6話 学食漫才
沢山の学生が楽しそうに話をしながら、私達の横を通り過ぎていく。
ここは大学内の学食だ。もう少し薄汚れた感じかと思っていたが、どこかのレストラン並みに綺麗だし、何よりメニューが素晴らしい。どれもこれも美味しそうだし、何と言っても値段が安い! 外でランチを食べたら千円はするようなセットも、ここだとワンコインで済む。なんてお財布に優しいところなんだ。
私が一人で感激に浸っていると、目の前をパッパと手のひらを振りながら友哉くんが私の名前を呼ぶ。
「めぐみちゃーん、応答願います。こちら友哉、友哉です。このままお返事がないとお洋服脱がしちゃいますよー」
「はいはいはい! セクハラ発言はやめましょう!」
「こんな公衆の面前で、めぐみちゃんの服を剥ぎ取るわけないでしょ? まったく」
ですよね。と、言いたいけれど、友哉くんの右手がわきわき動いているのはなぜなの?
油断ならない男かもしれない、そう思った私は、少しだけ友哉くんに警戒心を抱き始めたのだった。
あまりにも友哉くんを警戒しすぎて、彼は根負けしてしまった。そんなわけで、今日の昼ご飯は友哉くんのおごり。セクハラ発言には気をつけたほうがいいよ、とひと言添えて、きっちり彼にご馳走になることになった。
友哉くんと向かい合わせに座り、熱々のご飯を目の前に、堪らず口元が緩んでしまう。「本日のおススメ」のセット、小さなハンバーグとナポリタン、そしてポテトサラダが添えてある「お子様ランチ(大人用)」を頼んだ私。大好物がいくつもお皿に乗っていて、これが笑顔にならずにいられるか! という感じ。
「いっただっきまーす」
ナイフとフォークで気取りながら食べるのは苦手なので、最初からガツンとお箸でパスタを貪る。すると、味も素晴らしいではないか! 学食って本当に素晴らしい。貧乏人のオアシスかもしれない。
大人気なく、友哉くんが目の前にいることも忘れながらとにかく貪る。美味しいものを食べると、ついお喋りを忘れてしまうのはなぜなの。
「めぐみちゃーん、もうちょっと食べるペース落とそうか……」
あまりにも勢いよく食べすぎたのかもしれない。ハンバーグを大口開けて口に入れた後、ろくに噛まなかった私は当然の如く、喉を詰まらせたのだった。
友哉くんが、呆れつつも差し出してくれたお水を一気に喉に流し込む。そして、大きく息を吐いた。
「はー……窒息死するかと思った」
「めぐみちゃん、美味しいのはわかったからゆっくり食べようね?」
「はぁい」
おしぼりで口を拭っていた時のことだった。私の頭の上に学食で使用されているトレーが乗せられた。
「う・る・さ・い」
鬼のような声で、野太くもはっきり私の耳に届くように。怒りがこもったこの声の持ち主は、紛れもなく奴だ。
「よう、律!」
「よう、律! じゃないですよ。友哉さん。なんでアンタたちが大学にいるんですか」
「はは、いいじゃん。だって俺、OBだしぃ」
「友哉さんはともかく、コレは関係ないでしょう」
ん? 「コレ」って私のことか!?
未だにトレーを頭からどけてくれないので、律の顔は全く見えない。でも、私に対しての悪意だけは、充分すぎるほど伝わってきた。
初日から感じていたけれど、どう考えても律の私への対応は悪意に満ちている。何かしたか、私?
しかし律と私の間に、揉め事など一切なかったはず。それなのに、どうして?
疑問ばかりが胸に少しずつ降り積もる。別に好かれたいわけではないけれど、それでもこんな風に皆とあからさまに態度が違うのは、納得がいかない。
なぜか私の隣に律が座り、そして律と友哉くんが楽しそうに話を始めた。その間、私は一人ぶすっとしたままハンバーグを口に入れる。もぐもぐ、とハムスターのように頬を膨らませながら食事をしていた。すると突然、友哉くんが立ち上がり、申し訳なさそうに私に頭を下げた。
「ごめんね、めぐみちゃん。俺、ちょっと懐かしい先生に会いに行って来るわ」
あんなにお喋りしていたのに、すっかり食事を終えた友哉くんは早々に席を立ち、私の返事も待たずに学食から立ち去ってしまった。
友哉くんの馬鹿! でもご飯おごってくれてありがとう! ……そうじゃなくて、どうして律と二人きりにするのー!
心の底から叫びたかった。
ちらり、と横目で律を見る。律はたぬきうどんを食べている。何度もふぅふぅと息を吹きかけながら、ずずっとうどんをすすっている。
……沈黙が、痛い。
スクエア型の黒縁眼鏡がうどんの湯気で曇るのか、一旦テーブルに置いてから再びふぅふぅと息をかける。どうやら律は、猫舌のようだ。
「なんだよ」
「はぇっ!?」
「視線がうるせー」
眉間に皺を寄せつつ、今回は飛び切り大きな舌打ちつき。流石にこれはむかつくわ。
「あのさぁっ、なんで律は私にだけそう、つっけんどんなの?」
「つっけんどんって……」
「だって、美波さんとは普通に話してたじゃない。でも私とはなんかこう、話すというより嫌味とか皮肉しか出てこないじゃない」
「……俺、アンタが苦手だから」
そうですか。そうですか。わかりました。
会ってたったの二日しか経っていないのに、この言われよう。
「アンタが苦手だから」だって。律に私の何がわかるっていうのか。
その後、二人で黙々と食事を続けていた。周りはこんなに騒がしいのに、私達の間には一切言葉がない。
私の胸の奥底に、ほんの少しだけ鈍い痛みが走ったなんて、絶対律には言ってやらない。