31話 乱入
利人さんに手を引かれて連れてこられたのは、入り口から一番近いアトラクションだ。そこは海賊船をモチーフにしたアトラクションで、船で水の上を進んでいく。
結構人気があるようで、乗るには少し並ばなくてはならないようだ。
「何か飲み物でも買っておきましょうか」
「いえ。特に喉は渇いてないので……あ、利人さんは喉乾きましたか?」
「私も乾いてないので大丈夫ですよ」
利人さんと私は、そのまま列の最後尾に並び、ただひたすら少しずつ前に進んでいった。
――参ったなぁ……会話が続かない。
車内ではあれもこれも乗ってみたいという話で盛り上がる事ができたが、さすがに話題がなくなってしまった。少し気まずい空気になってしまったけれど、そんな空気を破るように利人さんが私に微笑みかけた。
「つまらないですか?」
つまらないなんて、そんなことない。私の口数が減ってきたからそんなことを思ったのだろうか。「そんなことない」と利人さんにはっきりと告げ、にこりと笑う。でも、利人さんの顔からたちまち笑顔が消えてしまい、呆れたように大きく溜息をひとつ零した。
「まったく……デートはこれからだというのに」
そしてまたひとつ、大きく溜息を吐いた。
私、利人さんに呆れられてしまったのだろうか。今日は利人さんとのデートだというのに、脳裏に過ぎるのは律の顔ばかり。他の人のことを考えていたのを、利人さんは見抜いてしまったのだろうか。ドキドキしながら利人さんの言葉の続きを、身構えて待っていた。すると、利人さんの視線は私には向けられずそのまま私達の後方を見つめ、そのまま列から離れてツカツカと歩き出した。そして少し駆け足になり、勢い良く手を伸ばす利人さんが、獲物を捕らえた瞬間! 「いてぇ!」という声だけが私の耳に届いた。
「まったく……無粋な真似を」
「利人さん、いてぇ!」
「自業自得です。何をこそこそ嗅ぎまわっているのですか」
「か、嗅ぎまわってなんか」
「いない、とでも仰りたいのですか?」
聞き覚えのある声に、私の胸が一瞬大きく高鳴る。この声は律だ、そう確信したと同時に、詰め寄る利人さんの横顔しか見えないが、それでもわかるくらい瞳が妖しくきらりと光った。
言葉こそ穏やかで丁寧な感じがするが、本人の顔を見たら身震いしてしまうほど怖い。笑顔なのに目だけが笑ってない。利人さんの横顔しか見えないけれど、負のオーラが建物の影に隠れている律もろとも取り込んで、渦巻いているように見えてしかたがない。
「あの、利人……さん?」
「すみませんめぐみさん。ほら、このように、律くんが私達の邪魔をしようと後をつけてきていたのですよ。まったく無粋な真似をしますね」
「え? だ、だって律もデートだったんじゃ」
そういうと律はバツの悪そうな顔をして、「相手が怒って勝手に帰った」と言う。それって喧嘩してそのままってことだよね? 律のデートが潰れてしまったことは、内心ちょっとだけホッとしている。けれど、喧嘩して彼女が怒って帰ったのなら、律は追いかけて謝るべきだと思う。そうじゃなきゃ、誘った彼女が可哀相だ。彼女の立ち位置が自分なら、間違いなく追いかけてきて欲しいと思うだろう。私は律のところへ駆け寄り、真っ直ぐに彼を見た。
「ちゃんと追いかけて謝らなくちゃ。今頃彼女、泣いてるんじゃないの?」
「そう思うか? ところがそうじゃないんだ。あの女なら勝手に怒って他の男を呼び出してたよ。別に俺じゃなきゃ駄目って奴じゃないんだ」
律が捨てるように言った台詞に、胸がズキリと痛んだ。
律じゃなきゃ駄目って思っていないのなら、律をデートになんか誘わないで欲しい。勝手にヤキモキしていた私が馬鹿みたいだ。結局律と彼女は、お互い好きあっているわけではなくて、ただの友達というか知り合い同士……。そう確信した瞬間、私は大きく息を吐いた。
――なんだ……心配して損した。でも、律と彼女の間に何もなくて、良かったぁ。
あからさまに私は、律たちのデートが失敗に終ったことを喜んでいる。嫌な性格だなぁと思いつつも、にやけた顔は戻りそうもない。
「じゃあ、律も一緒に回る?」
「はっ!?」
「だって一人でしょ? 一緒に回ろうよ」
「……別にいいけど」
本当に素直じゃないなぁ。まぁ人のことは言えないけど。
少し頬を染めつつ、小さな声で一緒に回ることを承諾した律は、しぶしぶといった感じに見えて、実はちょっと喜んでいる感じに見えた。一人より大勢の方が楽しいもんね。
すると少しの間黙っていた利人さんが、律の肩を掴みながら耳元でぼそぼそと何かを囁いている。囁き終わった利人さんはニンマリと微笑み、囁かれた律は一気に顔色を青く変えた。一体何を話したのだろうか?
「……利人さんて、性格悪ぃ」
「おや、心外ですね。よく優しくて素敵、と褒められますよ」
二人でなんか内緒話している。私の耳には届かなくて何を言っているのかはわからない。それが何だか、ちょっとだけ悔しい。
「二人で何話してるの?」
「ああ、すみません。めぐみさんが気にするようなことではないですから、ご心配なさらず」
「……猫っかぶり野郎」
利人さんが私にきらきらの笑顔を向けて謝っている間に、律が利人さんの背中でぼそりと何かを呟いた。んもぅ! はっきり喋って欲しいな。
「じゃ、行きましょうか。ね、めぐみさん」
顔を近づけて微笑みながら私の手を取り、エスコートするように歩き出す利人さん。すると指と指の間に、利人さんのスッと細長い指が割って入り、きゅっと私の手を握った。これは所謂、「恋人繋ぎ」ってやつで、私の心臓が急速に鼓動を早めていく。
「おい! なんで手なんて握らせてるんだよ!」
「え?」
律の言葉が、どうしても妬いているようにしか聞こえない。でも、そんなことないか。だって律は私が苦手だもんね。うっかり些細なことで喜んで、あとで地獄に突き落とされるのは真っ平ごめんだ。だから私は、期待をしない。