はじまりの町 1
魔女と魔法使いの違いってなんでしょう。
あと魔導師とか魔術師とか…。そういうのがわかってないまま書いています。
まあ、細かいことは気にしないでください。
『そろそろ起きなよー。いつまで寝てるのさ』
荷馬車の荷台に腰を降ろした姿勢で揺れに身をまかせ、いつの間にか私は眠っていたらしい。使い魔のシャルペロに起こされて、気がついた。
手加減しているようだが、それでも膝に刺さる猫の爪は鋭くてチクチクと痛い。
目を開けると、こちらを覗き込むおひげのぴんぴん生えた逆三角形の顔があった。
「…痛いよ。シャルペロ」
『ああ、ごめん。でもさ、この揺れでよく寝られるよ。サララって案外図太いよね』
舗装されているとはいえ、石畳の路面は所々悪くなっていて平らとは言えず、何より荷を積む前提で作られている荷馬車には快適性は求められていない。
つまり乗り心地は決して良くはない。
はっきり言うならば、酔わないのがおかしいくらいに揺れている、その荷馬車の荷台で私は熟睡していたわけだ。
シャルペロの呆れた口ぶりには、私も返す言葉もなかった。
しかし普段から私がこんな寝汚いふうな言われようには、はっきりと反論したい。
十四になったのを区切りに自立の道を踏み出した以上、この程度で愚痴るのは情けない。そう思っているから口にしないが、私はけっこう疲れている。
目的地まで歩かなくて済むのはありがたいが、長時間荷台で揺られているのも疲れるのだ。
しかもそれが連日となると疲労も溜まるのは当たり前だと思う。
生まれ故郷を出ての一人旅…正確には一人と一匹旅だけれど、歩きで進むのは不安というより、はっきりと無謀だ。
当然、大きな町では乗り合い馬車を乗り継ぎ、馬車が出ていない小さな町では、ギルドを介して相乗りさせてくれる商人などを探して、ここまでやって来た。
猫連れということで乗車拒否をされたり、雨のせいで足止めを食ったり、足下を見てぼろうとする質の悪い業者とやり合ったりと、無駄にかかった時間や気苦労を振り返るとここまでの道のりは本当に長かった。
日数にして十三日。どうしてこんなにかかったんだろうと思い返すと、正直ぐったりする。
しかしようやく、目的地である〈はじまりの地〉にやって来たのだ。
『サララー。見えて来たよ』
シャルペロの声に前方を見ると、巨大な城塞にぐるりと周囲を囲まれた、大きな町が正面に見えた。
いや、正確にいうなら塀が大きすぎて町は見えない。
あまりの大きさに呆然と見入っていると荷馬車の持ち主のおじさんが声をかけてきた。
「ああ、起きたかい。ほら〈ダンジョンの町〉が見えてきたよ」
『ほんとは〈ガト〉っていう名前があるんだけどね。…まあサララたちには〈はじまりの地〉というほうが馴染みがあるよね』
うちのばーちゃんがこの町の出身だというのは、小さな頃から繰り返し聞かされている話だ。
しかし想像していたよりも大きな町だった。
町を取り囲む城塞の規模には、かなり驚いた。
ぽかんと眺め入る私をおかしそうに見ながら、おじさんが説明してくれる。
「大きい町だろう。ここはダンジョン目当てに、探索者や商人やらが集まって出来た町だからなぁ。そりゃあ、にぎやかだぞ」
町の大きさもだけど、それを囲っている石塀が尋常じゃなかった。
これはどこの要塞かと聞きたくなるほど高く頑丈そうな造りで、まさに城塞というしかないその規模に思わず難攻不落なんて単語が浮かんだ。
話には聞いていたけれど、これは町というより都市規模の防備だ。
『ふふふ。おじさんてば、自分が町を大きくしたみたいな顔して言ってるよ』
「おやおや。本当によく鳴く猫だね。しかし猫を連れての旅なんて大変だろう?猫ってやつは、犬ほど言うことを聞かないしなあ」
『失礼だなぁ。ボクは猫じゃないよ』
使い魔の誇りが傷ついたのかシャルペロは怒りだしたが、そもそもが猫の姿をしているんだから仕方ない。
猫の姿をしていたら、誰だって普通は猫だと思うだろう。まさか猫の姿をしたお使いとは思わないだろう。
実際にシャルペロの言葉がわかるのは契約者の私だけなのだ。他の人間にはニャアニャアとしか聞こえない筈だ。
そうこうするうちに、城門が見えて来た。入口に立つ門衛の姿が目に入り、私は姿勢を正した。