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くるくる  作者: こたろー
29/50

29話 お食事は美味しい言葉


 うっかり首を縦に振ってしまった私は、ただいま美波さんと榊さんの二人と一緒に、ファミリーレストランに来ている。

 大人三人なら居酒屋という手もあるだろう。けれど聞いてびっくり、榊さんは下戸らしい。それと相反するように、美波さんはザルだという。可愛い顔してザルとか! うふふ、と手を口元に添えながら微笑む美波さんの口から出た言葉とは思えない。榊さんは、ちょっと悔しそうに横目で窓の外を観ながら、店員さんが運んできた水をぐびぐびと飲み干した。


「めぐみちゃん、この前はお店手伝ってくれてありがとうね。今日は好きなもの頼んでいいからね」


 にこりと微笑みながらメニューを手渡す美波さん。でも、大したことをしてもいないのに、食事をご馳走になるのは少々心苦しいものがある。


「いえ、そんな。私、あまりお役に立てなかったし」


 恐縮しながら美波さんに言った。だって役に立てなかったのは本当の事だから。

 美波さんのお店を手伝いに行った時のことを思い出すと、本当に自分は何をしていたんだと落ち込んでしまう。休憩中に泣いてしまい、目を腫らしたままお店に出て、榊さんに目を冷やせと気を遣わせてしまった。出来たのはお店の掃除くらいだ。これなら、小学生だって出来るだろう。だからこそご馳走になれない。

 そんな私を励ますように、美波さんは私の背中をポンッと軽く叩いた。「でも、私はとても助かったのよ」と、優しい言葉を添えて。

 私と美波さんの向かいに座っている榊さんが、しばらく間を置いて呟いた言葉は、私の心を軽くした。


「俺は手伝ってもらえて、助かったし嬉しかった」


 一緒に働いた人にそう思ってもらえたのなら、私でも少しは役に立てたのだろうか。そう思った。

 心があたたまったところで、私達はメニューを覗き込みながら「これがいいかな、あれがいいかな」と、指を差しながらアレコレ悩んだ。なかなかどれを注文するのか決まらないが、それをみんなで決めるのは、とても楽しい。結局、私と美波さんは意見が被り、シーフードドリアを頼むことになった。えびもほたてもいかも入っているし、なによりここのドリアは絶品だ。「やっぱりここのドリアは美味しいよねー」と、美波さんと私が声を揃えて言うと、向かいでメニューを広げて睨んでいた榊さんが、注文するものを決めたのかメニューをパンッと勢いよく閉じた。そして低く小さな声で、ぽそりと一声。


「……和風ハンバーグセット。ドリンクバー付き」


 あまりにも真剣な顔で言うものだから、私も美波さんも一瞬声が出なかった。けれど、しばらく間を置いてから、美波さんがぷぷっと笑いを堪えきれずに噴きだした。


「榊くんったら。そんなに真剣な顔しなくてもいいのに」

「あ……すみません。つい」


 くすくす笑う美波さんを、愛おしそうに見つめる榊さんの瞳はとても優しい。自分も律をこんな風に見ているのだろうかと考えたら、勝手に顔が熱くなってきた。

 ――いやいや、まさかそんな。そんな乙女なキャラじゃないはずだけどっ!

 一応「恋する乙女」なのだろうけれど、自分はそんなに可愛げのある性格ではないし捻くれているから、真っ直ぐ愛おしむように律を見つめられるかと聞かれたら、「できません」と即答してしまうような気がする。だから「乙女」という単語は、自分には一生縁がないような気がするのだ。できるものなら、可愛らしい「乙女」に生まれ変わりたいものだ。

 「ちょっと失礼」と言いながら席を立ち、美波さんは化粧室へ。榊さんと二人きりになった私は、声を潜めながら少し榊さんの方に体を寄せて、ひそひそと声を出した。


「榊さんって、美波さんのことが好きなんですねっ」


 私が直球で榊さんに訊いてしまったからか、榊さんの表情は一気に赤くなってしまった。「暑い、暑い」と手で扇ぎながら新たに注がれた水を、再び一気に飲み干した。結局この質問には答えてもらえなかったけれど、この慌てようが彼の答えだろう。


「榊さん。もし良かったら、美波さんと遊ぶ機会があったら誘いましょうか?」


 そう言うと、榊さんの眉がぴくりと上がる。


「……俺と店長が会える機会を、増やしてくれるというのか?」

「まぁ、それほど多くはないでしょうけどね。でも、何度かは誘えると思いますよ?」


 ちょっと考え込んだ榊さんだったけれど、すぐに頷き、ジーンズのポケットからごそごそと携帯を取り出した。


「……連絡先、教えてくれ」


 榊さんの恋の応援をしたかった私は、すぐに彼と赤外線通信で番号を交換した。これで美波さんを誘ってから榊さんも誘えば、休日でも会う事ができるだろう。

 それにしても、恋をすると男も女も変わらない。少しでも好きな相手に近づきたくて、どうにかして自分の方に振り向いてもらおうと必死で足掻いている。榊さんも、美波さんにもっと近づきたくて自分なりに努力しているのだろう。榊さんの為にも、美波さんと遊ぶ機会を作らなくちゃ。

 美波さんといえば、彼女は一応バツイチだ。榊さんはそのことを知っているのだろうか。ふいに疑問を抱いてしまったけれど、この話題を私が彼に話すのはお門違いだ。そう思い、この話題に触れるのをやめた。

 美波さんが席に戻り、やがて料理もテーブルに全て揃った時、三人ともみんな笑顔になった。もうお腹がぺこぺこだ。「いただきます」と声を揃えて言ったところで、一斉に料理に向かってスプーンやフォークで突撃した。熱々のドリアを口に頬張り、はふはふしながら食べるのが美味しい。口から熱々の料理の湯気が、呼吸に合わせて出て行った。


「美味しいね」


 美波さんが目尻を下げながら私に言う。熱々のドリアのせいか頬が紅潮していて、なんだか林檎のようで可愛かった。私はというと、美波さんの声掛けに応じる事ができなかった。それは口の中に熱々のドリアが、大量に入っていたからだ。ちょっと欲張りすぎて、一口では食べられないほどの量を突っ込んでしまったようだ。だってお腹が空いてたんだもん。

 しばらく和やかな歓談を楽しみ、食事も終盤に差し掛かった頃、美波さんが私に唐突な質問をぶつけてきた。


「ね。めぐみちゃんと律くんって、付き合ってるの?」


 その瞬間、食後に飲んでいた水を噴きだしそうになり、危うく目前に座っている榊さんにぶちまけそうになった。必死で口元を手で押さえどうにか噴きでるのを抑えると、私は美波さんの顔を見た。にこにこと、悪びれる様子もなく、ただ微笑みを携えながら私の方を見つめている。


「律と私が、ですか?」

「うん、そう。だってこの前お店まで迎えにきたんでしょ? 榊くんから聞いたわよ」


 榊さんが律の特徴を美波さんに話したらしく、彼女はすぐにピンときたらしい。

 私はそのまま榊さんに視線を向け、恨めしげに彼を睨んだ。

 おのれ……おしゃべりな男め。

 悲しいけれど美波さんにはしっかり否定をした。でも美波さんはにこにこしながら、再び私に言葉を投げる。


「でも、お似合いだと思うな」

「ほ、ほんとですか……?」

「ええ。本当よ」


 かくりと首を傾げながら可愛らしく言ってくれたこの言葉は、今の私には嬉しくてしかたがない。

 美波さんの言葉に少々舞い上がりながら、楽しいファミリーレストランの食事会は、幕を閉じたのだった。

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