ザリガニと芋
古着屋を出てから、寄り道して市場に寄った。スカートを直すための糸も欲しいが、夕食の材料を買わないと食べるものがないのだ。
「豆は使っちゃったし、ほんとに玉ねぎしかないものね」
玉ねぎは好きだが、玉ねぎしか入ってないスープのみの食事は味気ない。小間物の店で糸を先に買ってから露店を見て回り、ニンニクと芋と豆を何種類か選んだ。
まだパンのかたまりが残っているのだが、ここのところ切り詰めていたので、肉料理が食べたかった。そうなるとやはりパンよりも芋が食べたくなる。
芋は茹でて潰し塩などで味をつけてから、さらに加熱しながら焦げないように練り上げて粘りを出してペーストにしたものを肉料理などの付け合わせにするのが、よくある食べ方だ。私はそれにすりおろしたチーズを混ぜたものが好きなので、それ用のチーズも買わなくては。
一般的にチーズは、脂肪分が高く濃厚なものほど高価で好まれる。そのまま食べたり柔らかくしてパンに塗るなら、私も濃厚なほうが美味しいと思うが、芋のペーストに混ぜるなら、脂肪分の少ないあっさりした安物のほうが好きだ。
ペースト用のチーズはそんなにいらないので、少しだけ切り分けてもらい、別に山羊のチーズを一玉買った。
さて肝心の主菜はどうしようか。焼き物ならニワトリかウズラか、はたまたウサギか。新鮮なモツが手に入るなら、豆とモツの煮込みでもいいかな。
そうして迷っているとザリガニが目に留まった。久しぶりにザリガニも悪くないかもしれない。
「お嬢ちゃん、買ってかないかい」
私が考えていると、ザリガニ売りのまだ若いお兄ちゃんが、目ざとく声をかけてくる。
「今朝捕れたばかりだよ。一匹6スーだ」
「なら泥抜きはしてないのね。3スーなら買うわ」
「おいおい、この大きさだよ。3スーはないよ」
「泥抜きの手間をはぶいて6スーは取りすぎよ。確かに大きいけど、せいぜい5スーでしょ」
「話にならないね。6スー以下じゃあ売らないよ」
「売れないの間違いでしょ。だからこんな時間まで売れ残ってるんじゃない」
そもそも値を高くしすぎなのだ。昼をとっくに回ってるのに、タライの中にはザリガニがひしめき合っている。
一番大きなザリガニの背を人差し指でつついてやると、ザリガニは戦闘体勢に入った。
「あら、ほんと元気。…ねえ。そのうち共食いし始めるわよ」
お兄ちゃんが顔をしかめるが知らない。いくら商売でも、欲をかくとろくな目に会わないものだ。
「四匹買うから18スーね。下処理もしてないんだから妥当でしょ」
「18はないよ。22」
「20」
「はあ、仕方ないね。四匹で20スーにしとくよ」
お兄ちゃんはあきらめたのか、ぶつぶつ言いながらザリガニを取り分け始める。
「あ、それ脱皮前でしょ。こっちのにして」
「……わかったよ」
「はい。ありがとう、またね」
代金を支払い、まだぶつぶつと言っているお兄ちゃんから灯心草で包んだザリガニを受け取って、帰ることにした。
最初に迷っていた肉よりも少し割高になってしまったけど、久しぶりだしいいか。肉は今度にしよう。
帰ってから打撲部分を見てみたら、やはり大きく痣になっていた。押さえると痛みを感じ、椅子に座るのもままならない感じだ。
「お尻に痣って…みっともないなぁ」
スカートをまくり上げて、お尻を鏡に映しているこの姿も相当みっともないが。
一応作り置きのオトギリソウの抽出油を打撲部分に塗ったが、ぶつけどころが問題だった。腕や足ならともかく、お尻なんて日常生活に差し障りが出るじゃないか。迷ったが、店用に調合しておいた打撲に効く散薬を飲むことにした。
打撲に飲み薬と首を傾げる人も多いが、顔などの目立つ場所に痣が出来ると体裁が悪いし、今回のように生活に支障がでる部位に打撲傷を負ってしまうと非常に困る。そのために皮下の鬱血箇所の血を体外に排出する必要があるのだ。
味ははっきり言って微妙だが、ニッキが入っているのでスッキリとして、まだ飲みやすい。
これは打撲だけでなく捻挫やギックリ腰にもよく効くのだ。きっと、うちの主力商品になってくれるだろう。
軽い打ち身くらいなら一度飲めば大丈夫だが、今回は三日ほど飲んでおいたほうがいいだろうか。
「やれやれ。恨みますよ、騎士さま」
まくり上げたスカートを直しながら、もう名前もうろ覚えの騎士さまにぼやいた。
さて、シャルペロに催促される前に夕食の仕度を始めようか。献立は、ザリガニと芋の付け合わせだ。玉ねぎとエンドウ豆のスープもつけて、久しぶりにごちそうだ。シャルペロの喜ぶ顔が目に浮かぶ。
先にスープを作ってしまい、ザリガニはそのまま塩茹でにした。
お兄ちゃんには泥抜きうんぬんで値切ったが、食べる際に腸を抜けば問題はない。そもそも泥抜きするには二、三日絶食させないとならないが、そうすると味が落ちるので嫌なのだ。
それから付け合わせの芋の調理開始だ。
まずは芋の皮を剥いて鍋で茹でて、いったん火から下ろし湯を捨てる。熱いうちに、そのまま芋は鍋の中でしゃもじで潰して、そこへすりおろしたチーズをたっぷり混ぜる。
チーズの塩気が効いていて、これだけでも美味しいがコショウを振るとさらに味が引き締まる。
コショウは高価なので普段は滅多に使わないのだが、今日実家から届いた荷物の中に入っていたので使った。親の愛はありがたいなぁ。
再び鍋を火にかけるまでに芋はしっかりと混ぜ合わせ、火にかけたら後は粘りが出るまで、ただひたすら練り混ぜる。練り混ぜる。練り混ぜる。
とにかく焦がさないように注意して、腕が痛くなっても納得するまで練り混ぜたら…芋のペーストの出来上がりだ。
やれやれ。食べるのは簡単だけど、作るのは骨が折れるなあ。