ある日、林の中、騎士さまに出会った
買い物の翌日、本当は古着屋に行くつもりだったが、採取作業の方を先に済ませてしまうことにした。
シャルペロに聞いた場所は町の入り口から程近い雑木林で、一応確認したら、特に制限もなく誰でも柴やら木の実やらを採りに来れる場所らしかった。
ざっと見た限り、お目当てのビワの木以外にも使えそうな木がいくつもあり、下生えにもめぼしい草が生えているのがありがたい。これからも、ちょくちょく来させてもらおう。ウキウキと私は作業を始めた。
先にビワの葉を少しだけ摘み取ることにした。若い葉や種は毒が心配だが、それも服用しなければ中毒になることもない。まあ、いくら体にいい物でも摂りすぎれば、なんだって毒になると思うが。
まだ若い葉は避けて何枚か選別して摘み、葉裏の産毛を麻布で擦りおとしてから重ね合わせて、そのまま麻布に包んで手提げカゴにしまった。
代わりに小さいシャベルを取り出した。いくつかは根ごと持ち帰り、中庭に移植するつもりで用意してきたのだ。
そうやって根ごと持って帰るものを探しながら、葉や茎など取れるものは採取しつつ歩いているとオトギリソウの一群を見つけた。
「まだ花には時期が早いし、数が足りないなあ」
薬効が強く魔術特性もあるオトギリソウは需要が高く、もちろん私もよく使う薬草だ。
道端でよく見かけるありふれた草でもあるのだが、おもに利用するのは花弁なのでやたら量がいる。今見つけた分だけでは、売り物にするにはまったく足りなかった。実家にいた頃は敷地内で栽培もしていたから困らなかったが、これからは自分で確保するしかない。
自生しているものを捜し歩くのを想像するのも嫌だったので、私は一抱えもある麻袋に入った乾燥花弁をすでにギルドを通して買っていた。
一袋と聞くと多く感じるらしくエリアさんには驚かれた。だが普通に水で煮出して利用する以外に、私は自分で乾燥花弁を油で煮出した抽出油を作っているので必要なのだ。一般に抽出油も売っているが、たいていのものは薄められているので信用できないから。
どのみち花期はまだ先だ。結局オトギリソウはあきらめ、他にめぼしい草を探すことにした。
傷つけないよう丁寧に掘り出した薬草の根本を持参した麻布で包み、カゴに入れてから、次にたんぽぽの根を掘り出す作業に入った。たんぽぽの葉は採取したが、やはり根も欲しい。
たんぽぽの根は深い。途中で切らないように注意しながら、黙黙と掘り出し作業を続けた。そうやって幾つも根っこを掘り出しているとさすがに腰が痛くなる。
それでも我慢して掘り続け、けっこう時間がたった頃、ふと人の気配を感じた。顔を上げると青いマントと騎士服姿の騎士さまが立ち、私を見下ろしていた。
「なにをしているんだ」
「見てのとおり、たんぽぽの根を掘り出しております」
まだ若い騎士さまの眉間にシワが寄る。ああ、そういうことじゃない? まあ一般的に雑草と呼ばれる草を必死に掘り出している姿なんて、普通は怪しむだろう。
「薬の材料にするんです」
「薬? そんな雑草が?」
「たんぽぽは、胃薬やお乳の出をよくする薬の材料になります。これでも立派に薬草となります」
「そんなものを採って、どうする」
私は首を傾げた。どうするって言われてもねえ。
「材料がないと薬が作れませんので」
ますます眉根を寄せる騎士さまの、大きな切れ長の目が細められる。しかし背は見上げるほど高いが、細身で顔立ちも柔和なのでそんな顔をしても迫力不足でまったく恐くない。
ふわふわとしたその金髪巻き毛の印象のせいもあるかも知れないから、いっそ短く刈り込んだら威厳が出るのではなかろうか……とまじまじと顔を見ていたら思い出した。この人は、町に来た日に門番をしていた騎士さまだ。
「おまえは薬師か」
「いえ、私は魔女です」
たっぷり十数えられる間、騎士さまは黙り込んだ。
「魔女?」
「はい。魔女です」
経験は浅いが産婆の代わりも出来るし、薬師の役目も果たせる。私に出来ないのは占いだけだ。占者の才だけが私には絶望的にない。代わりに商才はあると父親には褒められたが。
「魔女……」
「ご存じありませんか」
あからさまに不審気な顔をしている騎士さまに、しゃがんだまま真っすぐ向き直り問いかけた。
「話だけなら知っている」
友人曰く、魔女の一般的認識は《魔法使いのように怪しい手技を使い、占いやまじないをし、怪しい薬を作る者》らしい。失礼なことに目の前の騎士さまも、そう思っているようだ。
「私は魔女の知識で薬を作り、商いしております。この町には先日参りました」
あなたに通していただいたんですけどね。
「商いの許可は得ているのか」
「店は準備中ですが、商業権は得ております。お疑いでしたらば、商工ギルドにお問い合わせください。私はミゼット通りのサララと申します」
「その若さで、随分と良い場所に店を構えるのだな」
「私には過分ですが、祖母の持ち物を譲り受けましたので」
言われるまでもなく、不相応は身に染みている。現在開店に向けて鋭意努力中だ。今も材料集めの最中なのだから、邪魔をしないでさっさと立ち去って欲しい。
そのあとも少し話をして、ようやく納得した騎士さまに解放された。まったく時間を無駄にしてしまったものだ。