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ただいま開店準備中 5

店を出る前に、私は大きな姿見の前で姿を確認した。葡萄色のショールですっぽり髪を隠してしまっているからか、日焼けしない顔がやけに生白く映っていた。


私はあまり自分の顔が好きではない。色は白いけど、目は大きいけど、可愛いと言えないこともないけど、どこか全体的にアンバランスに思えて首を傾げてしまうのだ。


しかし今はそこは見ないようにして立ち位置を調整し、全身が映るようにする。


そうして茶色いスカートの裾のシワを直してから、全身を見直して……またもや首を傾げてしまった。


まだ成人前ということもあって、ふくらはぎの半ばまでしかない短いスカートを履いているのだが、どうも全体の釣り合いが悪いように思える。スカートの丈のせいだろうか。


別に成人前の娘が長いスカートを穿いたらいけないわけでもないし、客に舐められないためにも、身なりは整えておいた方がいいかもしれない。


いつもなら、雑貨屋で布地を買って自分で縫うところだけど、今は開店を控えていて時間が惜しい。


ショールがいい値段だったからあまり散財したくないけど、長いスカート一枚仕立ててもらうくらいなら大丈夫だろうか。


そう思ったが、この町は故郷と違って大きいんだから、古着屋で探した方が安上がりでいいと気がついた。


故郷の田舎町と違って、これだけ大きな町なら、人が多いぶん古着屋が扱う種類も多そうだ。なかには私に合う寸法もあるかもしれない。


そう。悲しいが、私は同年代の女の子たちより、背も低くて横幅も足りない貧弱な体型なのだ。同郷でも小柄な子でさえ、まだ私よりも頭半分は大きかった。


多少の寸法の差くらいなら、自分で手直しすればいい。丈が長かったら、詰めればいい話だ。


そうして頭の中で算段しているとイルクさんに声をかけられた。


「もう出られるか?」


すみません、イルクさんがいたことを忘れていました。いい加減出たいですよね。


あとから来店したらしい若い女性客もこちらを見ているし、さぞかしいたたまれないのだろう。


「ごめんなさい。お待たせしました」


まだ案内してもらっている途中なのに、すっかり余計な時間をとってしまった。せっかくのお休みだというのに、返す返すも申し訳ありません。





店を出ると正面の建物越しに魔封じの塔が見えた。本当に変わった作りだ。この町を作ったという王様は、よほどケチ……いやいや、心配性だったらしい。


塔自体がダンジョンの封印なのに、町自体を結界にしちゃって害意を持つ者を排除しようとしたのだから。


だけどそこまでしなくとも作った時点で、出入りが制限されてると思うのだけど。


こんな人目につく場所で、騎士団が目を光らせているというのに馬鹿をやる人間なんているわけないと思ったら、お馬鹿さんがたまにいるらしい。イルクさんが苦笑しながら教えてくれた。


「それが、たまにワナにひっかかる《迷子》がいるんだ。毎年何人かは出るようだよ」


普通に塔の施設を利用したり、ダンジョンに探索で入るぶんはまったく問題ないのに、害意を持つ者が入ると塔内のなんでもないところで迷って出られなくなるワナが、内部には仕掛けてあるそうなのだ。


しかし塔内には探索者が持ち帰ったお宝の買い取り施設があるから、窃盗目的で入り込むお馬鹿さんが時折いるのだという。


「いったん迷子になると、本人にはどうしようもないんだ。正気を失って泣き叫んで手がつけられないこともあるらしいよ」


「それは……恥ずかしいですね」


普通なら迷うはずもない建物の中で迷子になって恐慌状態に陥り、泣き叫ぶ大の大人の男。自業自得とは言え気の毒に……、正気にかえったら羞恥のあまり死にたくなるに違いない。


「でもそうなったらどうするんですか?」


半狂乱で暴れられたら危なくて仕方ないんじゃないかと思うのだけど。


「大丈夫だよ。そのために騎士が塔に詰めているんだし」


なるほど、塔の中に騎士様の詰め所があるのか。そんな場所に盗みに入るって、ますますなにを考えているのか分からない。本当にお馬鹿さんだな。


パニックになってしまったお馬鹿な迷子は、騎士様が速やかに保護してくれるらしい。そしてそのあとには騎士様による訊問が待っていて、牢屋行きと。


「でもワナにかかっているなら、出られないんじゃ?」


「意識が無くなれば、問題なく出られるらしいよ。一発食らわして気絶させりゃいい」


うわあ。有無を言わさず騎士様に回収されるわけですか。それはまた、本当に自業自得だけど酷いな。


町の入口に立っていた立派な体格の年輩の騎士様を思い出して、背筋が寒くなった。


想像しただけで痛い。当たり前だけど、殴られたらただじゃ済まないだろう。下手をすれば骨の一、二本くらい折れちゃうんじゃないのかな?


