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くるくる  作者: こたろー
34/50

34話 期待してはいけない


 利人さんとのテーマパークデートは律が途中から乱入し、挙句何も乗れないまま天気が崩れてしまい逃げるように帰宅した私達。それでもお土産だけはしっかり買ったけれど。お土産を袋の中から取り出して、一つ一つ個別に包む作業をしていた。

 帰宅してまだ一時間ほどしか経っていないが、時刻はもう夜の十時。テーマパークから車で二時間ほどかかるところ渋滞に遭遇し、倍以上の時間を要したのだ。おかげで利人さんもヘロヘロ。私か律のどちらかが免許を持っていれば……! 利人さんごめんなさい。利人さんに懺悔しつつも作業の手は休まずに、ぐしゃぐしゃになってしまったお土産の包み紙を丁寧に直していた。そんな時、こんな深夜に来訪者が。

 

「はーい」


 チャイムが鳴り響き、しぶしぶと腰を上げた私が玄関の扉を開くと、そこには律が立っていた。律の顔を見ると、ドキッとしてしまう。あの時の続きが、始まってしまうような気がして、どうしようもなく緊張してしまうのだ。


「ど、どうしたの?」


 あ、やば。声が震えてる。緊張を悟られないようにしたつもりだったけれど、第一声が震えてるんじゃ、律にバレても仕方ない。でも律は、そんな私の声には反応せず、俯いたままだ。


「律?」

「あ。ごめん。えーと……」


 何かを言おうとモゴモゴ口を動かしてはいるが、まったく声になっていない。

 無言のまま時間だけが過ぎるが、このまま玄関先で突っ立ったままというのもどうかと思い、私は扉を大きく開けて律を招き入れた。「ごめん。じゃあ」と申し訳なさそうに言う律が部屋に上がると、いつもとはちょっと違う空気が部屋いっぱいに広がった気がした。

 靴を脱ぎ部屋に上がる時、律はめいいっぱい緊張していたのだろう。なぜなら右手右足を同時に出して歩いているから。ぎくしゃくぎくしゃくと聴こえそうだ。


「あ、ごめん。何かやってた?」


 律が気がついたのは、床に広げられたお土産の山。包みなおしているお土産を一つ手に取り、続きを綺麗に包んでくれた。その器用な手付きに、つい惚れ惚れと見惚れてしまう。

 仕上がったお土産の包みは、さっきまで私が包んでいたものよりも、ずっと綺麗に包めている。なんとなく、惨敗した気分だ。そんなお土産の山を見て、律が呆れたように息を吐いた。


「つーか、こんなに誰にあげるんだよ」


 片手でお土産の一つを取り、くるくると見回す律。私は一つずつ手にとって、名前を挙げていった。


「これは美波さん。これはおたえさん。で、これが萌。これは友哉くん。それでーこれは榊さん」


 職場には大きなお土産を一つ用意していたので、この山の中にはない。誰のお土産なのかを説明していたら、突然律の手がピクリと反応した。


「友哉さんはわかるけど、榊さんって誰だよ」


 むっとした顔で私を睨む律が、悔しそうに唇を尖らせている。もしかして、妬いているのだろうか。だとしたら、どうしよう。すっごく嬉しい。

 片思いの相手にそんなことされたら、私なら嬉しくてたまらない。だからこんなに頬が緩んでしまうのだ。でも、私も律も、お互いの気持ちを打ち明けてはいない。贅沢な話かもしれないけれど、「好き」っていう言葉は、できれば律の方から言って欲しいな。別に私から言ってもいいけれど、無愛想な律が一体どんな顔をして告白をするのだろう。ちょっとだけ、それが気になる。

 

「なぁ、おい!」

「へ?」

「だから榊って誰だって話」

「あー……榊さんは、美波さんのお店の店員さんだよ。律も見たでしょ? 迎えにきてくれたんだし」


 そうそう。あの時は迎えにきてくれた嬉しさで、弾むような喜びでいっぱいだったっけ。ま、その後見事に律の隣を奪われたのだけど。そういえばあの時、律はどうして私を迎えにきてくれたのだろう。別に迎えにきたわけじゃないと言っていたけれど、あんな影に隠れて閉店を待っているような姿を見たら迎えにきてくれたんだと思ってしまう。律と私の気持ちは同じだと思うけれど、次の一歩がどうしてこんなに難しいのだろうか。ただひと言、自分の気持ちを伝えるだけなのに、うまく言葉が出てこない。もどかしい気持ちを抱えながら、律に迎えにきてくれた時のことを話し始めた。


「ね、律。あの日律はやっぱり、私を迎えにきてくれたの?」


 私なりに真剣に聞いたつもりだ。でも律は、カーッと顔を赤く染め、いつものようにはぐらかす。


「そんなんじゃねぇって言っただろ」


 ほら。やっぱりこうなるんだ。ほんの少しだけ期待していたけれど、やっぱりその期待を見事に裏切る答えを出す。だから期待するのは嫌なんだ。

 悲しいやら悔しいやら、訳のわからない感情が胸の中に大きく広がり、しまいには涙も滲む。ぎゅっと握った拳に、さらに力を入れて握り締めると、その拳の上に涙が一粒ポツリと落ちる。悔しいな、悲しいな。期待した言葉が律からもらえなくて、本当に悲しい。期待しすぎた分、余計に辛い気持ちになった。


「……だったら、あまり期待させるようなことしないでよ」


 ポツリと呟くひと言を聞いた律が、息を呑んだのがわかった。

 二人きりの部屋に、空気が張り詰める。こうして俯いていても、律の視線が向けられているのが痛いほどわかる。かける言葉に困っているのか、私の態度に驚いているのか、それはまったくわからない。でも、私が言わんとしていることだけは、わかってくれただろうか。

 好かれて困るのなら、もう私に構わないで。嫌というくらい冷たくあしらってくれたほうがいい。そうじゃなきゃ、いつまでもしつこいくらい好きなままだから。そう思っているのに、辛辣な言葉が飛び出てくることに怯えている自分がいるのも確かだ。もう、ぐちゃぐちゃな自分の気持ちに嫌気がさす。

 

 沈黙は尚も続くが、涙はいまだに止まらない。こんな顔を見られるのは嫌だ。でも、思う気持ちが強すぎて、限界のメーターを軽く振り切ってしまったのだ。

 そんな私を見て、律が戸惑っている気がする。参ったな、困らせるつもりじゃなかったんだけど……涙を止めることはできなそうだ。

 しばらく続く沈黙が重くて、俯いたまま顔を上げる事ができない。このまま顔を上げて律の顔が視界に入った時、困ったような表情を浮かべていたらと思うと、なかなか顔を上げる勇気がもてなかった。


「律、ごめん。あの、今日はその……帰ってくれるかな」


 俯いたまま律に言う。この嫌な空気をどうにかしたくて、苦肉の策を打ち出した。

 律をこれ以上困らせないように。またいつもみたいに、憎まれ口を叩き合えるような仲に戻るために。今ならまだ間に合うからこれ以上を望んではいけないと、勝手に思っていた。

 

「嫌だ」


 この言葉を聞くまでは。

 


 

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