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くるくる  作者: こたろー
21/50

21話 終止符


 ゆっくり伸びてくる彼の手が、そっと私の頬を撫でる。


「やっ……」


 もう壁ギリギリまで追い詰められていたのに、さらに後ろに行こうと身を捩る。

 ギシリとベッドが音を立て、それがやけに耳に響いた。

 目の前にある彼の瞳を直視できず顔を背けると、頬を撫でていた彼の手がゆっくり離れていった。

 怖さで目を固く瞑った私は、そっと目を開いてみると、彼の顔から先程の怖さが消えていた。


「そんなこと、しないから。出来るわけないだろ。俺はめぐちゃんが好きなだけだから、嫌がるようなことはもうしない」

「あ……」


 ホッとして体から力が抜けていくのがわかる。

 もう、目の前にいる彼が怖いと思うこともなくなった。

 

「好きな人が出来た、か。流石にそれはショックだったな」

「……ごめんなさい」

「謝らなくていいよ。悪いのはどう考えても俺だから」


 ショックを隠すように浮かべた笑みが、あまりにも痛々しい。でも、もう彼に手を差し伸べて抱きしめてあげることはできない。

 傷つけたのは、私の言葉。

 誰からも好かれようなんて思ってはいないけれど、自分の言葉が誰かを傷つけるのはとても辛い。でも、掛ける言葉も見つからなかった。私はただ、目を伏せるだけしか出来ない。そんな私の気持ちを察したのだろうか、彼は私の肩をぽんと一つ叩き、そして力強く掴んだ私の手首をそっと取り、逆の手で私の左頬に触れる。そして申し訳なさそうな表情を向け、優しく赤くなってしまった部分を撫でてくれた。


「ごめん。こんなに赤くなっちゃって……。肌が弱いこと知っていたのに」

「大丈夫。すぐ治るよ」

「ごめん。本当に、ごめん」


 握られた手に、ぬくもりが伝わる。かつて、このぬくもりに、私がどれほど救われてきたか。

 私は何も言わずに、ただひたすら謝る彼の姿を見ていた。しっとりと良い空気が、私達の間に流れていた。しかし、そんな空気をぶち壊すように、玄関の扉が乱暴に開かれた。


「めぐみ!」


 はい。こんなシーンで律が登場。

 律……遅いぃぃぃっ!

 その後、部屋にズカズカと入り込んだ律は、私の手を握っている彼を引き剥がし、襟ぐり掴んで睨みつけた。今にも殴りそうな律の態度に少々焦りはしたが、彼はじぃっと律を見つめたまま動かないままだ。そして、そんな姿のまま、彼がぼそりと呟いた。


「……もしかして、例の人は彼?」

「えっ!? あ、いや、その……う、うん」


 勘が良い彼は、私の好きな人が律ということを、見抜いてしまった。まぁ……バレて困ることはないからいいけど。

 律は私達の会話がわからなくて、一人でポカンとしている。そんな律に彼はにっこりと微笑み、気さくな感じで律の肩に手をかけた。


「そうか、そうか。君のことか~はっはっは」

「は?」


 不機嫌そうな律。それもその筈。一体何のことを言っているのかさっぱりわからないのだから。怪訝そうに眉を寄せた律が、訝しげに彼を見る。そんな律に、彼がその後、とんでもない置き土産を置いていった。


「うーん、実に不愉快だね。これはほんの、八つ当たり!」


 「八つ当たり!」の言葉と同時に繰り出された頭突きは、律の額にクリティカルヒットした。

 はい。律、撃沈。

 くらくらと星を飛ばしながら床にへたりこむ律は、なぜ頭突きをされたのかわからないままだ。彼はといえば、ぱんぱんと手を叩きながら豪快に笑っていた。そして、乱れたスーツを正して、私の方を向く。


「ほんのちょっとスッキリしたかな。……めぐみ、さようなら。もうこれっきりだ」

「ありがとう。ごめんなさい……さよなら」


 寂しげに、でも穏やかな微笑みを浮かべながら、私の部屋を去っていく。

 ああ。もうこれで終わりなんだ。私と彼の付き合いに、ようやく終止符が打たれたのだ。

 楽しいことも悲しいことも沢山あったけれど、それでも確かに私は幸せだった。それだけは間違いない。


「本当に、さようなら」


 これでもう、おしまい。私は、後ろを振り返らない。

 彼との思い出に浸りながら、私はようやく携帯から彼のメモリを消す事が出来たのだった。

 

