場で売られていたけど。
芋の土を落として、藁縄を丸めたブラシでゴシゴシと先に洗ってしまってからアカザを手に取ると、念入りに洗う。
裏返すと葉の裏に平べったい緑色の虫がついていたので、桶に溜めた水にアカザを浸し、何度も水を換えて、虫と一緒に葉に付いている赤い粉も洗い落とした。
洗った芋とアカザをザルに置き桶を見ると、底にざらりとした粉が溜まっている。この粉が残っていると調理してもアカザにえぐみが残るので、念入りに洗わないといけないのだ。
その場で芋の皮だけ剥いて処理してしまうと、台所に戻って調理開始だ。大まかに芋を切って器に除けて、アカザを手に取る。
「作るのは、面倒じゃないんだけどなあ」
食べないといけないと思うと、よけいに食べるのが邪魔くさくなる。これだから太れないんだよね。
こうして料理のために下ごしらえをしたり、作る工程も嫌いじゃない。いや、むしろ楽しい。なのに、作っている間に食べる気を無くしてしまうのは、自分でも困ったものだと思う。
『なにが面倒なのさ』
ご飯の仕度をしていると、いつの間にかシャルペロが側に来ている。いつものことだ。
「ご飯食べるのが」
『なにそれ、生き物として間違ってるよ』
「そうかもねー」
ご飯の時間になると、きっちりやって来るシャルペロ。その食欲を分けて欲しいわ。
そもそも食べる必要のない精霊なのに、食欲がありすぎるあんたも、色々間違っていると思うけどね。
シャルペロに答えながら、アカザをざく切りにして、次に皮を剥いだタマネギとニンニクを刻む。タマネギは大きく、ニンニクはみじん切りに。
ああ、目に染みる。こういうときは実体でも肉体の苦痛がないあんたが、うらやましいわよ。
涙目になりながら塩豚を取り出して刻む、豚の耳は軟骨があるので切りにくい。ああ、目が痛い。
鍋に油を入れてから竈〈かまど〉にかけて熱して、ニンニク、タイムと一緒に炒めて、タマネギと芋と塩豚も加える。
豚の肉は高価なので、使うのは塩漬けにした安価な足や耳の部分だ。今入れたのは耳。コリコリした歯触りで美味しい。
大まかに炒めたら、そこに水を入れて煮立てて、出てくる灰汁をすくい取りながら芋が柔らかくなるまで煮込んで、火から下ろす少し前にアカザを加える。
ああ、味付けは忘れずに。塩豚だけでは塩気は足りません。味を整えたら、具沢山スープの出来上がりだ。
これを水を減らしてミルクにすると、もっと美味しくなるんだけど。故郷の村では隣の農場で当たり前に買えた、絞りたてのミルクが、町中では手に入らないのよね。
売ってはいるんだけど、ここで手に入るのは、買ったばかりなのに酸味や匂いがすぐに出始めてしまう、信用できない代物だった。
一晩置くと翌朝には粒々が混じり、酸っぱい匂いはほとんどヨーグルト。更に時間を置くと、ヨーグルト層と乳清にはっきりと分離して、匂いもさらに酸っぱさを増し、なにもしないのにヨーグルトに化けていたりする。勝手に出来たヨーグルトって、怖いよ。
ちょっと凝固したくらい平気だって飲んでしまう人もいるけど、私には無理だ。だからミルクは滅多に買わないし、飲む前には匂いと色を確かめて、さらに必ず加熱するようにしている。
ミルクは欲しいんだけど、お腹を壊したら嫌だし。ヤギ飼いたいなぁ。
でも子供を産まないと乳は出ないから、飼うならつがいじゃないと意味がないんだよね。
ヤギ二匹かあ。二匹分のエサ代を考えたら無理だわ。中庭で飼って、せっかく植えた薬草を根こそぎ食べられても困るし、ただでさえうちにはシャルペロがいるし。残念。
ぼんやりして煮立たせてしまったけれど、完成。ミルク無しでも美味しく出来ました。
煮込みが短いから豚がまだ堅いけど、気にしない。
さて、シャルペロが待ちかねているし、パンを切り分けてお昼ご飯にしようか。