30話 隣にいてほしいのは
見事な晴天! 降水確率ゼロパーセント! そしてここは夢の国!
行楽日和ともいえる今日、私と利人さんは国民に愛されている夢の国にやってきた。
「どうです? 私にコレ、似合いますかねぇ。ね、めぐみさん」
「可愛いですよー。利人さんっ」
入園してすぐに入ったのはお土産屋さんだった。そして、私と一緒に夢の国のシンボルともいえるネズミの耳のカチューシャをつけて、あははうふふと女子高生のようにはしゃいでいるのは利人さんだ。王子様スマイルの上に乗っているネズミの耳……! くやしいけど可愛いのよねっ! しかも心底楽しんでいるようで、耳をつけたあとは、名物のポップコーンを首からぶら下げて、さわやかに笑顔を振りまいている。
利人さんったら……いくつでしたっけ?
こんな言葉が出かかってしまったけれど、どうにか飲み込むことに成功した。
「めぐみさんっめぐみさんっ! どれから乗りましょうか?」
利人さんの「わくわく」という胸の高鳴りが今にも聴こえてきそうなほど、利人さんのテンションは高い。マップを大きく広げて、利人さんと二人で覗き込む。傍から見たらこれはもう、デートにしか見えないでしょう。というより、これは正真正銘のデートだ。
朝、利人さんの車に乗り、軽快な音楽が車内に流れる中で利人さんが鼻歌を歌っていた。それを助手席で聴きながら流れ行く景色を楽しんでいた私に、利人さんが嬉しそうに言う。
「いやぁ晴れてよかったですね。折角のめぐみさんとの初デートですから」
この瞬間、私は持っていたバッグを膝から落としてしまった。利人さんが「デート」だなんて言うものだから、つい意識してしまう。でも確かに、二人きりで遊園地に遊びに行くなんて、他の人から見たら立派なデートだ。利人さんの何気ないひと言で、突然彼を意識してしまった私の顔は、みるみる茹で上がっていく。心なしか耳まで熱を感じる。
運転席から盗み見ていたのか、私の頬にそっと利人さんの大きな手が触れた。
「今日はわりと肌寒いというのに、どうしてこんなに頬に熱を持っているのでしょうか。……ね?」
ちらりと横目で私を見ながら悪戯に微笑む利人さんは、いつもよりちょっと意地悪だ。
絶対わかってて言ってるんだ!
利人さんの「人生経験積んでますから」というような余裕ぶった横顔が、今日は何だか憎たらしい。こうして、この後もさんざん利人さんに弄ばれながら、ここまで来たのだ。
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すっかり準備が整った私達は、まずは少し緩やかな乗り物に乗ることにした。私は絶叫系が苦手なので、上から下に急降下するような乗り物は却下。利人さんも決して無理強いをしなかった。
「では参りましょうか」
くすっと微笑みながら私の手をとり、紳士的に手を引いてくれる利人さん。本当に、こういうところが王子様なんだよなぁと思いながら、少しぽんやりと彼の背中を見つめた。
広い背中は、まるでお姫様を守る盾のようにも見え、そのお姫様が今は私なんだとしみじみ思う。利人さんにとっての、本物のお姫様はいるのだろうか? 利人さんの恋人の話なんて、一度も聞いた事がない。いつか聞いてみようかな。
私が彼の背中に見惚れていると、視線に気付いたのか利人さんがくるりとこちらに振り向く。その瞳は真っ直ぐ私を捕らえ、少し意地悪そうに口端を持ち上げながら、繋いだ手に力がこもる。そして突然、掴まれた手をぐいっと引き寄せられ、手を繋いでいたはずなのに今は彼の手が、私の腰に回っていた。
「この方が、私がよく見えますよ?」
「え!?」
「……背中に穴が空いてしまいそうなほどの、熱烈な視線を感じましたもので」
利人さんの言葉に、私はあたふたした。もう、背中に目がついているんじゃないかって思うくらい、利人さんは私の行動をお見通しなのだ。カーッと熱くなった頬を両手で押さえ、顔色を窺われないようにするけれど、その行為は無駄に終った。
「赤くなっためぐみさんも、可愛らしいですよ」
もう、なんなの!? 利人さんのキャラが、いつもと違いすぎるよ!
この悪戯悪魔のようなキャラが、本当の利人さんなの? いつものおっとり王子様キャラは、どこへ行ってしまったの!? もう私の心臓は、爆発寸前だ。
ふふっと愉しそうに微笑を浮かべる利人さんは、キャラは悪戯大好き悪魔でも、頭にネズミ耳のカチューシャが乗っていることをお忘れなく。思った以上に外見が可愛らしくて、折角の小悪魔な台詞も、魅力半減だ。それでも耳元で囁かれると、思わずドキドキと胸が高鳴ってしまうけれど。
利人さんと律、二人とも素敵だけれど、それぞれ違った魅力がある。利人さんはやっぱり、大人の魅力を感じる。常に真っ直ぐ背筋を伸ばし、おっとりしつつもしっかり周りを見ている。それに物凄くフェミニストだ。そう考えると、やっぱり利人さんは素敵な理想の男性だと思う。それなのに、どうして私は律が好きなんだろう? しばらく考えてみたものの、結局答えは出てこなかった。まぁ……恋は理屈でするものじゃないってことだ。
「めぐみさん?」
「え!? は、はい!」
声を掛けられ、自分がボーっとしていたことに気付いた。そして目の前に端整な顔があり、思わず顔が熱くなるのを感じた。利人さんが心配そうに眉を下げ、私の顔を覗き込んでいた。
「どこかお体の調子でも、悪いのですか?」
「いえ、大丈夫ですから。すみません、ちょっとボーっとしてしまって」
「めぐみさんが元気でしたら、いいのですが」
利人さんの美しい手が、私の頬にそっと触れた。慈しむようにそっと触れ、少し潤んだ瞳が間近に迫っている。あまりにも近い利人さんの顔をこれ以上は真っ直ぐ見つめ返すことができなくて、私はつい、目を閉じてしまった。ぎゅっと固く瞳を閉じ、体にも力が入る。もしかしたら、少し体も震えていたかもしれない。
「……行きましょう、めぐみさん」
頬に触れていた手が離れ、再び私の手のひらを包んでくれた。
私が咄嗟に目を閉じたのは、利人さんにキスされるのかと思ったから。でもそれは、利人さんからのキスを待っていたから閉じたのではなく、そのキスを拒むために目を閉じた。だから思わず、身を固くしてしまった。もしかしたら、利人さんもそのことに気付いたかもしれない。
――キスする相手は、利人さんじゃなくて……。
思わず自分の唇に指で触れ、キスしたいと思っている相手の顔を思い浮かべた。私の手を引いてくれている利人さんの背中を見ながら、違う相手のことを考えているなんて、私は最低な女だな。
どんなに優しくても、どんなに王子様のような人でも、今目の前で笑って欲しい、触れて欲しいと願う相手は、唯一人。律だけ。
三日ほど、更新をお休みします。
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