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くるくる  作者: こたろー
19/50

19話 自分の気持ち


 ああタン麺……私のタン麺がぁ。

 脳内では律に出会ってしまったことよりも、タン麺でいっぱいだった。

 

「食い意地張りすぎ」


 しれっと口元を拭きながら、律が呆れたように言う。ラーメン丼の中は、もう汁一滴も残っていない。しかも楽しみに取っておいたうずらのたまごまで、綺麗に食べてしまった。


「うずらぁ……楽しみにしてたのにっ」

「ガキか。うずらくらいで文句言うなよ」


 席からガタンと立ち上がり、空になったお膳を持ち上げる。どうやら食器は片付けてくれるようだ。それにしてもうずら……。タン麺にうずらって珍しいなと思うけど、実は密かに好物なので最後に食べようと思っていたのに。うずらを先に食べなかったことが、今更ながら悔やまれる。

 律。食べ物の恨みというのは怖いのだよ。私はこの恨みを絶対に忘れない。大人気ないと言われようが、いつか絶対、律にタン麺を驕らせてやる。腹黒さ満点の笑みを浮かべながら、私は律の後姿を見送ったのだった。


 食器を片付けている律を見ていたら、ちょこちょこ女の子に声をかけられている。友達だろうか? でも声を掛けた女の子は嬉しそうに頬を染めながら、きらっきらの笑顔を振りまいている。律に気があるのかな。まあ、白衣姿はなんかグッとくるものがあるし、眼鏡だし、背も高いし、顔の造りもなかなかだし……。確かにかっこいいのは認める。


「え、認めちゃうの!?」


 自分の心の声に突っ込みを入れる私は、最近イタすぎるキャラになってしまった気がする。 学食にいる人たちにじろじろと不審そうな目を向けられ、私はそそくさと学食から出て行った。

 学食を出て、ばくばくと速まる鼓動を感じながら、自分自身に問い掛けた。


 ――私、本当に律のこと、好きになっちゃったの?


 いくら訊いてもその答えは絶対に返ってこないのはわかっているのに、何度も自分に問い掛けてしまう。

 いくら見た目が良くても、律の口の悪さは天下一品だ。いつも彼の口には敵わない。でも、私は優しい彼の一面も知ってしまった。

 だから、好きになったというの?

 信じられない思いを抱え、どうしたらいいのか、またわからなくなってきた。

 自分の気持ちなのによくわからないなんて、どういうことなの? もやもやと気持ち悪い胸の内を、早々に晴らしてしまいたい。大きく溜息を吐きながら、私はずるずるとその場にしゃがみ込み、整理しきれない頭を抱えた。


「おい、何しゃがみこんでるんだよ」


 頭上から降ってくる、律の声。ちらりと彼を見たものの、その顔を見ているのが辛かった。すぐに頭を抱え込み、早く律の前から立ち去ろうなどと、そんなことばかり考えていた。


「まさか具合悪いのか? 医務室行くか?」


 少々うろたえているのか、律の声が心配そうなものに変わる。

 違うの。具合が悪いわけじゃなくて、真っ直ぐ律を見るのが辛いだけ。

 律が私を心配してくれるのが悔しいけれど、とても嬉しい。この時だけは、私のことだけを考えてくれているような気がするから。こんなことで嬉しいと思うなんて、これはもう、自分の気持ちを否定できないような気がする。

 顔を上げて律に顔を向け「大丈夫」と微笑むと、律の心配そうに強張った顔が、ほんの少し緩んだ。


「まったく、心配かけるなよ。ややこしいことすんな!」


 ぷいっとそっぽ向きながら、呆れたように溜息を吐く律。でも、その姿すら愛おしく感じてしまう。

 やっぱり律のことが、好きなんだ。

 そんなことはない! と自分に言い聞かせても、胸の真ん中にすとんと落ちてきた「好き」という言葉。それを打ち消すのはもう、無理だ。

 目の前にいる、片眉を吊り上げ不機嫌そうにしている律。これが私の好きな人。


 律はこのあとの授業のため、私の前から足早にいなくなってしまった。けれど、ほっとかれたわけではなく、最後にはちゃんと「気をつけて帰れよ」と優しい言葉を添えてくれた。まぁ仏頂面で言われたので、優しいのか面倒だと思ったのかはわからないが、優しさだと思っておこう。

 去り際に言葉と共に頭に手を乗せられ、思わず胸が高鳴った。久々に『ときめき』という感情が甦った気がする。


「ときめきだなんて、乙女か!」


 と、自身にツッコミを入れつつも、にやける顔を抑える事が出来ぬまま、弾んだ足取りでアパートへと帰っていったのだった。


 **


 部屋に入り、今日のことを思い出す。仕事だってあったしタン麺だって取られてしまったのに、思い出すのは律の顔ばかり。ごろんごろんとベッドに横になりながら、何時間だって律のことを考えていられそうだ。まったく、恋ってやつはこれだから!

 どれくらい時間が経過したのだろうか。律のことばかり考えていたら、部屋の中が薄暗くなっていた。私はそのまま部屋の明かりをつけ、テレビのリモコンを手の取った。夕方この時間なら、ニュースがやっているはずだ。ニュースを観ながら今日の夕飯を考えよう、そう思った時のことだ。


「なにこれ。んまそう」


 ニュース番組の特集で、今話題のコンビニスイーツが取り上げられている。しかも、どれも美味しそうな上安価。この特集を観て、財布片手に部屋を飛び出した私は、本当に流行に乗せられやすい女だなぁと痛感した。

 近所のコンビニで、たった今特集で紹介されていたスイーツの最後の一つを手に入れた。それは甘美な優越感に浸りながら、夜道を鼻歌混じりのスキップで帰っていった。


「うふふ~。スイーツスイーツ!」


 るんるん気分でアパートの階段に足を掛けると、背後から荒い息遣いと搾り出したような低い声がする。

 ゆっくりと振り返りその声の持ち主を見た瞬間、体から血の気が引いた。


「……やっと、会えた」


 この声も、この姿も、まだ私は忘れる事が出来ない。いつまでも脳裏にこびりついて離れないのだ。忘れられる方法があるなら、誰か教えて欲しいくらい。

 そう。この人は、かつて私に大きな嘘をついたまま三年間付き合った男。

 二度と会うことはない、そう思っていたのに。どうして突然ここに現れたのか。


「めぐみ」


 真剣な話をする時は、必ず私を「めぐみ」と呼び捨てにする。普段は「めぐちゃん」と呼ぶのに。

 ストライプのネクタイを緩めて、スーツの前ボタンは全開。少し乱れたスーツ姿の男は、私の元彼だ。


 時の動きが停止するかのように、私の体も頭も動かない。そして私の瞳には元彼の姿だけが映され、目を反らすことも許されない。

 二人の影がいつのまにか月明かりに照らされて、くっきりと浮かび上がる。

 動けない二人。呼吸すら忘れてしまうほどの衝撃を受けた。


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