はじまりの町 2
「ああ、お嬢さん。手形は持ってるな?」
荷馬車の持ち主のおじさんが声をかけてきた。もちろん持っている。
小さい町や村ならともかく、こういう大きな町では人の出入りに厳しいから当たり前だ。
それ以外にも場所によっては関所が設けてあるし、遠出をするなら手形は必須だ。
特にこの町にはダンジョン目当てで人が集まり、お金や物が動くから、治安維持のためにも身元の怪しい者は入れてもらえない。
…抜け道はいくらでもあるんだろうけど、建て前はそうなっている。
城塞の入口が近くなり、門の両側に立つ門番の姿がはっきりと見えて、私は思わず首を傾げた。
うん、すごく重そうだ。
頭は出てるけど、あの鎧は動きにくそうだ。
普通門の番人というと下っ端の兵士が立ってるものなのだけど、(違うのかな?よくわからないわ)この町の門番さんは騎士さまだった。
遠目にずいぶんとキラキラしているなーと思っていたら、なんと全身鎧を身に着けていたのだ。
その姿は番人としての威圧感を出すにはいいだろうが、季節によっては色々と大変そうだ。
夏場は鎧の中に熱がこもって暑そうだし、冬場は逆に冷えたりして辛そうだ。お腹が冷えたり、頻繁に尿意をもよおしそうに思えるのだけど大丈夫なんだろうか。
思わず余計な心配をしたが、立っているのはまだ若い騎士さまと多分ベテランであろう年輩のおじ様騎士さまの二人組だった。
おじ様は若い方のお目付というか指導役でしょうか。
この町は王家直轄地のため騎士団が派遣されて常駐していると聞いていたけれど、いきなり遭遇です。
田舎出なんで、騎士さまなんて初めて見たよ。
若い方の騎士さまは私の示した手形をちらりと見ただけで、すぐ門を通してくれた。
神殿発行の手形はもちろん正規の物なので、なんの問題もないのは当たり前だけど、思っていたより緊張していたみたいで私は吐息をついた。
とにかく無事に町には着いたけれど、おじさんが商工ギルドに向かうというのでそのまま荷馬車に乗せて行ってもらうことにした。
荷台に乗ったまま町の様子を眺めて確認したが、やはり〈ダンジョンの町〉というだけあって一般に生活している人よりもダンジョン目当ての一発当ててやろうという感じの堅気じゃない人の姿が目についた。
それらの客を当て込んだ商売の店も多いようだ。ここは大きな通りだからそういった施設や店が目立つのかも知れないが、とにかく賑やかなのはわかった。
こういう言い方をすると思うところがあるように聞こえるかも知れないが、私に他意はない。
その人たちを頼りにここで生活していこうかと決めているので、むしろいないと困る。
そして荷馬車に揺られてやって来た商工ギルドは、石造りの大きな建物だった。
大通りにこれだけの場所を取るのは地代の無駄じゃないのかと思ったが、受け付けにいたおじさんの話では、ここは問屋も兼ねているという。
ギルド員割引が利くそうなので、これからありがたく利用させていただくことにした。
せっかく組費を払っているのだから、元は取り返さなくては。
受け付けのおじさんと話していると、奥から小柄な恰幅のいいおじさんが出て来た。
その身なりから偉いさんとわかるが、白髪混じりの髪から覗く耳が尖っていたのに驚いた。
立派な髭や私より低い背丈、ずんぐりした体型から見てドワーフなのかも知れないが、初対面なのにずいぶん愛想がいい。
ドワーフは偏屈と聞くから、この人は混血かも知れない。
「やあ、君がサララだね。私は支部長のアインだ」
懐かしむような目で、しばし支部長さんは私を見ていた。
「カテジナは元気かい?」
なるほど。たかだか成人前の小娘に偉いさんがなんの用かと思ったら、彼は祖母の知人らしかった。
「はい。元気です。いまだに自分で山に入って、薬の材料を採ってきています」
「ふむ。カテジナの魔法薬か。懐かしいな。彼女の作る薬は評判がよかったよ」
支部長さんは祖母が町にいた頃の話を少しして、私に古びた鍵を差し出した。
その鍵は、祖母が町を離れる時に管理をギルドに委託していった家のものだった。
「これが君の家の鍵だよ。管理はギルドでしていたから荒れてはいないが、多少の埃は覚悟してくれよ」
最低限の管理はしてくれてはいたようだが、あとで家の中を確認しなくてはならない。きちんと管理費は支払っていたから当然の要求だ。
「場所はわかるかね?」
なくさないように鍵をしまっていると支部長さんに聞かれた。
「いいえ」
祖母がこの町を出て以来、うちの身内は一度もここには戻らなかった。
この町は家族の根源の場所ではあるが、全く見知らぬ場所なのだ。そのことを今更のように実感して、急に気持ちが怖じ気づきそうになった。
本当に今更だ。一人でやっていくことは不安だが、来てしまった以上は実家に逃げ帰るなんてありえないのに。
べつに身一つで放り出されたわけじゃない。自分には考える頭もそれなりの技術もあるし、なんとでもやっていける。
今からここが、私にとっての《始まりの地》になるのだ。
迷いを振り切ると私は支部長さんに頭を下げた。細かい地理などは追い追い覚えることにして、当座の生活に必要なことだけでも聞いておくことにした。