 色々な思いに浸りながら、携帯を閉じた私。そんな私を恨めしげに睨み付ける視線が痛い。


「おい、こら。なんだアイツは……」

「ああ、大丈夫? おでこ割れてない?」

「人の質問スルーすんな! なんだよアイツは!」

「……元彼です」


 ピタリと動きを止めた律が、余計わからないという顔をする。

 時折、頭突きされた額を撫でながら考え込むけれど、いつまで経っても頭突きされた原因はわからないそうだ。すまない、律。

 その後、律がハッと気付いたようにゴソゴソと何かを探っている。そして背後から取り出したのは、私がさっき買いに走ったスイーツが入ったコンビニ袋。中のスイーツは、床に落としたせいでぐちゃぐちゃだ。

 このスイーツが私の部屋の前に落ちていて、不審に思った律が色々なことを想像し、私の部屋に強盗でも侵入したのでは? と思って駆け込んでくれたらしい。惜しかったな。もう少し早ければ、少女マンガのヒーローみたいに決まったのに。うん、実に惜しい。

 落としてぐちゃぐちゃになったとはいえ、スイーツの中身は無事だ。私は袋から取り出して、そのうちの一つを律に差し出した。


「ぐちゃぐちゃだけど、きっと美味しいよ。律も一緒に食べよう?」

「ん。まぁ、しょうがないから食ってやる」


 可愛げのない返事をしつつも、スイーツは美味しかったらしい。だってあっという間に食べきってしまったのだから。

 無心にスイーツを頬張る律はなんだか可愛くて、微笑ましいなぁと思いながら律を見つめていた。が。


「それにしても、アンタ結構おっぱいあるんだなぁ」


 食べ終わったスイーツに使用していたスプーンの先で、私の胸をつん、と突く。

 ブラウスのボタンが弾け飛び、肌が露わになっていることをすっかり忘れていた。


「にょわぁぁぁ!」


 色気もへったくれもない悲鳴を上げ、律の頭をクッションで叩いた。ぼふぼふと鈍い音を立てながらも、律の目は楽しそうに私の胸元を見る。


「やめろって、もう見ねーから! ほら、本当に……ストーップ!」


 律に手首を掴まれ、私の動きが止まる。その時、ビリリッと手首に痛みが走った。

 ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ痛そうに眉をひそめたのを律に見破られ、赤くなった手首を律に見られてしまった。それを見た律が、怪訝そうに眉をひそめる。


「なにこれ……。もしかして、アイツ? その赤くなった頬もアイツか?」

「や、その。違うの!」

「それにこのブラウスだって、ボタンが弾けてんじゃねーか」

「それは、その」

「何があった?」


 詰め寄る律が、ちょっとだけ怖い。それに、さっきの恐怖感までじわじわと甦ってしまった。それでも気丈に努めようと、ちょっとだけ引きつった笑顔を見せた。


「あの、大丈夫だから。大丈……夫」

「大丈夫? 何が大丈夫か言ってみろよ」


 真剣に覗き込む律の瞳。ガラス玉のように透き通っていて、でも、以前感じたような冷たさは欠片もなくて。ただ真実だけを映そうと、まっすぐ私を見つめる。

 その瞳に、私は負けてしまった。

 魔法の呪文「大丈夫」は、どうやら効かなくなってしまったらしい。

 次第に律の顔がぼやけてきて、ついに部屋の様子まで見えなくなってしまった。


「大丈夫じゃ、ない……」


 ようやく出た言葉。可愛げはないけれど、初めて人の前で素直になれた気がした。

 飲み込んできた恐怖。心落ち着かせるために何度も呟いた「大丈夫」。それも今日で終りだ。

 溢れ出た涙が、洪水のように流れ落ちる。そんな私を包み込むように抱きしめてくれたのは、律。

 泣き止むまでずっと、律が何も言わずに抱きしめてくれる。

 その時間が、少しでも長く続けばいいのに。そんな不謹慎なことを考えていた。


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