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くるくる  作者: こたろー
25/50

25話 仕事が終ったその後で


 休憩が終り午後の仕事に入る前、バッグの中からファンデーションを取り出して、化粧直しをした。いつもならそれほど気にならないけれど、今日はしっかりと崩れを直さなくてはならない。


「目が赤いまま直らないよぉ……」


 思わず感極まって泣いてしまった為、目の下のファンデーションが崩れてしまった。決して厚化粧ではないけれど、見てすぐにわかる程度には崩れている。でも、その崩れも完全には直せないまま、休憩は終わりを迎えてしまった。


「休憩、ありがとうございました」


 ぺこりと一つ頭を下げて、榊さんの顔を見ないまま仕事に入った。

 きっと榊さんは、不自然に感じたかもしれない。でも、この顔を見られるのは恥ずかしい。黙々と仕事をしながら、少しずつ目の赤さが引くのを待っていた。

 休憩から上がって一時間、お客さんは一人も来なかった。花を見ていく人はいたけれど、買っていく人はいなかったのだ。だから私は少しほっとしていた。泣き腫らした顔を、お客さんに見せるわけにはいかない。しかしこうして美波さんに仕事をお願いされたというのに、感情的になり泣き腫らした眼で接客するなんて……。あまりにも不本意で、自己嫌悪に陥りそうだ。

 店頭に置かれた花を見栄え良くするために直していると、背後から肩にポンと手を置かれた。振り返ると榊さんが神妙な面持ちで、私を真っ直ぐ見つめている。


「あの……?」


 おそるおそる榊さんに声をかけると、榊さんは私の目の前に手のひらをかざし、「何も言うな」と言わんばかりに首を振った。そして差し出されたのは、冷たいミルクティーの缶。それを私に手渡して、私に背を向けながらボソリと何かを呟いた。


「今、暇だし……店の裏で冷やすといい」


 足早に私の前からいなくなり、さっさと仕事を始めてしまった榊さん。ぶっきらぼうだけど、彼の言葉から優しさが充分伝わってきた。

 手のひらに収まったミルクティーを握り締め、榊さんに向けて一礼する。そして私は店の裏へと再び姿を消したのだった。


 **


 冷たいミルクティーで瞼を冷やしたら、だいぶ腫れが引いたようだ。目の充血も消えている。

 接客には差し支えないような顔になったので、私はお店に戻ることにした。そして榊さんにお礼を言おう、そう思いながら店に足を踏み入れた。するとお店の中で、榊さんが器用な手付きで花束を作っていく姿があった。花束は色のバランスといい、花の配置やチョイスも素人目でだけど完璧に見える。お客さんもとても素敵な笑顔で花束を受け取り、満足気に店を後にした。榊さんの誠意が込められた花束は、私の脳裏に、酷く印象的に残った。


「お……」


 榊さんが私の姿を見つけて、どう声をかけようか迷っているのがわかる。だって目が右左と泳いでいるし、なんだかそわそわ落ち着かない。そんな姿を見たら、榊さんがちょっと可愛く見えるから不思議だ。


「榊さん。色々気遣ってくださって、ありがとうございます。優しいんですね」


 感謝の気持ちを込めて榊さんに微笑むと、照れくさそうに頭を掻きながら「元気が出て、よかった」と、蚊の泣くような小さな声で話し、大きな彼の手が照れ隠しなのか私の頭をわしゃわしゃと撫でた。うん。お陰で私の髪は、寝起きのようにぼっさぼさだ。

 それから午後の仕事を二人でこなしていくうちに、最初はとても緊張していたけれど、あっという間に閉店時間になってしまった。店頭に出ていた花をしまい、掃除をする。私にまかされた仕事はそれだけだ。レジ締めなどは榊さんが行い、その他諸々難しいことは全て彼が引き受けてくれた。やっぱり彼はとても優しい人だ。

 仕事を終えると、すっかり外は暗くなってしまった。すると榊さんが私を心配してくれた。


「慣れない仕事で疲れただろ。その、晩飯でも食ってくか?」


 榊さんが気を使ってくれているのがわかる。でも私はもう、ベッドに倒れこみたい気分だ。慣れない立ち仕事に加え水仕事も重なり、お陰で手がとても荒れてしまった。迂闊にもハンドクリームを忘れてしまったので、かさかさのままの手を擦り合わせながら榊さんに首を振った。


「ありがとうございます。でも大丈夫ですよっ! それより眠いので」


 えへへ、とおどけながら言うと、おっと、再び頭をわしゃわしゃされてしまった。わしゃわしゃされながら見上げると、驚くほど優しい瞳で私を見つめている榊さんの姿が見える。その優しい微笑みに、うっかりきゅんとしてしまった。

 ま、まさかっ! 榊さんって私のこと……。なんて自意識過剰な思いを馳せていたら、榊さんからあまり嬉しくないひと言を投げられた。


「昔飼っていた、犬にそっくりなんだよなぁ」


 ああ、そういうこと。犬ね、犬。女どころか人間ですらねぇ。私のきゅん心、返してもらえます?

 そう思いながら乱れた髪を直していると、榊さんが再び私に尋ねてきた。


「暗いし、送ろうか?」

「え? いやいや、近いので大丈夫ですよ」

「そうか? ……ああ、迎えがきてるのか」


 私より後ろの方に目線を向けた榊さんが、なぜか納得したように安堵の息を吐く。


「迎え?」


 後ろを振り返り、榊さんが見ている方向に目を向けると、電柱の側に一人の人が立っていた。


「な、なんで?」


 驚きを隠せなかったけれど、私は慌てて榊さんに頭を下げてダッシュでそこに向かう。そして逃げようとする影を追い、逃すまいとその腕を掴んだ。


「なんで逃げるの?」

「逃げたわけじゃ」

「迎えにきてくれたの?」

「たまたまだ」

「……一緒に帰ってくれるの?」

「……同じアパートだし」


 照れたように、拗ねたように唇を尖らせつつも頬を赤らめる。

 照れ隠しのように指でくいっと眼鏡を持ち上げる仕草をするのは、私の大好きな彼。


「ありがとう、律」


 夜空の下、律の前で素直になれた。この先、もっともっと素直な自分でいたいと思う。

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