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くるくる  作者: こたろー
20/50

20話 嵐は目の前に

*少々残酷なシーンがあります。

 息が止まりそうなほどの衝撃だった。

 突然現れたアノ人が、私だけを眼に映す。


「……やっと見つけた」


 そう言われて私はハッと我に返る。

 なぜここがわかったのか。私は引越しする時、誰にも内緒でこっそりと引越したはずなのに。この場所を知っているのは、妹の萌だけだ。でも萌と彼は面識もない。それなのに、どうしてこの場所を知っているの? 質問したくても、驚きのあまり声も出ない。


「俺の話を聞いてほしい。頼む、めぐみ」


 真剣な眼差しを向けながらそう言って、一歩、私に近づく。

 びくり、と自分の肩が震えるのがわかった。彼とはもう、よりを戻すつもりはない。このままなし崩しに彼に言い包められ首を縦に振ってしまえば、またあの不健全な関係が再開されてしまう。それだけはどうしても、嫌だ。

 私の頭も体も、彼に触れてはいけないと言っている。

 

「……話なんて、ない」


 ようやく出た、拒絶の言葉。

 言葉と共に私は階段を駆け上がり、バッグから鍵を出して扉を開く。追いかけてくる彼を振り切るように扉を閉めるつもりだったのに、走る早さも、私を捕まえる彼の腕の長さも、思った以上に速い。扉を開き、部屋に入る直前で捕まえられてしまった私の腕に、鈍い痛みが走る。強く掴まれた腕を振りほどこうと、上下に動かしてみた。でも、振りほどくことは叶わなかった。それどころか逆に、彼が私の腕を押し付けるように、私を部屋の中に押し込むと、自分も一緒に入り込んだ。その時、ガサリと音が聞こえたけれど、今はそれどころではない。

 部屋に入り込んだ彼が私の両手首を掴み、何度も「話を聞け」と懇願する。でも、聞きたくない。聞いたところで私達の関係が、前と同じように戻るわけではないのだから。

 

「めぐみ。本当に俺ともう一度付き合ってくれ」

「無理」

「ほら、離婚届に俺はもうサインしたんだ。あとは妻が書いてくれればそれで俺はフリーになる」

「そういう問題じゃない」

「めぐみ!」


 何度も私の名前を呼ばないで。これ以上、私の気持ちを掻き乱さないで。

 何を言われても彼の顔を見る気はない。それなのに、無理矢理顎を掴まれ顔を上に上げられてしまった。そこには、初めて見る彼の悲しい顔があった。

 彼にこんな顔をさせているのは、私。

 彼を追い詰めているのも、私?

 でもね、私だって凄く傷ついている。あんなに大きな嘘は、もう沢山なの。だから彼が離婚すると言っても喜べないし、以前のような関係にも戻れない。

 電気もついていない部屋に、二人きり。こんなことは何度もあったのに、今日はなぜか怖い。

 よく知っているはずの彼が、知らない人に見える。

 少しずつ間を詰めてくる彼が、怖い。怖くてたまらない。

 掴まれた腕が引き寄せられ彼の腕の中に捕らえられると、有無を言わさずに唇を奪われた。固く唇を結んでいたが舌先で割り入るよう唇を開かれ、内部に侵入を許してしまった。そのまま体をベッドに押し付けられると、ようやく唇が解放された。


「……こうやって、無理矢理抱けば戻ると思ってるの?」

「違う、そうじゃない。こんな無理矢理したいわけじゃないんだ」

「この状態は無理矢理じゃないの? こんなことされたって、私はもうあなたと付き合えないよ!」

「このっ……!」


 静寂を破る、乾いた音。音と共に訪れた、頬の痛み。

 思うようにならなくて、自分の言い分をわかってもらえなくて暴力を振るう彼。

 私を叩いた彼が、顔面蒼白になっている。だって、人に暴力をふるうような人じゃないもの。きっと、良心の呵責に苛まれているんだ。

 でも、もう引き返せないと悟ったのだろう。私を抱く時のような優しい手が、今日は乱暴に動き出した。

 お気に入りのブラウスのボタンが弾け飛んだ。開いた胸元に押し付ける唇が荒々しくて、自暴自棄になっている彼を止める事が出来なくて、私は抵抗することさえ疲れてしまった。

 どうしてこうなったんだろう。何度も「戻れない」と、私の答えは出していた筈なのに。

 ゆっくり伝う涙が、シーツを濡らしていった。

 何も考えられずただ人形のように横になっている私を、もどかしい気持ちを抱えたまま抱きしめる彼が、なんだか哀れに感じる。

 早まる呼吸と乱暴な唇が、私の胸で踊り狂う。そして思いつめたように彼が言う。


「お前を大事にしてやれるのは、俺だけだ」


 何を身勝手なことを言っているのだろうか。あなたは大事になどしてくれなかったというのに。あまりにも滑稽すぎて、笑いすら出てこない。

 私は大事にされることを前提に付き合っていたわけではないのに。ただ好きで、側にいたくて一緒にいた。ただそれだけ。

 目を伏せようとした時、壁に掛けてあるショールが目に入った。それは以前、律が私に掛けてくれたショール。

 駄目だ。このままじゃ、もう……律に会えなくなってしまう。せっかく自覚できたこの恋を、手放したくはない。律の顔が浮かんだ瞬間、人形になりかけていた私の体に、力が漲った。


「離して! 私達はもう、終ったはずでしょ!?」

「終らせない。これから始める」

「そんな身勝手なこと……私はもう、他に好きな人がいるから無理」


 荒々しく体をまさぐる手が、一瞬ぴくりと動いたまま止まってしまった。その隙に状態を起こし、ベッドの上で乱れた服を直した。

 弾け飛んだボタンの部分が、事の荒々しさを物語る。手繰り寄せても止まることのないブラウスが、私の胸元を曝け出す。

 このブラウスは、もう着られない。気に入っていたのに。せっかく春に合わせて新調したものだったのに。

 一瞬の沈黙の後、動きを止めた彼が突然、声を出して泣き出してしまった。流石にそれには驚いた。しかしもっと驚いたのは、泣いたと思ったら笑い出したこと。額を押さえて、突然高笑いしだした彼を、私はただ目を見開いて見つめるしかできなかった。

 掛ける言葉も見つからない。伸ばす腕は持ち合わせていない。ひたすらこの嵐のような笑いが収まるのを待つしかない。


「人がこんなに悩んで離婚届にサインしたのに、お前は好きな人が出来ただって? はは……傑作だな」

「何を言ってるの? 悩んだのは私の方……」

「腹立たしい。ただただ、腹立たしい」


 そう言って私を見据える彼の目は、怪しい色を帯びていた。そしてその後に続く言葉は、戦慄の響を含んでいた。


「――滅茶苦茶に、犯してやりたい」


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