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くるくる  作者: こたろー
46/50

46話 決別


「送ってくれてありがとう」

「いや、いいよ。それより少しでも眠っておきなよ?」

「うん。それじゃ、おやすみなさい」


 ぺこりと頭を下げて、アパートの階段を駆け上がる。バッグから鍵を出し、ガチャガチャとうるさい音を立てながら鍵を開け、乱暴に扉を開いて閉めた。

 部屋に入っても中に上がらず、玄関扉に寄りかかったまま俯く。そしてそのまま、ずるずると床にへたりこんでしまった。


「……さいってー」


 これは、自分に向けた言葉。友哉くんのお誘いに頷いた、自分への蔑みの言葉だ。

 いくらなんでも自分が辛いからといって、友哉くんに甘えるのは間違っている。でも、あの優しい笑顔に癒されたいと思ってしまった。だから私は、頷いたのだ。少しでもあの優しさに甘えたいと思ってしまったことを、今、とても後悔している。きっと、一緒にでかけても、私はうまく笑えない。わかっていたけれど今はただ、誰かに側にいてほしい。

 心の中に隙間風が通るのを感じるたびに、自分一人だけが辛い思いをしているような気がしてしまう。そんなことはないとわかっているけれど、孤独感でいっぱいになった人間は周りを見て優しく出来る余裕がない。そんなことできるのは、もっと心にゆとりがある人だと私は思う。やっぱり少し、他の人と一緒に話をしたり出かけたりして、見失っている自分を取り戻したほうがいいかもしれない。一人でいても、この孤独から抜け出せないのだから。


 結局、殆ど眠れぬまま出勤し、二日酔いでズキズキと痛む頭を押さえながら仕事をしていた。さっき鎮痛剤を飲んだから、少しは効いてきたかもしれない。強い痛みが少し鈍くなるのを感じながら、仕事終了時間まで必死に笑顔を作っていた。

 仕事を終えたのは夜の九時。少し遅い時間だと思いつつ、アパートの自分の部屋へ真っ直ぐ帰らず、そのまま三階にある利人さんの家に足を動かした。

 躊躇いつつも押したインターホンに、利人さんは笑顔で迎えてくれる。その笑顔を見て、ホッと胸を撫で下ろした私は、玄関先で利人さんに大事な話をした。これからの、私のことを。


「……それでいいのでしょうか」

「はい、もう決めましたから。利人さんにはお手数をおかけしてしまいますが」

「私は大丈夫ですよ。でも、くどいようですが、めぐみさんは本当にいいのですか?」


 心配そうに私を見つめる、利人さんの真っ直ぐな瞳。心配してくれているのはとても嬉しいけれど、私の決意は揺らがない。声を出すことなく、こくりと頷いて返事をした。

 利人さんを無理矢理納得させ、私は部屋に戻った。いつもと同じ部屋の中。でも、お気に入りのクッションを手にすると、いつも律がこの上に座っていたのを思い出す。


「お気に入りだって言ったのに」


 いつだって私を困らせたり怒らせたり、本当に悪戯ばかりする律。その姿が目に焼きついていて、未だに私を苦しめる。律の残像に苦しめられて、この部屋では呼吸がしづらい。失恋如きで甘ったれるな、と言われれば確かにそうかもしれない。でも、辛くて仕方ないんだもの。やっと手に入れた幸せが、一瞬で消えてしまう喪失感はたまらなく切ない。身を切り裂かれるほど辛い。前はこんなに辛くなかったはずなのに、どうして今回はこんなにずるずる引きずってしまうのだろうか。どうして、どうして? ……答えなんか、わからない。

 手を洗いに洗面所に行き、壁に備え付けられている鏡を覗き込む。私の顔、相当酷い。やつれたと友哉くんに言われたことを思い出し、確かにやつれたなぁと自分でも納得した。やつれた頬を両手でなでて、肌も荒れていることに気付く。スキンケアも怠るほど、今の私は堕落していた。


「ダメだ。これじゃ、ダメ」


 両手でぱんっ! と大きく頬を打ち、自分自身に気合を入れた。進まなければ、いつまでたっても真っ暗な穴の中にいるだけだ。私はこの暗闇から、抜け出さなくてはいけない。まずは、穴の淵に手を掛けることから始めよう。そう、無理をせず一歩ずつ進めばいい。そうすればきっと、広い世界に辿り着くから。


「よしっ」


 鏡に映る私の瞳に、少しだけ気合が入った気がする。こんなにぐじぐじするのは私らしくない。もっと肩の力を抜いて、少しずつ現実を受け入れていけばいい。

 自分の言葉で奮い立たせ、私は今日のスキンケアを念入りにした。肌荒れなんて吹き飛ばそう! 何も与えられなかった肌に、沁み込むように化粧水や乳液、美容液などを塗りこんだ。そして気分が落ち着くように、あたたかいミルクを入れてベッドに入った私は、あっという間に眠りについたのだった。

 ――明日から少しずつでもいいから、自分を取り戻そう。

 自分なりに、律との決別を受け入れた。


 **


 毎日、ほんの少しずつだけれど、自分というものを取り戻している気がする。あれから肌荒れは治り、素直に笑えるようになった。職場の人間関係も良好だし、ジムの会員さんとのやりとりも相変わらずだ。自分の居場所を失ったような気がしていたけれど、ここには確かに「私」を受け入れてくれる場所がある。それで充分だ。

 友哉くんのお店に行った日から、何かと彼は私を心配してくれる。もともとの性格がマメなのか、本当によくしてくれるのだ。生活の時間帯がだいぶずれているのでメールが主だけれど、いつも少しだけくすっと笑えるエピソードをメッセージの中に組み込ませてくる。毎日、一通ずつ。それがとても嬉しかった。

 しばらく友哉くんとは休みが合わず、仕事が終ってから彼のお店に遊びに行ったりすることが多くなった。お店に行ってお酒を呑んで、いつ頃なら出かけられるかを検討したり、バイクでここに行きたい! なんていう会話を楽しんでいた。お店に通ううちに常連さんたちにも顔を覚えられて、少しずつ人の輪が広がっていく。それも、この店に通う楽しみの一つだ。


「じゃあ、三日後ね。朝、電話するから。起きろよ~! て」

「友哉くんの方が寝てるかもよ? でも、待ってるね」


 新しいカクテルをテーブルに出しながら、二人ででかける日の約束をした。ようやく休みが重なったので、今日はきっちりその日の予定を立てたのだ。

 初めてのバイクは、一体どんな感じかな。それが楽しみだ。怖いかもしれないけど、友哉くんが一緒なら大丈夫。きっと彼の運転は優しいはずだもの。こんなに、私に優しくしてくれるから。

 友哉くんとの約束を胸に、ほろ酔い気分でお店を出た。

 夜風が気持ちよい。火照った頬に少しだけ冷気があたると、ぽんやりとした頭がすっきり目覚めていく。


「楽しみだなぁ。……友哉くんとの、最初で最後のデート」


 後ろで手を組んで、ゆっくりとアパートまでの道のりを歩いて帰った。

 

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