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くるくる  作者: こたろー
3/50

3話 全員、集合!

 眼鏡の奥の、冷たい瞳。温かみも何も感じられない、ガラス玉のようにさえ思える。

 影に隠れて、闇に紛れて、けれどなぜか強くその瞳に惹かれてしまった。


「めぐみちゃん、どうしたの?」

「え? あ……いえ」


 冷たい瞳を遮るように立花さんのあたたかな瞳が向けられると、なぜだかわからないけれどホッとした。

 体の芯から冷えてしまいそうな瞳に射すくめられてしまったのは、きっと今まであんな瞳を見た事がなかったからだ。きっとそうに違いない。

 首を横に振り、彼の視線を振り切るように利人さんに声を掛けた。


「えっと、どうして皆さんお揃いなんでしょうか」

「ああ、これから引っ越し祝いをしましょうと、皆さんを私がお誘いしたのですよ。折角こうして同じ日に引っ越してこられたのですから、住人の顔を知っておくのに良い機会ではないかと思いまして。めぐみさんもいらっしゃいませんか?」


 そっと私の肩に利人さんの手が触れると、胸がとくとくと高鳴るのがわかる。

 見上げれば利人さんの優しい顔と、紳士的な仕草が目に入る。これが私の理想の男性像。だから胸が高鳴るのは自然なことだ。でも、あの冷たい瞳に見つめられた時、ふいに大きく胸が鳴ったのは一体なぜなの? 

 結局その答えは見つからないまま、私達は最上階の利人さんの家にお邪魔することになった。

 利人さんの家に入ると、玄関から突き当たりにあるリビングには沢山のお料理が並べられていた。綺麗にお花も活けられていて、花の香りが部屋一杯に広がっている。

 埃一つ見当たらないほど磨かれたフローリングの床に、高級そうなふかふかの絨毯が心地良い。利人さんは綺麗好きだということがすぐにわかった。

 キッチンからはグラスを持った着物姿の女性が、穏やかに微笑みながらやってきた。彼女が利人さんのお祖母さんである、おたえさんだ。


「さぁ、いらっしゃい。お腹空いたでしょう」


 おたえさんはにこりと微笑みながら、孫をあやすように私達を手招きする。若草色の着物に袖を通し、しゃん、と背筋を伸ばして歩く姿は高齢とは思えないほど若々しく、おたえさんの顔を見ているだけで心が和む。

 ここのアパートを契約する時に、おたえさんも同席していた。その時、おたえさんが私をリラックスするようにと、優しく背をなでてくれたのをよく覚えている。まるで本当のおばあちゃんのような彼女の存在に、めいいっぱい緊張していた私はとても助けられた。

 みんなが席に着き、グラスにお酒を注がれていく。乾杯をして料理を食べたら、そこで初めてお腹が空いていたことに気がついた。

 笑顔溢れる食卓に、私達は初めて会ったとは思えないほど話が弾んでいた。美味しい料理に美味しいお酒、そして楽しい会話。これが揃っている食卓が楽しくないわけがない。

 

「ところでめぐみちゃんは何歳なの?」


 ちょっと酔っ払っているのか、少しよれた声で立花さんが話しかけてきた。ありゃりゃ、顔も赤い。


「私は二十三です。立花さんは?」

「俺は二十六だよ。結構みんな年が近いんだね」


 そうなのだ。さっき初めて会った二人も二十代だ。

 染谷美波そめやみなみさんは二十七歳、一○二号室に入居した。真っ直ぐなさらさらストレートがとてもよく似合っていて、なんだか凄くいい匂いがする。お花の香りに包まれた、お人形のように綺麗な人だ。もう一人のあの冷たい瞳が印象的な男性は、やっぱり年下だった。

 彼の名前は大地律だいちりつ、二十歳の大学生だ。

 大地くんはあまり人と上手くやっていけないのではないか、とどこかで思っていたけれど、アパートの住人と普通に会話をしていた。もしかしたらさっき冷たいと感じた瞳は、見間違いだったのだろうか。今も立花さんと一緒に話をしているし、あ、ほら。笑った。やっぱりさっきのアレは、見間違いだったのかもしれない。

 大地くんの冷たい瞳のことなどすっかり忘れて、私は利人さんや染谷さんとお酒を呑みながら談笑していた。でも本当はお酒は苦手。軽く一、二杯くらいなら大丈夫だけど、こんなに呑んだのは久し振りだ。かなり気持ち悪いけれど折角の楽しい場に、水を差すわけにはいかない。だから私は頑張って笑顔を作っていた。

 大丈夫、大丈夫。気持ち悪いのなんて、すぐに消えちゃうから。

 自己暗示をかけるように何度も心の中で「大丈夫」と呟く。これは昔からの私の癖だ。「大丈夫」と自己暗示をかけて、今まで大抵の場面は切り抜けてきた。だから今回もきっと大丈夫。

 しかしこのまま呑んでいては、気持ち悪さばかりが増してきてしまう。そこで私は空いたお皿をキッチンへと運んだり、たまってきたお皿やコップを洗ったりすることにした。


「あらあら、いいのよ。洗い物くらい私がやるから」


 おたえさんが腕まくりをしている私に声をかける。けれど、すでにスポンジに泡を立ててしまった私はそのまま首を横に振り、できる限り明るい声でおたえさんに話した。


「大丈夫です。だって沢山ご馳走になったし、これくらいなら私にもできるので」

「めぐみちゃん、ありがとうね。じゃあ、ここにある分だけお願いするわね」

「はい! まかせてください」


 おたえさんはにこにこしながらリビングへと戻っていった。その後姿を見て、ホッと息をついたのだった。

 かちゃかちゃ、と食器の音を立てながらすすいでいると、水がひんやりとして火照った体温を下げてくれる。すると不思議なもので、気持ち悪かった気分が少しずつ回復するのがわかる。こうして洗い物を済ませ手近なタオルで手を拭いていると、パーカーのポケットで静かに携帯が震え始めた。水気を拭き取った手で携帯を取り、着信画面を見る。そこには、もう二度と見たくはない名前が表示されていた。


「……どうしてほっといてくれないのよ」


 携帯に向かって文句を呟くと、背後に気配を感じた。私は慌てて携帯を閉じ、それをポケットにしまいながら振り向くと、そこには大地くんが不機嫌そうに立っている。


「邪魔なんだけど」


 不機嫌そうな表情に、不機嫌そうな声。そしてやっぱり見間違いなんかじゃなかった、あの冷たい瞳。さっきまで皆で楽しそうに話していた時のような、年相応の笑顔はそこにはない。綺麗で冷たいガラス玉から向けられる、射抜くような視線が私に突き刺さる。その視線は、私から動きを奪っていくのだった。

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