使い魔
くだんの騎士さまのせいで採取を中断させられ、再び作業を再開する気もすっかり失せた私は、予定を切り上げて家に戻った。
早く帰ってきてもやるべきことは目白押しで、休む暇もなく持ち帰った薬草を中庭に植えたり、乾燥させるために土を洗い落として干したり、調合出来るぶんをすり潰したりと忙しく、あっという間に日が暮れてしまった。
ちょうどキリがよかったことだし、灯火の油ももったいないので、早々に夕ごはんを食べて寝支度をする。
今日は疲れたため行水はやめた。本当ならじっくりとお湯につかって汚れを洗い流したいところだが、何度も井戸を往復してお湯を沸かし、タライを満たすのは骨が折れる。
お湯で顔と手足を洗い、体を拭くのに留めておいたが、それだけでもスッキリとして気持ち良く布団に入ることが出来た。
やはり風呂場は必要だ。つくづく増築できなかったのが悔やまれる。
我が家だけでなく大抵の家が風呂を設置しておらず、住人はタライで行水したり、町にある共同の浴場を利用している。
もちろんこの町にも共同の浴場はあるのだが、場所柄か探索者の利用が前提の男性専用が多く、女性も使える浴場が近くにないのだ。
あまり人には言えないが、店の経営が軌道に乗ったら、風呂場を増築するのが現在の目標だったりする。
『…もう寝なよ。なにブツブツ言ってるのさサララ』
シャルペロが顔を覗き込んできた。
知らないうちに口に出していたらしい。
「散歩に行くんじゃないの?」
『サララが寝たら行く』
眠りを必要としないシャルペロには、昼も夜もない。行きたい時に、行きたいところへ、好きに出掛けていく。
「ふふ…。ほんとに猫みたいねぇ」
『精霊相手に失礼だなぁ』
「だって似てる……きっと姿を真似たから、似てきたのよ」
夢うつつに笑うとシャルペロが顔をしかめるのが見えた。
『サララが猫がいいって望んだから、猫になったんだよ』
使い魔となるのに具現化する必要があったシャルペロは、私の思考を読み取って最も私が望む姿をとったのだ。
「猫、かわいいじゃない」
祖母のお使いは鷹で、母のお使いはフクロウだ。
しかし魔女のお使いと言ったら、真っ先に浮かぶのは黒い猫だ。ただシャルペロの毛色がグレーなのは、たんに私の好みだろう。
「ずっと一緒なら、猫がいいもの」
手を伸ばし、そっと触れる。短毛なのに、シャルペロの毛並みはとても柔らかく心地好い。
『うん。ずっと一緒だよ』
使い魔は、父より母より近しく、死ぬまで側に寄り添う存在だ。
「……すぐ、どこか行っちゃうけどね」
『だって縛られてないからさ』
精霊を見ることが出来ない私は、本来なら使い魔と結び付くことが出来ないはずだった。
それでも精霊に好かれる質の私は、いつも精霊に纏い付かれていたらしい。
その精霊の中から祖母がシャルペロを選んで、使い魔となるよう仲立ちしたのだが、それは正式な形の誓願ではない。
そのため使い魔と従える者という閉じた関係でありながら、シャルペロは私に完全には縛られず身軽に振る舞え、私もシャルペロだけに縛られず、複数の使い魔を持つことが出来るらしい。いらないけどね。
「……最後に戻ってくるなら、どこに行ってもいいわよ」
まるで放蕩者の亭主と嫁みたいな会話だなと思いつつ、目を閉じた。