やっぱり悪いことをするとろくなことないってことなんだ。人間地道に生きるのが一番なんだってば。


なのに不当に塔に入り込む人間が絶えないのは、ダンジョンにしか棲息しないお宝……魔物たちの存在が原因だったりする。


ダンジョンは人間たちが欲して止まない宝の山だ。そこにしか棲息しない魔物の体の一部が貴重な魔法触媒、魔法具や魔道具などの材料となるのだ。そのためダンジョンへ潜る人間は後を絶たない。


需要があれば供給は成り立つもので、たとえ危険とわかっていてもダンジョンは貴重な資源庫なのだ。宝の山をみすみす見逃すはずもなく、昔から腕に自信がある者は命がけで挑んできた。


もちろん国や神殿だって、指をくわえて見ていたりはしない。あれこれと理屈をつけては接収だのなんだのを繰り返して、管理出来るダンジョンは強引にでも管理下に置いてきた。


まあ、管理してある方が探索する側も安全だと聞くし、ダンジョン資源の供給や価格も安定するから問題はないと思う。戦争はごめんだけれど。


だからこの町のダンジョンが発見されたときも、かつてないほどの規模のダンジョンの発見だと大騒ぎになったらしい。


幸いにしてこの地が王家の所領で遊んでる土地だったため、いざこざは起きなかったらしいが、別の問題が起きたのは有名な話だったりする。


普通に塔の結界でダンジョンを作っただけでは安心出来なかった当時の王様が、さらに町自体を何者にも干渉させない結界として設計させたのだ。それはもう莫大な費用をかけて。


この町の守備力は王都並を誇ると聞いたが、町そのものをダンジョンを守る巨大な結界にしちゃった王様はなにを考えていたんだろうか。


いくらダンジョンがお金を生み出す宝の山でも、町の建設で国庫を傾けたら本末転倒だ。とっとと譲位させられてしまったというのも納得できる。


別に町ひとつ建設したくらいで国が傾いたわけじゃなく、他にもいろいろとやってくれた結果のことらしいが、各ギルドの発展や精霊使いの保護、またダンジョン学を確立させた功績などよりも、国庫を空にして国を傾けた愚王としての方が有名なのは仕方ないと思う。


王家としても恥と思っているらしく、この王様のことは歴史書にもほとんど記述がないらしい。功績は立派でも、上に立つ者としては残念な人だったんだな。この王様のおかげで国民の生活レベルが飛躍的に上がったので、私は好きだけどね。


まあ、作っちゃったものは元を取らないと帳尻が合わないということで、この町は徹底的に管理されることになったんだけど。しかしその管理が問題だ。


この町では、結界に影響が出るといけないために許可なく勝手に道を作ったり、大きな建物を立てたりは出来ないのだ。


万にひとつも破ってしまうと第一級の厳しい罰則になるとか。国益を損ねかねないので当たり前とは思うけど、第一級刑罰っていえば死刑だ。さらに言うなら叛逆罪と同等の処罰も待っているらしい。


つまり死刑のうえに家財没収され、さらには連座で三親等まで投獄になるというのだ。


配偶者は当たり前のこと、ひいジジババから自分の曾孫。伯父伯母から甥姪までが適用って、それは普通に一族郎党道連れって言わないのだろうか。


とにかくそういうことなので、建物を建てるなりの要望のある者は、いちいち御上にお伺いを立てなくてはならないのだ。


しかし御上の仕事なんて、やたらと時間がかかるものと決まっている。だがたとえ何年待たされようとも、許可が下りるのをひたすら待たなくてはならない。


商売に必要な倉庫を建てる許可を願い出た商人が、申請が下りたときには没落していた。なんて笑い話があるくらい時間がかかるらしいです。はい。


規模は同じのままで改築修繕するほうが簡単に許可が下りるため、この町には古い建物が目立つ。この町で新しいものなんて、数年前に新しく出来たという市場くらいだろう。


移転先を国が決めて着工するまでに十年以上かかったらしいですよ。全くありえない。


区画整理に反対する住人の抵抗やら立ち退きの攻防やらで、いざこざが多発して、それはもう大変だったと露店のおばちゃんが教えてくれました。



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