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くるくる  作者: こたろー
27/50

27話 デートのお誘い


 利人さんの「仲良しなでなで」をされて、私も律もどうしたらいいのかわからなかった。だって、利人さんがこんなに空気をぶち壊す「マイペース人」だとは思わなかったから。

 そう。利人さんはものすごーくマイペースな人。それが利人さんの良いところでもあるけれど、それと同時に欠点でもあった。まぁ、素敵なんですけどねっ。

 「なでなで」していた利人さんの手がようやく頭から離れ、私と律はお互いぐしゃぐしゃにされた髪を手で整えていた。律は片手で髪を直し、もう片方の手には紙切れのようなものを握っている。その紙切れに視線を落としながら、私は律に尋ねた。


「律、何持ってるの?」

「え? ああ」


 自分の手のひらの中の存在に、まるで今気がついたような素振りをみせる律。こいつ、本当に今の今まで忘れてたな。勿論、そんな憎まれ口は叩かなかった。

 律が握り締めていた紙切れは、走ってきたときにぎゅっと潰してしまったようで、少しくちゃくちゃになっている。「それなあに?」と律の手のひらを指差すと、律がしぶしぶといった感じで話し出した。


「さっき会ったゼミの子が、一緒に行こうってチケットくれた」


 手渡されたのは、夢の国のテーマパークチケットだ。朝から晩まで人で賑わっている、アトラクションもパレードも、そして国民的アイドルのキャラクターも大人気の夢の国。


「うわぁ……いいなぁ」


 ここは怖いアトラクションが殆どないため、私でも沢山の乗り物に乗れる。そしてこのテーマパーク独特の空気が、なぜか心をわくわくさせるのだ。

 いいな、いいな。行きたいな。でも、律はさっきの女と二人で行くのか。そう思ったら、少しちくりと胸が痛んだ。だって、律の隣で楽しめるのが、私ではないから。

 よっぽどきらきらした目でチケットを見つめていたのだろう。律は小さな溜息を吐いて、呆れ顔で私に言う。


「そんなに行きたいか? こんな人ばっかりのとこ」

「え? 人はともかく、楽しいじゃん。まるまる一日いたって飽きないよー」


 そう言うと、律はげんなりした表情を見せた。どうやら律はあまり乗り気ではないようだ。


「そんなに嫌なら断れば良かったじゃない」

「アイツには借りがあったから、断れなかったんだ」


 借りとやらが何かはわからないけれど、とにかく律は断れなかったらしい。「ふぅん」と言うと、また手元にあるチケットに目を戻した。

 私、そんなに行きたそうな顔をしていただろうか。手元のチケットを眺めていると、一段上にいる利人さんが、くすっと笑った。

 

「どうです? 良かったらめぐみさん、私と一緒に行きませんか?」

「え?」


 思いがけないお誘いに、びっくりしてしまった。けれど、利人さんは私の顔を見るなり、嬉しそうに目を細めながら私の手を取る。そして私と同じ段に降り、私に目線を合わせるように腰を屈めて王子様スマイルを向けてきた。きらーん、という効果音がやっぱり聴こえる気がする。


「めぐみさんとなら、楽しい時を過ごせそうです。いかがでしょうか?」

「えっと、えっと~……」


 利人さんの両手に包まれた私の右手が、じわじわとあたたまっていく。冷えていた指先にじんわりと利人さんの体温と優しさが触れ、さらに王子様スマイルを間近で見たことにより、思わず首を縦に振ってしまった。


「おいっ」


 首を縦に振った瞬間、律が物凄い形相で私を睨む。それにその表情からは、焦りのような色も窺えた。

 利人さんが握っていた私の右手を、もぎ取るように律が利人さんの手から奪う。その行為に、私は少しだけ悦びを感じていた。もしかして妬いてるのだろうか、なんて考えてしまったのだ。しかし数秒後、それはないない、と自分に言い聞かせるように首を横に振った。

 ――だいぶ喋るようになったけど、律はまだ、私の前で笑った事がない。

 どれだけ距離が近づいても、律が私の前で笑わない。それはやっぱり、まだ私のことが苦手……というより嫌いなのかもしれない。ただ手のかかるやつとしか、思われていないのかもしれない。

 自分なりに一所懸命考えているけれど、律との距離の埋め方は一向に思いつかない。そんな状態のまま、利人さんにテーマパークに誘われ、思わず首を縦に振る私。自分の想いと行動がずれているような気がするけれど、誘ってくれた利人さんに非はない。何だか私が一人だけ、フラフラしているような気がする。


「めぐみさん?」

「え。あ、はい!?」


 いけない、いけない。うっかり自分の世界に浸ってしまった。

 利人さんは心配そうに私の顔を覗き込む。眉が下がり、悲しそうな表情を向ける利人さん。ああ、どうしてそんな顔も素敵なんでしょうか……。本気でそう思ってしまったくらい、利人さんの悲しそうな表情も相変わらず王子様だ。

 

「めぐみさん。チケットは私が手配しましょう。どうです。明後日はお仕事でしょうか?」

「明後日、ですか?」


 内心、「早っ」とツッコミを入れたのは言うまでもない。驚きの白さ……じゃなくて驚きの早さだ。でも、なんということでしょう。明後日はジムの設備点検があり、まる一日休業するのだ。なので、その日は一日フリーだ。


「はい、いいですよ」


 そう返事すると、律が隣でひゅぅっと静かに息を呑むのがわかった。私は律の方を向く。すると律は、強張った顔で私を見下ろす。


「何、どうかしたの?」

「……明後日って、マジで?」

「仕事休みだし、利人さんからの提案だし」


 すると律は顔を両手で覆い、はぁ~っと、それはそれは深ーい溜息を吐いた。へなへなとその場でしゃがみこみ、がっくりと頭を垂れる。律の背中が泣いているように見えて仕方ない。しばらく律がしゃがみこんでいたが、少しだけ視線を上げ、私の顔を見た。そして漏らした一言は、私の胸を貫いたのだった。


「俺も……明後日行くんだ」


 律のデート現場を目の当たりにしなくてはならないのだろうか。鉢合わせだけは、勘弁だ。

 ……でも気になる。それは絶対に言えないけど。 

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