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くるくる  作者: こたろー
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2話 住人、揃いました


 利人さんと並んで話すバイクの立花さんは、背の高い利人さんと同じくらい背が高くて、百五十センチに満たない私の身長では見上げないとこの笑顔は見えない。

 目が合うと、優しい陽だまりのような微笑みを返す立花さん。思わずこちらもつられて微笑み返してしまう。


「あぁ、こちらは二○二号室に入居された戸塚めぐみさんです」


 利人さんがさりげなく私の背に手を当てて、立花さんに紹介してくれた。本当は自分から自己紹介しなくてはいけないのに、何と声をかけたらいいのか躊躇ってしまった。思わぬ助け舟に、少しだけホッとしている自分がいる。


「あの、戸塚です。宜しくお願いします」

「……」

「あの、立花さん?」

「え!? ああ、すみません! こちらこそ宜しく、えっと、めぐみちゃん」


 いきなり名前で呼ばれるとは思わなかった。でも、「めぐみちゃん」ならいいや。「めぐちゃん」と呼ばれなければそれでいい。

 呼び方一つ、仕草一つ、まだ強く記憶に残っている「アノ人」の全て。早々に記憶から消してしまいたいのに、私の中に根を張っていて、ちょっとやそっとでは消えてくれそうもない。記憶を消せる消しゴムがあればいいのに。

 立花さんは引越し業者さんから声をかけられ、そのままその場から離れていった。その場に残された私と利人さん、そして立花さんのバイク。利人さんは立花さんの部屋へ向かい、私はその場にある大きなバイクにそっと触れた。


「凄く大きいなぁ」


 これは大型バイクなのかな。こんなに間近に見るのは初めてかもしれない。ピカピカに磨かれている銀色のバイクには、立花さんが作ったのかオリジナルのステッカーが貼られていて、バイクへの愛情を感じる。

 それにしてもこんな大きなバイク、私じゃとても乗れないだろうな。きっと足が届かない。

 自分がバイクに跨っている姿を想像してみると、なんとも無様すぎて自分で自分の姿に笑ってしまいそうだ。


「バイク、好きなの?」

「え!?」


 突然後ろから声を掛けられて、バイクに触れていた手をパッと離す。でも、声を掛けた立花さんは嫌な顔をするどころかにこりと微笑んで、私のすぐ隣にやってきた。


「バイクに興味があるとか?」

「えっと、いや。こんなに近くで見るのが初めてなもので」

「今度、後ろに乗ってみる?」

「……えっと、それは」


 流石に怖い。

 昔から絶叫マシンなどの類は苦手。だからバイクもきっと苦手な筈だ。でも、こんな風に言ってもらえるのは嬉しくて、本当はちょっとだけ後ろに乗ってみたいなぁと思っている。

 私は「いつか」と立花さんに答えて、自分の部屋に戻っていった。

 部屋に戻ってから再び細々した物を整頓し、ひとまず生活できるくらいまで部屋は整った。

 この部屋には大きな窓があり、一人暮らしにはもったいないくらいのベランダがある。大きな窓を開き風を部屋に入れると、そこから私が住む街並みがよく観える。

 緑が多いこの町は、これから私にどんな希望をくれるのだろう。ここからの景色を眺めながら、私はどこかワクワクしていたのだった。


 ***


 どこか遠いところから、何か音が聴こえる。それが何の音なのかわからず、ただボーっとした頭で聞き流していた。でも、音はちっとも鳴り止まない。それどころかドンドン、と強く何かをノックする音も聴こえる。仕方ない、何の音か確かめに行かなくちゃ、そう思った瞬間だった。


「ああ、驚きました。生きてますよね?」


 物凄く近いところに利人さんの顔がある。

 え、え、え。これは何。夢? 

 考えが纏まらないまま利人さんの端整な顔立ちをしげしげと見つめてしまう。美形は目の保養……なんて思っている場合ではない。

 

「りっ……!」


 利人さん、と言えないまま起き上がり、利人さんの額に思い切り頭突きをかましてしまった。痛みに悶え苦しみながら床に蹲る利人さんに困惑しながら、私の今の状況を整理した。

 確か、窓からの眺めを見ているうちに何となく眠くなって、ベッドでごろりと横になった。そこまでは覚えている。あれはまだ明るい午後一時くらいだったはず、なのに! 窓の外はすっかり暗くなってしまい、部屋の明かりも消えている。カーテンも閉めず、明かりも点けず、ストーブも点けず、でも私が部屋から出てきた様子はない。それで心配して利人さんが来てくれた、ということらしい。

 

「ご迷惑をおかけしました」

「いやいや。無事ならいいんですよ」


 赤くなった額を手のひらで擦りながらも、優しく微笑む利人さんを見ていたら涙が滲みそうだ。あまりの情けなさと恥ずかしさで、塩水が目から溢れちゃう。

 ベッドから立ち上がり利人さんの後ろについて玄関を出て行くと、そこには見知らぬ二人の男女がいた。

 一人は少し年上に見える、しおらしい女性。真っ直ぐな黒髪に傷みはなく、微笑む姿は桜のようにも見える。儚げな印象だ。

 もう一人は年下だろうか、黒縁スクエアのめがねを掛けた男性だ。ぷい、とそっぽ向き、視線を合わせようとしない。

 利人さんが私に視線を向けながら、不安がらせないようにひと言添えた。


「彼らも今日からここに住むことになります。さぁ、これで全員揃いましたね」


 利人さんの眩しい笑顔に月光が降り注ぐ。その影で、つまらなそうな冷めた視線が、ゆっくりこちらに向けられた。

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