気をつければ避けられることばかりです
「うん。いい感じだわ」
中庭に立て掛けた簾に陰干ししておいた薬草は、ここのところ晴天続きだったためよく乾いていた。
それらの乾燥具合を確かめてから用意しておいたザルに取り分け、もう少し先の予定だった開店を早めてもいいかもしれないと思った。
商品は揃ったし、調合用の薬草も手元に十分ある。イルクさんにお願いして探索者ギルドに提示した開店情報には日時が早いが、早くなるぶんは構わないだろう。
商品の品質にはもちろん自信はあるが、このミゼット通りには他にも薬を扱っている商店がある。はっきり言って、開店してもうちに客が来る保証はどこにもない。
ただ黙って待っていても客は来ないだろうからと頼んだ宣伝だが、たとえかかった料金が子供の駄賃程度でも、そういった細かい出費が積み重なれば笑ってもいられない。
訪れた客に配るつもりで幾つか用意した傷薬の試供品のカゴを見やると、自然と溜め息が出た。
小さなカゴには、昨日作って小分けした傷薬が盛られているが、その包みに使用した油紙だってただではない。そしてそれだって、客が来店しないことには渡せもしないのだ。
現に生活しているだけでも着々と出費は増える。ギルドに借金もあるし、悠長に構えていたら首が回らなくなるかもしれない。今更のように思うが、溜め息しか出ない。
「胃が痛くなってきたわ…」
胃薬ならちょちょいと作れるが、そういう問題ではない。
そうしてあれこれ考えながら作業をしていたせいか、肘がザルに当たってしまい作業台からザルを落としてしまった。
とっさに受け止めようと手を伸ばしたが間に合わずザルは床に落ち、ザルに残っていた薬草が床に散らばる。
「ああっ」
さらにとっさに手を伸ばしたためバランスを崩してしまい、よろめきそうになるのを足を踏み出し留まろうとたたらを踏み、そのままザルを踏みつけてしまった。
ああ、なんてこと。へこむくらいなら形を直せばいいが、なんとザルを踏み抜いてしまった。なんて間抜けなんだ。
『ねえ。ザルなんて履いてどうしたのさ?』
シャルペロが呆れたように声をかけてきた。さっきまでいなかったくせに、なぜ今この瞬間に声をかけるか。お前は。
「ただの事故よ」
ザルを履くような趣味がないのは知っているだろうに。うんざりと答えながら、見事にザルを突き破った自分の足を見た。
ああ、ただでさえこのところ、いらぬ散財が多いのに…。しかもうっかりばかりだ。今さらショールを買ってしまったことを少し後悔しながら、足をよいしょと引き抜いた。
ザルを見れば隠しようもない大穴。やれやれ、また買い替えだ。
切り詰めて生活しているつもりなのに、出費ばかりが不思議と増える。
これ以上倹約するなら、いよいよ野草生活に突入だ。
普段から採って食べているけどね。
ぼちぼち菜の花は固くなってきて食べられないが、野蒜もたんぽぽもそこらに生えてるし、他にも食草はあるから飢えることはないだろう。なんとでもなる。
草ばかりじゃ力が出ないから、シャルペロにも何か捕ってきてもらおう。ネズミ以外で。
…いや、マズイ。シャルペロには前科があった。奴はその昔、近所の農園からガチョウの雛をくわえて来たことがあるのだ。
絶命し、ぐんにゃりとなった雛鳥をくわえ、得意げに私を見上げたシャルペロは、精霊ではなく身も心も猫だった。
擬態が過ぎて猫になりきってしまった彼に掛ける言葉もなかった幼い私は、その獲物を自分の手のひらに置かれ絶叫したのだ。
今は自分で鳥の首くらい捻って処理できるから、雛鳥のことは笑い話なんだが、当時は本気で怯えたものだ。
その相棒はと言うと興味がそれたのか、とっとと日向ぼっこに行ってしまった。
あまりに自由すぎて、ときどきシャルペロが本当に精霊なのか疑問に思う。本人は否定するが、今や完璧に猫だ。
生涯の相棒であるはずのシャルペロによって幼い日に心に負った傷を思い出して、なおさら憂鬱な気分になったが、ザルがないと当座の作業に困る。仕方がないから作業は中断だ。
出来映えを気にしなければザルくらい自分でも編めるが、ここは町。材料の蔓も手元にないし、素直に買いに行こう。
帰りに食草でも摘んで来るか。