ダンジョンってお休みがあるらしい
ダンジョンがお休みに入ったので、今日はお店をお休みにしました。
お客様の探索者さんに聞くまで知らなかったけど、この町のダンジョンには、年に何度か定期的にお休みの日があるそうで。内部の状態を、探索者ギルドから派遣された熟練者や研究者たちが調べたりするために、数日間締め切るらしい。
たしかに中が崩れるなどして形状が変化していたり、危険なときに逃げ込む安全地帯の結界が正しく機能してなかったりしたら、恐いしね。
探索する側は、ちゃんとお金払って中に入るわけだから、正常に機能してなきゃ困るわけよ。それこそ、そこらへんの野良ダンジョンじゃないんだから。
なんでも町の近くに、ごく小さなダンジョンがあるらしく、お休みのことを教えてくれたお客様は、その野良ダンジョンに行くと言ってました。
規模は小さいけれど、狩る魔物には事欠かないからと、たっぷり買い物をして行ってくれました。でもそういう野良ダンジョンは、管理下にあるダンジョンと違い、しっかり用意をしていかないと思わぬ事態になることがあるそうです。
大きいダンジョンはたいていの場合、国やら神殿やら貴族やらが管理しているから、利用するためには、料金を支払わなくてはならないんですよね。そもそも探索者ギルドの審査を通った探索者以外は、門前払いだし。
でも小さなダンジョンの中には、どこにも属さず放置されたままの所もあるから、料金の支払いもなければ、入るための審査もありません。
ただ入るだけなら、私でも自由に入れますよ。死にに行くようなものなので、絶対に入りませんけど。
でも、お金を払って入るのは馬鹿らしいと、そういうダンジョンにばかり入る人も多いんですよ。よほど腕に自信があるとか、命なんてどうでもいいというんじゃないなら、止めておいたほうがいいと思うのだけどね。
少なくとも私は勧めないし、知り合いが行こうとしたら、絶対に止めます。野良ダンジョンの危険な話は、それこそ頻繁に耳にするから。
魔物が危険なのは当たり前だけど、ダンジョンの中で注意が必要なのは、同じ人間です。探索の成果を狙い、害意を持って近づいてくる者も珍しくなく、それどころか、最初から探索者狙いの賊もいるそうです。
襲う側の理由に思い至ったとき、なるほどと思いました。そこらの通行人を無闇に襲うより、確実に金目のものを持っている探索者を狙ったほうが、そりゃあ実入りはいいでしょうよ。
でも狙う相手も荒事には慣れているから、反撃されたり逃げられる危険性は高いでしょうしね。やるなら油断しているところを狙って、確実に仕留めないといけないわけですわ。
で、首尾よく片付けたとして、残っているのが、死骸の処分。
外の場合は、死骸をそのまま放っておくと厄介なことになるので、片付けないといけないけれど。何処かに捨てたり埋めたりするのには、当たり前のことだけど労力と時間がかかります。
処理にもたついていたら、誰かの目に触れて処分するべきものが増える可能性もあるでしょう。
でもそれもダンジョン内なら、あら簡単。死骸の身ぐるみを剥いで放置しておけば、あとは魔物が綺麗に骨まで残さず片付けてくれるから、楽々手間いらず。
怖いなー。ダンジョンに入ったまま戻らなかった探索者なんて、別に珍しくもありませんからね。誰も疑いません。
でも管理されているダンジョンには管理者がいて、誰がいつ頃入って行って、いつ頃出て来たとかは全部記録に残るから、そういう危険は少ないんですよ。
もちろん中で探索者同士のいざこざが起きたりするのは聞くし、魔物に殺されて戻らない人が出ることは、当たり前にあります。
そういうことで帰らなかった行方不明者の遺品回収や捜索も、定期的にギルドがしているようですし。野良ダンジョンよりは、余程マシだそうで。
そういう事態も全部承知で野良ダンジョンに入るなんて、本当に有り得ないと思うんですが。お客様の無事の帰還を祈ります。
その人は見るからに強そうなので、たぶん大丈夫だろうとは思うんですけどね。
とりあえず今日は休みなので、なかなか出来なかった庭の手入れをしましょうか。調合や店番が忙しくて、草むしりもろくにやれていないから。
「ローズマリーが欲しいなあ」
薬草の邪魔になる草を引き抜き終わり、花壇を眺めていて思った。
やはりよく使うものは、中庭に植えておきたい。中でもローズマリーは外せない。欲を言えばキリがないが、まずはローズマリーだ。
種を蒔いてもいいけど、挿し木のほうが楽だからいいかなあ。今からだと大株に育つのに二年はかかるけど、それは仕方がない。
どこかで枝を分けてもらわないといけない…。うーん。市場で売ってる生のローズマリーで、挿し木が出来ないかな。
ぼんやりと考えながら傍らのエルダーの木を見上げると、上のほうの枝の先端に蕾がついているのが見えた。エルダーは夏の花だ。まだ春なのに、ずいぶん気の早い蕾もあったものだ。
夏になれば、クリーム色がかった白い可愛い小花が沢山ついた花房がたくさん咲くだろう。夏の終わりには、美味しい実がどっさり生る。それこそ、枝が重みで垂れ下がるくらいに。
エルダーの木は正直なところ、あまり良い匂いじゃない。それを嫌う人も多いのか、実家のまわりでは沢山あったこの木も、この町では何故かあまり見かけない。
この辺りの人は、利用しないのかな。便利だし、綺麗なのに。
いずれ咲く花のほうは、ちょっと甘酸っぱい柔らかい匂いがする。
花や実を母や友人と摘みに登った故郷の丘は、あと一月もすれば、エルダーの花盛りになる。
蕾を見ていると、つい実家を思い出してしまって、なんだか村に帰りたくなる。来たばかりなのにな。
花が咲いたら、エルダーの花でシロップを作ろうか。
でも、枝を火にくべると悪魔が見える「悪魔の木」とか、切ると縁起が悪い「魔女の木」とも呼ばれているエルダーが、本当に魔女の家に生えてるのって、おかしいかもしれない。